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本編

 私はナターシャ・ドナレイル。現在18歳。

 ユールタール王国の侯爵家の次女で、現在ユールタール高等学院の3年次に在籍する。

 卒業まであと3ヶ月を切り、学院の中にはどこか浮かれた空気が漂っている。

 というのも、この国では学院を卒業後に婚約者と結婚する貴族が多く、卒業と合わせてのお祝いムードが漂うのだ。

 もちろん、この時期に婚約者が決まっている人ばかりではない。

 そういう人は卒業までに婚約者を見つけるべく、めぼしい異性に必死に声をかける時期でもある。


 私はというと、婚約者であるザイード・アッシャー侯爵令息と卒業後に結婚することになっている。

 今頃は結婚に向けて、順調に仲を深めている………はずなのだが。


 目線の先では、婚約者のザイード様と、愛らしいピンク髪にルビーのような煌めく瞳の令嬢―――リーリア・レンブラン男爵令嬢が楽しそうに談笑している。

 リーリア様はしなだれかかるようにザイード様の腕に寄り添い、人目も憚らず互いの顔を寄せ合って親密な雰囲気を醸している。


 「あらぁ?ナターシャ様。貴女の婚約者様は相変わらず別のご令嬢に夢中ですわね?」


 緩いウェーブの薄茶色髪を靡かせながら嫌味を投げかけてくるのは、マリソル・ハワーデン公爵令嬢だ。


 「……結婚前のただの火遊びですわ」


 私は何のダメージも受けていないかのようにそっけなく返す。

 私の感情が波立たないのが気に食わないのか、マリソル様は苦々しく顔を歪める。


 「フン。強がりを言えるのも今のうちでなくて?このままでは婚約破棄も待ったなしですわね!」


 したり顔で私を詰るマリソル様の顔を、私は白けた目で見遣る。


 「マリソル様も公爵家のご令嬢なのですから、お分かりでしょう?リーリア様では侯爵夫人にはなれませんわ。それに……万が一私が婚約破棄されたとて、ザイード様が愛するのはマリソル様ではありませんことよ?」


 私の指摘にマリソル様はカッと顔を赤くして気色ばむ。


 「……っ!そんなことは分かりませんわっ!貴女みたいな可愛げのない女は捨てられてさめざめと泣き暮らせばよろしいのよ!」


 マリソル様は令嬢らしからぬ大声を上げて、音のしそうなほど大地を踏みしめながら立ち去っていった。

 私はその後ろ姿を見ながら、ひとつ溜息を溢す。

 今現在、マリソル様には婚約者がいない。

 公爵令嬢という高い位のご令嬢が、この歳まで婚約者が決まらないということは本来ならばあり得ない。


 マリソル様の婚約者が決まらない理由は色々あるとは思うが、一つは先ほどのような淑女としてのマナーが欠けたお姿。

 もう一つは、私の婚約者であるザイード様。

 ザイード様は侯爵家の嫡男で、艶やかなライトブロンズの髪に涼しげな青い瞳を持つ、かなりの美丈夫である。

 それこそ、婚約者がいると分かっていても引っ切り無しに令嬢が寄ってくるほど。

 マリソル様は学院に入学してからずっとザイード様をお慕いしていて、私との婚約をどうにかして破談にするよう、父親のハワーデン公爵にお願いしているというのは有名な話。

 ザイード様のことが諦められなくて婚約者を決めないのではないかと噂されている。


 さて、と私は逢瀬を楽しんでいる婚約者に目を向ける。

 卒業パーティー、さらにはその先の結婚式と、準備に忙しい今の時期。

 その打ち合わせの場で()()()()()()()()()()()自分の婚約者が、隣に座るリーリア様に蕩けるような目線を送る姿を見ながら、私はキュッと唇を噛む。


 「今日も派手に見せつけてるわねー、あの二人!」


 朗らかに声をかけてくるのは、私の親友であるイルシーダ・マナス公爵令嬢。

 イルシーダは私よりも格上の家門の令嬢だが幼い頃から顔を合わせる機会が多く、いわゆる幼馴染みだ。

 美しい金髪にエメラルドグリーンの瞳。

 物語に出てくるお姫様のような美貌ながら、くだらない冗談を飛ばすような気さくな人柄で、私のような面白みのない人間とも仲良くしてくれている。


 「あんな風に人前でベタベタするなんて、考えられないわ」


 私が呆れたように言うと、イルシーダは興味深そうに形の良い眉を上げる。


 「貴女のそういうところがねぇ。ザイード様の好みではないんでしょうね?」


 イルシーダに言われずとも、それは私が一番よく分かっている。

 私は黒髪に青みがかった黒い瞳、顔立ちは幼い頃から『大人っぽい』と言われ続け、平均よりは伸びた身長とふくよかに育った胸。

 それにこの可愛げのない性格。

 ()()()()()()()ザイード様の好みではないのだ。


 一方で今彼の隣にいるリーリア様は、珍しいピンク色の髪にまん丸で大きなルビーの瞳。

 顔立ちは少女のように可愛らしく、小柄で華奢だ。

 性格は天真爛漫で明るく、その人懐っこさでたくさんの令息令嬢と仲良くしているのをよく見かける。

 まさにザイード様の好みのど真ん中というわけだ。


 「……良いのよ。別に好かれなくとも。政略結婚なんてそんなものでしょ?」


 私が俯いて手元を見つめていたので、イルシーダはそれ以上その話題に触れるのはやめたようだ。


 「あ!そういえば、今度の週末は何か予定がある?フィリックス様にお会いしに王宮に上がる予定なんだけど、一緒に行かない?」


 フィリックス様はこの国の王太子で、イルシーダの婚約者だ。

 私たちの4歳上で、イルシーダが学園卒業してすぐに盛大に結婚式を挙げることが決まっている。


 「そんな。久しぶりの登城なのに2人の邪魔はできないわ」


 「何を言ってるのよ!どうせ結婚したら嫌でも毎日顔を合わせるのよ?貴女との思い出を作る方が重要なの」


 イルシーダは悪戯っ子のようなお茶目な笑顔を浮かべる。

 『嫌でも』などと言っているが、イルシーダとフィリックス様は相思相愛でお似合いのカップルだ。

 王族だけあって神々しい美しさのフィリックス様とイルシーダが並ぶと、誰もが溜息を漏らすほど。

 ちなみに私は幼い頃から王城に上がる機会が多く、フィリックス様とも昔馴染みだ。


 「……それじゃあ、ご一緒しようかしら。お邪魔でないなら」


 「当たり前よ。フィリックス様も喜ぶわ」


 私はイルシーダと週末の約束をし、その場を離れた。




◇◇◇




 タウンハウスに戻ると、私はデイドレスに着替えダイニングに向かう。

 ダイニングには既に父、母、兄が着席している。


 「遅くなって申し訳ありません。学院の方で少し仕事がありまして」


 私は食事の時間に遅れたことを詫びながら、自分の席に座る。

 父が何も言わずに頷くと、料理が運ばれてくる。


 「……ザイード殿は変わりないか?」


 父の質問に、食事を口に運ぶ手を止める。

 なぜ、そんなことを聞くのか?

 学院のことなど、我が侯爵家の調査力を以てすれば簡単に調べられるはずなのに。

 わざわざ私の口から言わせたいということかしら?


 「……変わりございません」


 「そうか。……上手くやれよ」


 父はこちらを見ることなく一言だけ言うと、何事もなかったかのように食事を続けている。

 上手くやれ………そんなことは分かっている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから―――。


 食事を終え部屋に戻るために階段を上がっていると、先ほどダイニングで気遣わしげに私を見ていた兄が追いかけてきて、声をかけられる。


 「ナターシャ!……大丈夫か?」


 「……ええ、お兄様。何も問題ありません」


 「何も協力できなくて心苦しいが……。困ったことがあればいつでも相談するんだぞ」


 「ありがとうございます、お兄様。必ず本懐を遂げてみせます」


 私は兄に笑って見せる。

 上手く笑えているかしら?

 本音を言えば不安でいっぱいだ。

 だけど、もう後戻りはできない。

 思い描いた未来を信じて、私は卒業パーティーを迎える。




◇◇◇




 卒業パーティー当日。

 私はザイード様の瞳の色である青色のドレスを身に纏い、支度部屋の大きな鏡の前に立っている。

 ドレスにはびっしりと銀糸で刺繍が入っており、大変に手間をかけた逸品だということがよく分かる。

 それから、それに合う大きなアクアマリンを使用したシルバーのイヤリングとネックレスを身につけ、それがしっかりと見えるように長い黒髪を結い上げる。


 もちろん、このドレスやアクセサリーはザイード様から贈られたものではない。

 というより、婚約してからザイード様から贈り物をいただいたことはほとんどない。

 何なら、エスコートを受けたことも数えるほどだ。

 今日も例に漏れず、エスコートの申し出はなかった。

 卒業パーティーという、一生に一度の晴れ舞台にも関わらず。


 通常は婚約者のエスコートを受けるが、婚約者がいない場合は家族のエスコートを受けるのが普通だ。

 だが敢えて、私はエスコートを受けずに一人で入場することを選んだ。

 「婚約者に相手にされない可哀想な令嬢」と揶揄されることは織り込み済みである。


 そもそもザイード様との婚約は、互いが15歳の頃に結ばれた。

 ほとんど婚約者としての扱いを受けたことのない私を、学院の生徒たちは嘲笑った。

 ザイード様は特に見目が良く令嬢に人気があったため、やっかみも含めた嫌がらせもたくさん受けた。

 ザイード様とリーリア様が親しくなってからは、「真の愛を見つけた2人を邪魔する悪役」と言われて蔑まれた。


 楽な学院生活ではなかったけど、目的を達成するために私は耐えた。

 その日々も、もうすぐ終わる。

 学院を卒業し無事に結婚さえできれば、私は耐え忍ぶ日々から解放されるのだ。



 私は気合を入れ直し、一人で入場口に立つ。

 扉が開かれ、煌びやかに飾り立てられた会場に足を踏み入れる。

 案の定、一人で入場してきた私をみんなが好奇の目で見ている。

 私は背筋を伸ばし、堂々とホールの前方まで歩いて行く。


 その時、入場口がざわつき出す。

 人集りを割いて入場してきたのは、ピンクのクラヴァットを身につけたザイード様と、その腕にうっとりとした顔で手を添える青いドレスを着たリーリア様だった。

 同じ青いドレスでも、シンプルで大人っぽい私のドレスとは違い、リーリア様のドレスはフリルを袖口やスカートにあしらった彼女によく似合う可愛らしいデザインだ。

 胸元に輝くライトブロンズのアクセサリーと共に、ザイード様から贈られたのだろう。

 人々はリーリア様と私を交互に見ながら、怪訝な顔をしたり面白そうに口元を歪ませたりしている。


 「惨めねぇ。同じ色のドレスなんか着ちゃって」


 マリソル様が意地悪そうに口角を上げて揶揄ってくる。


 「そうですわね。本当に常識がなくて笑ってしまいますわ」


 真顔で返すと、マリソル様はグッと返答に詰まる。

 婚約者を差し置いて愛人を優先したり、公の場で愛人に自分の色を纏わせたりすることの非常識さくらいは、マリソル様でも分かっているようだ。


 ふと、前方に向かって歩いてくるリーリア様と視線が合う。

 リーリア様はどこか得意げな顔をして私に笑みを向けてくるので、こちらも負けじと笑顔を返す。

 私の笑顔を見たリーリア様は一瞬うっ、と顔を強張らせるが、気を取り直してザイード様に一層寄り添い仲の良さを見せつけている。


 ホールには卒業生たちの他に、卒業生の父兄、王族も参加する。

 学院を卒業して一人前の貴族として羽ばたく若者を、国を挙げてお祝いするのである。

 ある程度参加者の入場が終わった段階で、国王陛下と王妃殿下、王太子殿下と第二王子殿下が入場する。


 通常は国王夫妻のみの参加なのだが、今年は婚約者のイルシーダが卒業を迎えるため王太子のフィリックス様が、私たちと同学年で今年学院を卒業される第二王子のウィリアム様は卒業生として、このパーティーに参加される。


 ユールタール王国でもトップクラスの美貌を誇るフィリックス様とウィリアム様の入場に、ホールは色めき立つ。

 王族の象徴でもある銀の髪に、アイスブルーの瞳。

 王妃様に似た優しげな目元のフィリックス様に対して、国王陛下に似た涼しげな目元のウィリアム様。

 雰囲気の違いはあれど、よく似たお二人だ。


 「はぁ〜。王子様方はいつ見ても麗しいわ」


 「フィリックス殿下はもうすぐイルシーダ様と結婚されるから、ウィリアム殿下もそろそろ婚約者をお決めになるのかしらね?」


 周囲の令嬢方が頰を染めながらお二人について話している。

 まだ王子様方登場の興奮が冷めやらぬ中、国王陛下が卒業生へ祝辞を述べ、卒業パーティーの開会が宣言される。

 ファーストダンスとして、フィリックス様とイルシーダがフロアの中央に出てダンスを披露する。

 

 「お似合いのお二人ねぇ」


 ダンスを踊る2人の美しい姿に、ホール中から溜息が漏れる。


 フィリックス様とイルシーダのダンスが終わり、卒業生が自由にダンスを踊れる時間となる。

 ザイード様とリーリア様は真っ先にフロアのど真ん中に陣取り、ダンスを始める。

 婚約者を差し置いて堂々とファーストダンスを踊る2人に周囲は唖然とすると共に、私に憐憫と嘲笑の眼差しを向ける。


 「堂々と踊ってるわね〜あの2人。ここまでくるとあの強心臓に感心するわ」


 ダンスを終えたイルシーダが呆れた表情で近づいてくる。


 「それほどお互いのことしか見えていないんでしょうね」


 さすがの私も苦笑する。

 今の今まで、あの人からは罪悪感というものが微塵も感じられなかった。

 あの人の中では()()()()()()としても、私に対して悪いという気持ちは少しも生まれないものだろうか?


 「それで?麗しのナターシャ様は今日も壁の花なの?」


 「麗しの、なんて。そんなことを言ってくれるのはイルシーダだけだわ」


 「あら?そんなことはなくてよ。ナターシャ、あなたは賢いけれど自分のことはあまりよく見えていないのね」


 そう言ってフワッと笑うイルシーダは、どこからどう見ても物語の主人公だ。

 そして私は、ただの悪役。

 ヒロインに踏み台にされるだけの、当て馬。



 参加者がある程度ダンスを終え、最後に1人ずつ国王陛下に直接お言葉をもらってパーティーはお開きとなる。

 階段の上の玉座に座られている国王陛下に向かって、卒業生の家族単位で階段を登ってご挨拶を申し上げる。

 私の家からは父と兄が参加してくれたので、3人で国王陛下の元に行くことになる。


 このご挨拶の順番は貴族の位順である。

 我がドナレイル家は、同じ侯爵家であるザイード様のアッシャー家より僅かに家格が下のため、国王の元へは先に婚約者一家が挨拶に行くことになる。


 目の前ではイルシーダが父親、母親、弟、妹と共に階段を上がっている。

 国王の御前に着くと、全員が低頭して御言葉を賜るのを待つ。


 「イルシーダ・マナス嬢。学院卒業おめでとう。我が息子の妻として、また義娘として家族となれることを楽しみにしているぞ」


 「お言葉を賜り、ありがたき幸せにございます」


 イルシーダがカーテシーで挨拶をすると、一家は一礼し、階段を降りてゆく。


 厳かな雰囲気で式典が進み、ザイード様達の番になる。

 そこで衝撃の光景に直面し、ホール中が一気に騒めく。

 何とザイード様と腕を組んで、リーリア様が階段を登っているではないか。

 階段を登っているのは2人だけではない。

 ザイード様の父親と母親も、リーリア様を咎めることなく一緒に階段を登っている。

 迎える王族側も、その光景に一切動じていない。

 行く方も待つ方も平然としている。

 驚いているのは外野だけだ。


 「卒業おめでとう、ザイード・アッシャー小侯爵」


 「ありがたき御言葉にございます。この度、国王の御前でお許しいただきたいことがこざいますゆえ、この場をお借りしてもよろしいでしょうか」


 さらに驚くことに、ザイード様は国王の御言葉を遮り、自分の話をし始める。

 そして国王もまた頷き、それを咎めず成り行きを見守っている。


 「……ナターシャ・ドナレイル侯爵令嬢!前へ!」


 まるで上官のような呼び出しを受け、私と父、兄の3名は階段下まで歩み出る。


 「何のご用でございましょうか」


 私は階段上のザイード様をしっかりと見据え、ハッキリとした口調で答える。


 「私、ザイード・アッシャーは本日をもって、ナターシャ・ドナレイル嬢との婚約を破棄する!私が真に愛するのはここにいる、リーリア・レンブラン男爵令嬢ただ一人だ!」


 ザイード様はリーリア様の肩をしっかりと抱き、またそれに寄り添うリーリア様は満面の笑みを湛えている。


 ………そう、笑顔なのだ。

 普通は「婚約者がいる方を好きになってしまい申し訳ございません」と言ってよよと泣く場面ではないか?

 少し調子が狂ってしまったが、私はひとつ深呼吸をしてから、堂々と胸を張る。




 「婚約破棄、承りました!こちらに書類を持参しておりますので、直ちに国王陛下に認可をいただきたく存じます!」




 私がそう言うや否や、父が書類を持って階段を上がり、ザイード様の父親であるアッシャー侯爵に手渡す。

 アッシャー侯爵は懐から万年筆を取り出すと書類にサッとサインをし、眼前の国王陛下に直接差し出して奏上する。


 「国王陛下。婚約解消の承認をお願いいたします」


 この国では婚約にも、婚約の解消にも、国王の認可がいる。

 国内の貴族の勢力図を王室がしっかり把握する意図と、不自然な婚姻を繰り返して不正を働いている者がいないかを監視するためである。


 「うむ、分かった。此度のアッシャー侯爵家とドナレイル侯爵家の婚約解消を認めよう」


 国王陛下は渡された書類にサインを書き込む。


 ザイード様が突然発した婚約破棄の言葉に、関係者は文句の一つも言わずに淡々と手続きを進め、あっという間に婚約解消が成立してしまった。

 目の前の出来事に理解が追いつかず唖然としていたのは、ホールで傍観していた人たちの他に、もう一人。

 他でもないリーリア様である。

 リーリア様は先ほどまでの満面の笑みを消して、目の前で行われていることをポカンと口を開けたまま眺めている。


 「国王陛下。御前での急な申し出をお許しいただき、ありがとうございます。今後はアッシャー侯爵家の跡取りとして、ユールタール王国のためにこの身を捧げる所存でございます」


 「うむ。期待しておるぞ」


 ザイード様は全てが終わると深々と最敬礼をして、国王の御前から退く。

 リーリア様は終始ポカンとして、ザイード様に連れられるままに階段を降りて行った。


 ホールの騒めきも止まぬ中、私たちドナレイル家が国王の御前に上がる番になる。

 私、父、兄は3人並んで階段を登り、国王の御前で低頭して御言葉を待つ。


 「ナターシャ・ドナレイル嬢。卒業おめでとう。()()()()()()()()()()()


 国王陛下は私を見て、『ニヤリ』という表現が似合う笑顔を向けられる。


 「私からも、ナターシャ嬢に言葉をおかけして宜しいでしょうか?」


 突然傍から声が上がり、ホール中の視線が段上に集まる。

 国王の横に歩み出たのは、第二王子のウィリアム殿下だ。

 ウィリアム殿下は私の前に跪くと、私の手を壊れものを包むようにそっと持ち上げる。


 「ナターシャ・ドナレイル嬢。私、第二王子ウィリアムは幼い頃から貴女だけを愛している。どうか私と結婚してくれないか?」


 あまりに眩しいウィリアム様の笑顔に言葉に詰まったが、何とか気持ちを立て直す。


 「……私で宜しければ。よろしくお願いいたします」


 私が返事をすると、持ち上げた手の甲にキスを落とされる。

 すぐさまウィリアム様は立ち上がり、弾けんばかりの笑顔で抱きすくめられる。


 「ああ………。この時をどれだけ待ち侘びたか。ナターシャ、愛してる。すぐに結婚しよう!」


 「ウィリアム様……!人前で、おやめください……」


 私は顔から火が出そうなほどの恥ずかしさを感じながら、同時に安堵と幸せも感じていた。


 「ははは。ちょうどここに人も集まっていることだし、今発表してしまおう。我が息子、ウィリアムの婚約が今日成った!相手は、ナターシャ・ドナレイル侯爵令嬢だ。諸事情により、婚約期間は3ヶ月。3ヶ月後に結婚式を行うので周知を頼む!」


 高らかに笑い声を上げる国王陛下、笑顔の王妃殿下とフィリックス様、そしていまだに私をしっかりと抱きしめているウィリアム様。

 段上で繰り広げられた光景に口をポカンと開けたまま言葉を発することもできない卒業生とその家族達。

 このカオスな卒業パーティーをもって、私を苦しめ続けていた()()()()()が終わりを迎えたのであった。




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全3回で完結。

毎日18時更新。


********


11/6 新連載開始しました!


「義姉と間違えて求婚されました」

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web版より大幅加筆しておりまして、既読の方も楽しんでいただける内容となっております。
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i948268
― 新着の感想 ―
[気になる点] セリフの前に不必要なヒトマスがあってとても読みづらい
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