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ナターシャ視点

 私、ナターシャ・ドナレイルには『前世の記憶』がある。

 私は前世、日本という国で大学の研究員として生きていた。

 忙しい研究の合間に乙女ゲームをやるのが唯一の生き甲斐で、帰宅途中に事故に遭った時にちょうど攻略していたのが『ユールタールの華』というゲームだった。


 ゲームのシナリオはいたって平凡。

 男爵令嬢という低い身分のヒロイン・リーリアが、貴族が集うユールタール学院に入学して様々な攻略対象と恋愛をするゲーム。

 攻略対象は第二王子、侯爵家の嫡男、騎士団長の息子、辺境伯家の嫡男、芸術科の教師の5人。


 逆ハーエンドは無く、イベントをこなしながら全員の好感度を上げつつ、中間の修学旅行イベントで攻略ルートを選択。

 ルート選択後は選んだ攻略対象のみに注力してひたすら好感度を上げていく。

 最後の卒業パーティーイベントまでに選んだ人の好感度が十分上がっていればハッピーエンド、上がっていなければバッドエンドという至極シンプルなゲームだった。


 このゲームが他と違うところがあるとすれば、どのルートを選択しても、悪役令嬢は『ナターシャ・ドナレイル』だということだ。

 実は修学旅行イベントでルート選択した後に、選択した攻略対象と『ナターシャ・ドナレイル』は婚約することになる。

 そしてヒロインと攻略対象との恋路を邪魔するライバルとして立ちはだかるのである。


 芸術科の教師に関しては実はナターシャの兄という設定で、このルートだけはナターシャは婚約者としてではなく妹としてヒロインとの恋路を邪魔することになるのだが。

 いずれにせよ、『ナターシャ・ドナレイル』はこのゲームにおいて絶対的な悪役令嬢であり、ヒロインにとっては必ず越えなければならない壁なのである。



 私がその『ナターシャ・ドナレイル』に転生していると気づいたのは10歳の時、高位貴族の子女が集められた王宮での茶会の最中だった。

 人見知りが激しく周りの子供達と打ち解けられなかった私の前に、お人形のように綺麗な男の子が座った。


 「こんにちは、僕はウィリアム。君の名前は?」


 男の子がニコニコと笑った瞬間。

 私の頭の中に、走馬灯のように『ユールタールの華』のスチルが次々と浮かんだ。

 そして自分が悪役令嬢に転生したと理解した瞬間―――私は倒れた。


 次に茶会に参加した時、ウィリアム様は前回倒れた私を気遣ってくれた。

 その流れで少しだけ話をしたは良いものの、なぜかウィリアム様に気に入られて、たびたび王城に呼ばれるようになる。

 フィリックス様やイルシーダと知り合ったのもその頃だ。


 実は王家からはすぐにウィリアム様との婚約の打診が来ていたのだが、まだ時期尚早と保留をしていた。

 フィリックス様とイルシーダの婚約が整い、しばらく経った14歳の頃、ウィリアム様から三度目の婚約の打診が届いた。

 さすがに王家からの婚約の打診をこれ以上先延ばしにすることはできない。

 私はウィリアム様に全てを話す決心をしたのである。


 この世界は物語の世界で、私がヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢であること。

 悪役令嬢の末路は、処刑か修道院行きか地下牢幽閉であること。

 学院に入学したら物語が開始して、卒業パーティーが物語の終わりであること。

 ウィリアム様もヒロインの攻略対象であること。


 ウィリアム様はかなり訝しげな顔をしていたが、馬鹿にせずに真剣に聞いてくれた。

 私の話を聞いてウィリアム様はヒロインに靡いて私を蔑ろにするはずがないと言ったが、私はゲームの強制力が働くのを恐れた。


 それに、私にはもう一つ懸念していることがあった。

 それは『ヒロインも転生者なのではないか?』ということ。

 もしヒロインが転生者で、しかもこのゲームの知識があれば、対象の好感度を上げるためには必ずナターシャの妨害が必要になることを知っているだろう。

 私がどんなにヒロインを避けても、わざと私を悪役に仕立てるために陥れられる可能性もある。


 それでは『ナターシャ・ドナレイル』に入学時点で婚約者がいればどうだろう?と考えた。

 その時点で、既にゲームのシナリオからは外れている。

 考えられるヒロインの行動は2つ。

 ナターシャのことは気にせずに自分の好きな人を攻略するか、ナターシャの婚約者を攻略しようとするか。



 「ナターシャが僕以外の人と婚約すれば、ヒロインはその人を攻略しようとするのかな?」


 きっかけはウィリアム様の何気ない一言だった。

 例えば私がウィリアム様ではなく騎士団長の息子と婚約すれば、ヒロインは騎士団長の息子ルートを選ぶだろうか?

 しかしそれでは、本人の与り知らぬところでヒロインを押し付けることになってしまわないか?

 それに、攻略対象は皆かなりの高位貴族である。

 いくら恋に落ちるとはいえ、男爵令嬢を正妻に迎えることが可能なのだろうか?


 それならば、ヒロインを確実に気に入りそうな人と私が婚約するのはどうだろうか?

 そう考えて、私とウィリアム様は同じ年頃の令息を徹底的にリサーチした。

 そして当たりをつけたのが、ザイード・アッシャー侯爵令息である。


 ザイード様は見目も良く、侯爵家の嫡男という素晴らしい血統をお持ちなのに、社交界にあまり顔を出していなかった。

 その理由を調べたところ、ザイード様には『小さく可愛いものしか愛せない』という特殊性癖があるらしい。

 ………つまり、前世の言葉で言うところの『ロリコン』である。

 放っておくと幼い子供に手を出してしまうため、あまり外に出せないのだと、ザイード様の両親である侯爵夫妻も頭を抱えているというのだ。


 そこで私はピンときた。

 このゲームのヒロイン・リーリアの魅力は、幼い顔立ちと小さく華奢な体型という庇護欲を唆る見た目と、天真爛漫な明るい性格。

 ならばザイード様は、『合法的に愛でられる』ヒロインを気に入るのでは?と。

 実際にザイード様がヒロインのことを好きになるかどうかは分からないし、ヒロインが本当にナターシャの婚約者を狙うか分からないので、これはある意味賭けであった。


 私とウィリアム様は私の父にこの計画について話して説得し、アッシャー家に偽装婚約を打診した。

 アッシャー侯爵夫妻は跡取りである一人息子の性癖に心底困り果てていて、私たちの荒唐無稽な話を受け入れ、あっさり偽装婚約に同意した。

 このままではまともな縁談が来そうもないし、息子が本格的な犯罪に手を染めるのを待つぐらいなら、学院でヒロインと結ばれる可能性に賭けたのだろう。


 斯くして、私とザイード様の婚約は成ったのである。



 そしてついに迎えた学院入学の年。

 入学式の途中で講堂に慌ただしく入ってくるピンク髪の女子生徒。


 「すみませーん!遅れました!」


 式典の途中で声を張り上げる令嬢に、講堂中の人が一斉に注目する。

 ………まさに、乙女ゲーム『ユールタールの華』のオープニングシーンである。


 私はその後、不自然にならない程度にヒロインのリーリア様を観察した。

 リーリア様は各攻略対象とのイベントが発生する場所には必ず現れたが、攻略対象とのイベントは起こらなかった。

 なぜなら、ウィリアム様を始めとした攻略対象の方々にはイベントを起こさないよう事前に周知していたし、芸術科の教師になるはずだった兄にはその話を辞退させたのでそもそもヒロインと出会うこともなかった。


 リーリア様は明らかにイベントが起こらないことに焦っている様子で、周りの生徒から攻略対象についての情報を必死で集めていた。

 ある日、私はわざとリーリア様の目の前で婚約者であるザイード様と親しげに話して見せた。

 リーリア様は私とザイード様の婚約を知ると、小さく「何で?」と呟いた。


 ―――その時、私はリーリア様も転生者だと確信した。


 リーリア様のその後の行動は、想定の通りである。

 ザイード様の秀麗な容姿や侯爵家の跡取りという有望な地位を見て、リーリア様は人目も憚らずにザイード様に近づいた。

 ザイード様もまたリーリア様の()()()()()()()()()姿()に惹かれたようだった。


 私はザイード様に全てを打ち明けていたわけではなかったが、確実に私が彼の好みでないことは分かっていたため、「学院で素敵な人ができたら遠慮なく婚約破棄してください」と常々声をかけていた。

 なので私に気を遣う事なく、ザイード様はリーリア様との仲を堂々と深めたのである。



 私とウィリアム様は学園では目も合わさずに過ごしたけれど、私はたびたび王城に上がってウィリアム様と時間を過ごした。

 フィリックス様とイルシーダには事前に私たちの計画について話していたので、イルシーダと共に昔馴染みのフィリックス様にお会いしに行くという名目で、王城に通った。


 ウィリアム様とお会いした時には、計画に関わる情報共有をしたり、進捗によって計画を修正したりすると共に、たわいのない日常の話や面白かった本の話など、たくさん会話をして仲を深めた。

 「婚約者に蔑ろにされている惨めな令嬢」というレッテルを貼られた学園生活は辛いことも多いが、これを乗り越えればウィリアム様と共に人生を歩めると思えば耐えられた。


 「ナターシャは可愛いね」

 「早くナターシャを手元で甘やかしたいな」

 「好きだよ、ナターシャ。君だけを変わらず愛してる」


 ウィリアム様の一見クールな容貌に反して、私を見つめるアイスブルーの瞳はいつも蜂蜜のように蕩けていて、口から出るのはチョコレートのように甘い言葉ばかり。

 こちらが恥ずかしくなるようなことばかり仰るのでいつも私が照れてしまって、それを見たウィリアム様がクスクスと笑うのだけど。


 「それにしても、あの2人は貴族の自覚がないのかしら?人前でイチャイチャと……」


 卒業も間近に迫ったある日に王城に上がって4人でお茶会をしていた時、イルシーダが漏らした言葉だ。


 「恐らくリーリア様は自分が物語のヒロインだと信じているのよ。だから、この世界は何でも自分の思う通りになると思っているのだわ」


 「初めてナターシャ嬢からその話を聞いた時は、気が触れたのかと思ったが……。レンブラン男爵令嬢の学院での様子を聞く限り、あれは真実だったのだな」


 フィリックス様が苦笑いをすると、ウィリアム様があからさまにムッとする。


 「兄上。ナターシャの気が触れたなどと冗談でも言わないでください。ナターシャは幼い頃から、誰よりも美しく聡明だ」


 「おやめください、ウィリアム様……」


 私が恥ずかしくて俯くと、フィリックス様は肩をすくめ、イルシーダはふふっ、と笑う。


 「ナターシャはウィリアム様にこんなに愛されてるのに学院では『婚約者に愛されない令嬢』なんて言われて、可笑しいったらないわ!人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、不幸な人を嘲笑って見下して優越感を得たいだけなのよね」


 「ごめんね、ナターシャ。本当は今すぐに皆の前で君を抱きしめて『ナターシャは私のものだ!』と叫びたいくらいなんだけど。……運命の卒業パーティーまで後少し。ここまで頑張ってきたんだから、必ず成し遂げよう」


 ウィリアム様が私の手を握って真剣な眼差しでそう仰るから、私は「はい」と答えて微笑みを返す。


 そう、卒業パーティーが終われば―――私は晴れて『ユールタールの華』の呪縛から解き放たれる。



◇◇◇



 待ちに待った卒業パーティーの日。

 乙女ゲーム『ユールタールの華』では、国王の御前でヒロインとヒロインが選んだ婚約者が高らかに『ナターシャ・ドナレイル』に婚約破棄を宣言する。

 そして『ナターシャ・ドナレイル』のこれまでの悪行を断罪し、それにより彼女は処刑か修道院行きか地下牢幽閉の刑が科されることになるのだ。


 しかし普通に考えてこの晴れの日に、しかも国王の御前で高らかに婚約破棄を申し渡すなど、貴族の行動としてはあり得ないことだ。

 関係ないことを言い始めた時点で、護衛騎士に摘み出されるのがオチだろう。

 だがゲーム通りに進行しないと、焦ったヒロインがどんな行動を取るかが予測できない。

 それに、本日全てを終わらせるのであればシナリオを利用しない手はないと考えた。


 そこで事前に国王夫妻、アッシャー侯爵夫妻には話を通しておき、私の父が婚約()()の書類を準備しておくので、時が来たら速やかにサインをしてもらうようお願いをした。

 それからザイード様には、侯爵夫妻より「国王の御前で婚約()()をしなさい」と言い聞かせてもらい、シナリオ通りに行動してもらうよう仕向けた。

 ゲームのシナリオでは《婚約破棄》だが、実際には両家納得の上の円満な《婚約解消》である。

 なので、ザイード様は《婚約破棄》を宣言するが、サインする書類は《婚約解消》としているのである。


 舞台は既に整っている。

 あとは役者が上がるのを待つのみ―――。



 何も知らないリーリア様はザイード様の腕を取り、自慢げに笑顔を振り撒いている。

 私の顔を見て「ドヤ」と言わんばかりにザイード様から贈られたドレスを見せつけてくるが、私は「騙してごめんね」「でもお幸せに」という意味を込めて笑顔を返す。


 ゲームの進行を壊さないためにウィリアム様に贈ってもらった青いドレスを身につけているが、ドレスにはウィリアム様の髪の色である銀糸の刺繍がびっしりと入っているし、身につけたアクセサリーは、シルバーの金具にウィリアム様の瞳の色と同じアクアマリンが燦然と輝いている。

 ウィリアム様の独占欲丸出しの贈り物に胸の奥にこそばゆさを感じつつ、私は幸せそうにダンスを踊るリーリア様とザイード様を見守った。



 そして始まった国王陛下への謁見。

 アッシャー家の順番になり、当然のようにザイード様と腕を組んで階段を登っていくリーリア様。

 ………あなた、アッシャー家の人間ではないでしょう?

 心の中でツッコミを入れながら、これから起こる出来事で高鳴る鼓動を必死に抑えた。


 学院での2人の逢瀬を見て私を蔑むような陰口を叩いていた同級生達も、流石に目の前の光景に言葉を失っているようだ。

 それはそうだろう。

 家門ごとの挨拶なのに婚約者でもないリーリア様が付いていき、それをザイード様も侯爵夫妻も咎めないのだから、異常である。

 そしてそれはまた、国王陛下も同じだ。

 そこにリーリア様がいても何も気にしていないかのように平然と座っている。



 「この度、国王の御前でお許しいただきたいことがこざいますゆえ、この場をお借りしてもよろしいでしょうか。

 ナターシャ・ドナレイル侯爵令嬢!前へ!」


 ついにやって来た。

 私はひとつ深呼吸をして、ピンと背筋を伸ばす。


 「何のご用でございましょうか」


 「私、ザイード・アッシャーは本日をもって、ナターシャ・ドナレイル嬢との婚約を破棄する!私が真に愛するのはここにいる、リーリア・レンブラン男爵令嬢ただ一人だ!」


 ビシッと手を前に突き出して婚約破棄を申し渡すザイード様のお姿は、本来はモブながらスチルにしてもおかしくないほどの凛々しさだ。

 それに寄り添うリーリア様は可憐……というよりは嬉しくてしょうがないという雰囲気で、目を輝かせてこれから断罪されるであろう私を見下ろしている。



 私はすぅっと息を吸い、腹から吐き出す。


 「婚約破棄、承りました!」


 それからの展開はまるで流れ作業だった。

 父が用意した婚約解消の書類をアッシャー侯爵に渡し、サインをもらう。

 それから目の前の国王から承認のサインをもらう。

 婚約破棄を申し付けられてから5分あまりで、私とザイード様の婚約は円満に解消した。


 リーリア様はゲームとは違う展開に呆気に取られていたが、ザイード様から「これでやっと正式な恋人になれるね」と美しいお顔で囁かれれば、あっという間にお顔を蕩けさせザイード様の腕にしなだれかかった。


 そしてその後、ドナレイル家が国王に拝謁する番が来る。


 「ナターシャ・ドナレイル嬢。卒業おめでとう。()()()()()()()()()()()


 国王陛下は計画の事もウィリアム様のお気持ちも勿論知っている。

 機会は滅多にないが、お会いした時には必ず「早くうちにお嫁においで」と揶揄われていた。

 見た目は涼やかで冷徹な印象だが、その実冗談好きでお茶目な方なのだ。


 「私からも、ナターシャ嬢に言葉をお掛けしても宜しいでしょうか?」


 ウィリアム様が前に歩み出る。

 さすがに人前だからか、クールでスマートに振る舞っている。

 ………と思っていたら。

 私の前に跪き手を取った瞬間、そのアイスブルーの瞳は熱で潤んだ。


 「ナターシャ・ドナレイル嬢。私、第二王子ウィリアムは幼い頃から貴女だけを愛している。どうか私と結婚してくれないか?」


 「……私で宜しければ。よろしくお願いいたします」


 ウィリアム様は立ち上がり、もう我慢できないと言わんばかりに私をきつく抱きしめる。

 ああー、人前でやってしまった……。

 感情を抑えてくださいと、何度もお願いしていたのに。

 私が恨めしげな視線を送ると、ウィリアム様は本当に嬉しそうに笑う。


 国王陛下は声を上げて笑い、この場で私たちの婚約が宣言された。

 階上からフロアを眺めると、驚き、好奇、悲しみ、嫉妬、悲喜交々の表情で同級生達がこちらを見ている。

 そしてザイード様の腕を掴んだリーリア様は、それはそれは見事に口を開けてこちらを凝視している。

 次第に不満そうな顔になり、何かを言おうと口をパクパクと動かしたが、ザイード様に耳元で何かを囁かれてそれを止めた。

 国王陛下の御前を辞すると、リーリア様に絡まれる前に家族でさっさと会場を後にした。



◇◇◇



 3ヶ月後。

 王都で一番大きなセント・マリアンヌ大聖堂にて、私とウィリアム様の結婚式が盛大に開かれる。

 2ヶ月前にはフィリックス様とイルシーダの結婚式が行われたばかり。

 王家の立て続けの慶事に、ユールタール王国中の国民が沸いていた。


 温かい祝福の中、父の腕を取りバージンロードを歩き、ウィリアム様のもとに歩み寄る。

 父の手からウィリアム様へエスコートが引き継がれ、私は何だか泣きそうになる。


 「ナターシャ。すごく綺麗だ」


 ウィリアム様は頰を染めて笑顔で私を見つめている。

 そう言うウィリアム様こそ、王族の正装がよくお似合いで眩しいくらいに美しい。


 式は進み、神官の合図で誓いのキスを交わす。

 キスの前にウィリアム様と向き合うと、ウィリアム様はアイスブルーの瞳を潤ませ、小さな声で囁く。


 「君を永遠に愛すると誓うよ、ナターシャ」


 その言葉に、我慢していた涙がポロリと溢れる。

 次の瞬間には唇に温かな感触が落ちて来て、大聖堂は鳴り止まぬ拍手に包まれた―――。



◇◇◇



 私は第一子の出産を控え、王宮の私室で同じく第一子を身籠っているイルシーダと一緒にお茶を飲んでいる。

 イルシーダが男子を産むまではウィリアム様が持つ王位継承順位のために王宮で生活をするが、男子が生まれれば大公位を賜って臣籍降下する予定だ。


 「そういえば、アッシャー侯爵家の話は聞いた?」


 「いいえ?何かあったの?」


 イルシーダの問いかけに、私は答える。

 アッシャー侯爵家の名前を聞くのは、卒業パーティー以来1年ぶりのことだ。


 「リーリア様はいまだにザイード様と婚約すら交わしていないらしいわ。……侯爵夫人の適性がないと見做されたのかしらね?」


 「そうなの?……でも、お付き合いは続いているのでしょ?」


 「侯爵邸には住んでいるらしいのだけどね。でも、リーリア様もザイード様も、社交の場に全然おいでにならないから誰も詳しくは事情を知らないのよ」


 「……そう。上手くいっていたら良いのだけど」


 私は編み物をする手を止め、窓の外に広がる見事な庭園を見下ろす。


 ヒロインの攻略対象として私たちが選んだザイード様には、『ロリコン』の他にも特殊な性癖があるらしいことは、偽装婚約を交わす時から知っていた。

 それは、性的対象に対して少しばかり嗜虐志向があるということだ。

 前世でいうところの『ヤンデレ』というやつか。

 それを分かっていながらヒロインに当てがおうとした私は、紛う事なき『悪役令嬢』だと思う。

 その罪悪感に苛まれたとき、ウィリアム様は私にこう言った。


 「ヒロインの彼女だって君が酷い目に遭うと分かっていながら婚約者を横取りしただろ?他にも男はたくさんいるのに、わざわざ君の婚約者を狙って恋人となることを選んだのは彼女自身だよ」


 その言葉で罪悪感が消えるわけではないが、いくらか心は軽くなった。


 そう、私はゲームのシナリオを外れて新しい未来に向かって歩いている。

 愛する人と、新たな家族と共に。




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全3回で完結。

毎日18時更新。


********


11/6 新連載開始しました!


「義姉と間違えて求婚されました」

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i948268
― 新着の感想 ―
[気になる点]  それは、性的対象に対して少しばかり嗜虐志向があるということだ。  前世でいうところの『ヤンデレ』というやつか。 嗜虐志向はサディスティックで、 ヤンデレは独占欲や執着や妄執、 と嗜…
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