悪戯は、思考を巡らせる。
妙縁に恵まれつつ、そろそろオープンスクールも終わろうかという頃。
「じゃあ一足も落ち着いたし、この辺で打ち切ろっか。皆片付け用意して〜!」
「ん…ふぁぁ…」
「お疲れだね、夕透くん。」
「…澄夏先輩。お疲れ様です。」
「えへへ、ちゃんと覚えてたね。えらいえらい。」
「先輩も教え方上手でした。」
「ありがと、夕透くんのおかげで去年よりスムーズにホルンパートは人が回ってた気がするな。」
「ありがとうございます。」
「…あのさ、夕透くん。」
「はい?」
「…この間さ、私の普段と違う所当ててもらおうとしたじゃん…?…夕透くんが近すぎておじゃんになったけど。」
「ありましたね。それが何か…?」
「…まだ夕透くんの答え…聞いてなかったなって。」
「…それは次回までの宿題ってことで…。」
ずいっ
「…だ〜め、次会うのは3日後でしょ…?そんなの待てないよ…。」
「…でも、近づいたら先輩が…。」
「…頑張って我慢するから…いいよ…?」
「………。」
「……っ……。(びくっ)」
「んー…何だろうな…」
「…ね、ねぇ…。」
「あ、近すぎました…?」
「いや、その、そうじゃなくて…。」
「…触っても…いいんだからね…?」
「…いや、男たるものノータッチで当てて見せます。」
「…あ〜もう…バカ…!(ぐいっ)」
「わ、ちょ、澄夏先輩…!?」
「…さっきのは、触って欲しかったの。夕透くんの分からず屋、ばか…。」
「…でも、どこを触ればいいんですか…?」
「…あ、頭…触ったら…分かるかも…?」
「…分かりました。」
「あちょ、ちょっと待って、まだ心の準」
ぽんっ
「んひゃっ…!?(びくんっ)…う、うぅ…。」
「…てか、別に触らなくても分かりそうな気はしますけど…」
「だ、だめっ…!…もうちょっと、だけ…。」
「…………。」
「…(これはダメだ、好きな人のなでなでは…きゅんきゅんしちゃう…。)」
「…あの、そろそろ…。」
「あ、うん、じゃあ解答を…」
「…髪切りました?」
「さすが!よく分かってるね夕透くん…!」
「…まぁ、明らかに違いますし…。」
「…ねね。」
「どうしました?」
「…そんなに私のこと…見てるの…?」
「はい。見てますよ。」
「ふえっ!?あそ、そっか…あ、ありが、とう……///」
「…片付け進めますか、名塩先輩に怒られちゃいます。」
「あ、うん…そうだね。」
…な〜んか釈然としない。私はこんなに好きを伝えているのに、彼からは全く返ってこないではないか…いや、そもそも彼と私はそういう関係なわけではない。当たり前だ。当たり前…だが。
「…むぅ〜…。」
毎回私だけ恥ずかしがって彼に躱されて終わっているではないか。さっきはもちろん、この間隣で勉強した時も…彼のことを押し倒した時も。いつも私だけ真っ赤になっているではないか。悔しい。
「…私なんかじゃ、ドキドキしないのかなぁ…。」
ベッドの上でゴロゴロしながら、彼のことについて色々考えた。彼を好きになってからというもの、人生が彼中心で進んでいるような気がする。部活はもちろん、授業や放課後、彼に会えるはずのない家での時間に至るまで、ずっと脳に真ん中に『結宮夕透』がいる。
彼のことを好きになったのはいつなのだろうか。自分でもはっきりとしていない。もちろん最初に出会った時はホルンが上手な子、ぐらいにしか思っていなかったが…楓や深凉ちゃんからお話を聞いたり、一緒に練習をしたり関わることが多くなっていき…いつの間にか、彼の全ての虜になっていた。整った容姿、すらっと細い身体、癖になる話術、惚れ惚れする優しさ、飄々とした態度、他と一線を画すホルンの技術…あの時見せた涙。
彼は滅多に泣かなそうな人…いや、実際は本当にそうなのだろうが。後悔と悲しみでぐちゃぐちゃになった彼のことを見て、『守ってあげたい』。そう感じた。彼を苦しめる全ての要素から彼を庇いたい。彼の傷ついた心身を癒したい。その為ならこの身全てを捧げられる…一瞬にしてそう思った。他の人なんかどうでもいい、彼だけに私を捧げたい。私をもっと見てほしい。私だけに…依存してほしい。
「ダメダメ、よくない考えだな…。」
自分の考えを自制したものの、好きな気持ちは留まる訳もなく。
「好きだなぁ…。」
あの時は恥ずかしがっていた言葉が、今や何の気無しに言えるようになっていた。こんなに深い恋をするのは、きっと人生でこれっきり、そう感じた。
…でも、私が他の人に勝っているところなんてあるのだろうか。彼への愛は負けていないつもりだ。でも容姿は深凉ちゃん達の方がもちろん可愛いし、頭だってそんなによくない。女子力も…なくはないけど、きっと他の子の方が高い。…結局、勝てるのは好きの強さと…胸の大きさぐらいではないのか。
「……はぁ〜…。」
…正直、他の女の子達にめちゃくちゃ嫉妬していた。今日だって彼の隣に居たのは楓と碧だし、彼と話す機会なんてオープンスクール中にはなかったのだ。教えてもらっている子もなんか彼と親しげだったし…そのうちの1人は夕透くんの後輩だとか何とか…うぅ〜…!!!ずるいずるいずるい、私だってもっと彼と関わりたいのに…!私だって彼からホルン教わりたいのに…!私と彼が幼馴染みだったらいいのに…っていうか前彼の幼馴染み来てたじゃん!しかも結構可愛かったし…あ〜もう!やだやだやだ…!!高校2年生になろうと副部長になろうと嫌なものは嫌だしずるいものはずるいのだ。近くに生まれたから彼と幼馴染みになれるだなんてそんなのずるい、私だって彼のお姉ちゃんになってずっとよしよししてあげたい。ぎゅーって抱きしめたい。何ならちゅーも…したい。彼のことをぎゅーしながら寝てぎゅーしながら朝目覚めたい。学校や塾から帰ったら真っ先に彼に抱きついて癒してもらいたい。…ダメだ、考えていたらぎゅー欲が止まらなくなってしまった。
こうなっては仕方がない。近くにあった抱き枕を近づけてぎゅーっと抱きしめる。最近抱き枕の出番が多くなった気がする。…彼をこんな風に抱きしめられる日は来るのだろうか。しかも明日から三日間、顧問の先生が不在のために部活がない。つまり彼に三日間会えないのだ。…つらい。更に抱き枕を強く抱きしめる。いつもなら暫くすれば胸の鼓動は収まるのに、今日は少しおかしい。収まるどころか速くなっているようにさえ感じる。我慢できず足でも抱き枕を押さえつける。…ダメだ、今日は何をしても落ち着かない。彼が頭から離れない。身体がムズムズしていうことを聞かない。身体も熱くなってきたし、息遣いも荒くなってきたような気がする。風邪がぶり返してきたのかもしれない。しかし抱きしめるのを止めることができない。まるで猫の発情期かのように、彼しか今は考えられない。もっと話したい。もっと関わりたい。もっと愛したい。もっと知りたい。もっと抱きしめたい。もっとキスしたい。もっと、もっともっと…。
「…私だけ…私のことだけ…。」
…もうダメだ、我慢できなくなってしまった。そして私は親に断りを入れ、家を飛び出した。
明らかに文字数が多くなってしまいました、申し訳ない!
どうにも澄夏のお話となると頭が回りやすくなるようです。失礼だな、偏愛だよ。