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悪戯は、乖離を嘆く。

「髪型…変じゃないかな…ここも結んだ方が…いやでもここ少なくなっちゃうしな…」

そろそろ、彼が来る時間だ。自分から誘ったのにどうにも落ち着かない。そりゃあ気になっている人なのだし仕方ない。でも…敵は多いことに気付いてしまった。他でもない澄夏先輩。あれは完全に…恋をしている()だ。あの人は完全に独占しようとしている。あいつを。だが…自分の気持ちが何なのか。それはまだハッキリわかっていない。仲良しでありたいし、誰よりも近くにいたい。誰よりもその顔を見たい。誰よりも私を知って欲しい。これは、この気持ちが何なのか。合理的に表せる言葉は私の脳内には存在しなかった。

「はぁ…。」

あいつに後ろから抱き着いた時、胸が文字通り高鳴った。ドキドキと焦りが混ざって、あの時は全くもって冷静とは程遠かった。しかし、思い出してしまう。

あの匂い、体、佇まい、表情、態度、全てを。

そして予定時刻の5分前になったので、自室の窓からあいつが来るのを待っていた。





━━━━━━━━見てしまった。

楓先輩ととても近い距離感で仲良く、まるで…恋人かのように。やってくるあいつを。

耐えられなくなった。これ以上、心を抉り取られるのは…もう、耐えられない。なのにあいつは。勝手な時だけ鈍感で。

ピンポーン

…行きたくない。合わせる顔も、メンタルも、心の余裕も、何もない。でも私が呼んだ以上、迎え入れないのはさすがに失礼だ。木星のように強くなった重力に抗い、なんとかドアの前に辿り着く。涙が出てきた。なぜ私は人の恋愛を見た後に、その人を家に上げなければいけないのか。元々悪いのは私だが、もう他責思考しかできない脳細胞になってしまったようだ。涙を拭くのも億劫だ。見られておしまい。隠す必要も無い。半ば自暴自棄のまま、視線から溢れる大量の悲しみを抑えずに、ドアを開けた。

ガチャ

「あ、深涼さん。こんにち…え?」

何でそんなに戸惑っているのだろうか。…いや、私が泣いているからか。当たり前だ。

「えと、あの…どうしました?辛いことでも…?」

どこまで行っても献身的で。優しくて。見透かされて。でもその彼なりの助け舟が…私には…鬱陶しく見えた。

「…もう、帰って。」

「え?いや今日は数学教えてって」

「…わかんない?帰ってって言ってるの。もういいから。」

「…でもそのためにここまで来て」

「うるさいっっっ!!!帰ってって言ってるでしょ!!!!聞こえないの!?!?もう来ないで!!!馬鹿、嫌い!!!出て行って!!!!!」

バサッ

彼の教材が入っていたであろう袋を持っていた手を引っ叩いた。パチンという鋭い破裂音のような音と共に、袋が床にドサッと落ちた。ずっと目を瞑っていた。怖かった。何もかもが。袋の中から何かが散らばったようだ。ガサゴソと転がる音がする。

「っ…………すみませんでした。」

「………ぁ……………。」

そう謝られ、目を開けた。

そして彼は床に落ちた袋をリュックに入れた。

「………じゃ、帰るんで。」

ガチャ

「はぁ……………ぐすっ…。」

やってしまった。相手の言い分も聞かぬまま、心を抉り、深い傷を残し、遠ざけてしまった。自分の思うまま、言いたいように罵ってしまった。玄関にうずくまって下を見ると、紙切れがあった。裏返すとレシートだった。今日のもののようだ。あいつが買ったものだろう。

「…えっ…?」


『濃厚生クリームのシュークリーム ¥200』

『アールグレイミルクティー ¥280』

『厳選北海道産牛乳のなめらかプリン ¥350』

『計 ¥830』


『定理はたくさん問題解けばそのうち勝手に覚えますよ。糖分とって一緒に頑張りましょう。』


…気付けば、前が滲んで、もう何も見えなくなっていた。目から落ちては、また浮かんで来て。口から嗚咽が漏れた。


それは、他愛もない会話。嘘を教えた訳では無いが、場を繋ぐためにした質問。適当に流されたのに。適当に返されたのに。そんな私さえ忘れていた事を、あいつはちゃんと、聞いて、覚えて、想って、届けて……拒絶されて。

「…うぐっ、がっ、ぐっ…げほっ、!!げほっ!!…。」

最低だ。こんなの、こんな奴、好きになって貰える訳が無い。自分は何も知らない癖に、相手を知っている振りをして。何も知らなくて。本当に知っているのは相手の方で。そうやって人生を過ごしてきたのに。まだ理解していなかった。失ってから気付いた。本当の馬鹿は…他でもない、自分だった。破れそうになるまで潤びたレシートと、もう役に立たない自分の目を引き連れて、更に強くなった重力と共に、自室へ向かった。

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