悪戯は、勇気を捻り出す。
夕透くんの学校に来る時間はだいたい決まっている。朝練をするにしろしないにしろ、始業時間の1時間前、7:45には教室にいる。明日は私もその時間に行ってみよう。そう思い眠りについた。
いつもより30分早く起きて、ちょっとだけオシャレをした。いつもは絶対しないような髪の編み込みや、ちょっとだけメイクもした。あとスカートも…ちょっとだけ折り込んだ。いつもより少し軽く、それでいて少し重い足取りで学校へと向かった。
「…あっ。」
やっぱり彼はちゃんと教室にいた。少しだけ安心しつつ、震える手でドアを開けた。
「…お、おはよう…っ!」
「あ、おはよう遠野さん。この間はありがとう、すごい楽しかったよ。」
「あ、うん、私こそ…!めちゃくちゃ…幸せだった。」
「楽しんでくれたなら良かった。今日も頑張ろうね。」
「う、うん…!」
話せた、話せた、話せた…!!!もう今日は満足だ…口元がにやにやしていないか手鏡で確かめ…
「遠野さん…?」
「ひゃいっ!?ど、どうかした…?」
まさかにやにやしているのを見られたのでは…!?
「今日の髪型可愛いね、自分でセットしたの?」
「…ふぇ、あ、うん…。」
「え、すごい!めちゃくちゃ似合ってるよ!」
「ほ、ほんと…?ありがとう…!」
「うん!いつもの遠野さんより大人っぽいよ。」
「…えっと、その…夕透くん…?」
「ん?」
「…か、可愛い…?」
「…うん。もちろん可愛いよ。遠野さんは。」
「…!?!?///えぁ、あ、りがとう…」
半ば冗談で言ったつもりだったが…可愛いと言われてしまった、間違いなく今年一幸せな日だろう…これを超える日は来るのだろうか…
ふと自分の顔に触れると火傷しそうなぐらい熱かった。そそくさと教室から出ていき、トイレの鏡で髪を整えた。
…どうしてもこの胸の高鳴りは整えられそうになかった。
教室に戻ると、チラホラと他のクラスメイトも登校して来つつあった。自分の席に座り、斜め後ろから彼の姿を見た。イヤホンを付けてどうやら譜読みをしているらしい。その端正な横顔に思わず見惚れてしまう。耳にかかった髪、真っ白な肌、薄い唇、すらっとした首元、細い腕…
「おはよっ!千春!」
「わっ!…も、もう…びっくりした…おはよう茜音。」
「あれ、今日髪オシャレじゃない…?あ、前髪見せたい人がいるって言っ」
「ちょ、ばかっ…!!!!!」
「ん、んぐ〜!!んぐぐ!!!」
横目で彼を見る。どうやら聞こえてないようだ。嬉しいやら悲しいやら…
「…ふ〜ん?」
「…え、な、何…?」
「いや、千春もなかなか見る目あるなぁって。」
「は、え、何のこと…?」
「とぼけるなし!…好きなんでしょ。」
そう言って茜音は彼を指さした。
「…!?ちょ、そ、そんなんじゃ…!!」
「分かるよ〜イケメンだもんね…でも結構女子ウケ良いらしいね。ほかの男子が五月蝿いだけかもだけど…」
「か、勝手に話進めないで…!!」
「じゃあ好きじゃないの?」
「…そ、それは……その……っ///」
「んも〜っ!!!言ってくれたらいくらでも協力するのに!!ういうい〜!!!!」
「う、うるさい…!!」
「ほんとだよ〜…私昔から千春は素材めちゃくちゃ良いと思ってたんだから。」
「落とそうよ、あの子のこと。」
「……私じゃ無理だよ…。」
「な〜んでそんな自信ないかなぁ…分かった、今週末ショッピングモール集合ね。」
「え、うん…。」
「……………。」
とても気まずかった。譜読みなどしていないしなんなら外音取り込みモードで好きな音楽を聴いていた。視線もめちゃくちゃ感じた。
遠野さんは小動物みたいな可愛さがある。しかし今日は…少し大人っぽかった。見た目であんなにも印象が変わるとは。
でももっと遠野さんが可愛くなるなら…それはそれで気になってしまう自分が居た。




