悪戯は、恋敵と為る。
「…あ、あいつが…部活に入った…?」
俄かには信じ難いその事実を反芻しながら、私、水都深涼は思考を巡らせていた。あいつは大切な人をホルンで失って、それでホルンを辞め、決別したとまで言っていたのに。一体何があったのか。いや、別に入って欲しくない訳では無いしむしろ入ってくれて少し、いやとても…嬉しいのだが。それとこれとは話が別だ。うどん屋でうどんを注文したのにラーメンが届いたような、そんな現実味のない話だ。それぐらいもう入部はしないのだと思っていたし、先輩たちもそう考えていた。でも…あいつは入部した。
「なんで…心を入れ替えた…?」
いや、そんなことは無いはずだ。あれだけホルンへの執着がありながら、キッパリと辞めたあの重く暗い過去から、そう簡単に立ち直れるはずがない。まぁ、詳しい話を聞きたいのなら今開いている画面の電話マークを押せば聞けるのだが…。徐に画面に指を近付け…やめた。ここで聞いてしまうのは何か柄ではないし…相応しくない。そんな気がした。
「おはよっ。」
「あ、水都さん。おはようございます。」
「…何で名字呼びなの?」
「親しき仲にも礼儀ありという諺がありまして…」
「…変なの。…いや違う、私聞きたいことがあって…。」
「どうしました?」
「…何でさ…?」
「あ、結宮君!」
「未橋先輩、おはようございます。」
「…んむぅ…。」
「深涼ちゃんもおはよう。」
「…おはようございます。」
「それで…?お二人はこんなところで何をしてたの?」
「いや、軽い井戸端会議ですよ。部活までまだ時間ありますし。」
「なるほどね、交流するのはいい事だ。」
「…!」
キラキラしている。澄夏先輩の目が。いつになく輝いている。まるで…恋する乙女のような。
「あ、あのっ!」
「ん?どうしたの深涼ちゃん。」
「私、この人と用事があるんで、失礼します!」
ぐいっ
「あぇ、ちょ、待っ…」
「…ふ〜ん…?」
「はぁ…はぁ…っ。」
「ちょ、っと…深涼さん、どうしたんですか。」
「…嫌だったから。」
「え?」
「…夕透くんが澄夏先輩と仲良く話してるの…何か…嫌だったから。」
「…交流は大事ですよ?」
「…ねぇ。」
「はい?」
「…澄夏先輩と、どういう関係なの…?」
「…いや、どういう関係と言われても…先輩後輩としか。」
「…ほんとに?それだけ?それ以上は?」
「何を指してるのか分からないですけど、ただの先輩後輩ですよ。」
「…そっか…そっか。えへへ…。」
「…ご満悦ですね。」
「…だって。」
「夕透くんに「深涼さん」って、呼ばれたから。」
「…水都さんはクラリネット上手くなりました?」
「なんで!せっかく良い雰囲気だったのに名字呼びなの!」
「親しき仲にも礼儀ありっていう諺が」
「もうそれはさっき聞いた!!」
…気づいてしまった。気付かざるを得なかった。さっきの先輩の顔。自分の不可解な行動。この胸の温もり。きっと澄夏先輩はこいつの事が好きで…他でもない、私も、きっと…。
「水都さん?部活始まりますよ?」
「…うん、今行く。」
いつか…きっと、必ず、絶対…。
「…好きにさせてみせる。」