ルドヴィクの正体
エミリアは目を覚ますと、手足の違和感に気付いた。錠と鎖に繋がれて、ベッドから起き上がれなくなっていた。鎖で繋がっていなくても逃げるだけの元気なんてないというのに。いつもギリギリの食事しか与えられていなかったため、動く体力なんて残っていなかった。しんと静まり返った部屋は、なんだか夢なのか現実なのかよくわからなかった。こんなにゆっくり休んでいるのはいつぶりだろうか。皮肉なものだ。
「ルヴィと会ったのは夢、じゃないのよね」
なんで幼馴染のルドヴィクが侵略者のように現れたのか、訳が分からない。ルドヴィクは兄と一緒に隣国で学業に勤しんでいたのではなかったのか。あの男性は本当にルドヴィクなのか。すっかり身長も高くなり、肉付きもよくなって、見るからに体格が良くなった。逞しくなった。
それでも、あの笑った顔はルドヴィクだ。内気なところもあったルドヴィクは、いつも力んで笑顔がうまくできず、引きつったようなへにゃりとした笑みを浮かべる。先ほどのルドヴィクもその表情を浮かべていた。笑顔が下手くそなルドヴィクだ。
だからこそ理解が出来なかった。ルドヴィクが一緒に過ごしたこの国を侵そうとするなんて。そもそもルドヴィクは幼馴染であるが、何者なのか知らない。気にしたことがなかったから聞かなかったのだ。それに、ルドヴィクがエミリアと過ごしたのは短期間だったからだ。
「ルドヴィク、何か嫌なことがあったのかな」
エミリアがぼんやりしていると、ドアがコンコンとノックされる音がした。女性の声が聞こえてきたので、返事をしようとしたが、喉がカラカラと乾いて声が声にならなかった。ヒュゥヒュゥと情けない息の音がすり抜けていくだけだった。
「失礼しますね」
優しい表情をした使用人の女性が、上品なお仕着せを身に纏って、銀色のワゴンを運びながら部屋に入ってきた。近づいてくると、香ばしい香りが漂ってきた。鼻が素直にひくひくと動いて、正直な体に苦笑いするしかなかった。だんだんとお腹もぐぅっと主張してくるので、女性も優しい笑みを浮かべた。
「あらあら、お腹空いたのですね。殿下から、お嬢様に十分な食事をするように、とのことです」
「殿下?」
「アーレイル王国の第三王子ルドヴィク・アーレイル殿下です」
「王子様!?」
エミリアは衝撃的な事実にどこから出たのか分からない大声が出たことに、自分自身で驚いてしまった。ルドヴィクのことを知らないとは思っていたが、まさか王子様だとは思わなかったのだ。でも第三王子となると、王位継承順位もそこまで高くないのだろう。あまり王族らしくなかったのも頷けるかもしれない。それでもびっくりしているのだが。つまり、ルドヴィクがこの国を攻めてきたのは侵略ということなのだろうか。
「どうぞお召し上がりください」
使用人の女性に食事の準備を整えてもらったので、エミリアは目の前にある料理に手をつけようとした。しかし、空腹感とは裏腹に、胃はあまり物を受けつけてくれなかった。
最初の一口こそ美味しくて感動したのだが、二口目にいこうとすると、胃の違和感が襲ってきた。空腹なのに、受けつけられないこの体が憎たらしくなった。
「無理はなさらないでください」
「でも、せっかくの美味しい料理なのに……」
「お嬢様に美味しいと言っていただけるだけで、私達使用人一同は報われるというものです」
「そんな……。食べられなくてすみません。でも、次こそはもっと食べますから」
「その意気です。少しずつ体を戻していきましょう」
文句を言うわけでもなく、微笑みを浮かべながら、食べきれなかった食事はワゴンに下げてくれた。申し訳ない気持ちで、思わず目線が下がってしまった。
「そんな顔なさらないでください。殿下も気にかけていらっしゃいましたよ。食べられなくても怒らないでやってくれ、と。なので、こちらのことは気にせず、お嬢様が少しずつ元気になれるよう、お手伝いさせてください」
ルドヴィクもエミリアが食べられないかもしれない、と気付いていたと聞いて、胸がぽかぽかしてしまった。
ほら、彼は昔から変わらずに優しい人なのよ。きっと、侵攻だって深い事情があるはず。そんなことを考えたら、胸のつっかえが溶けていくような気分になった。
「ありがとうございます」
「私共には敬語も不要ですので、気楽にお声がけください」
「えっと……」
長らく敬語を使ってきた身としては、急に敬語をやめたくても、なんと言えば良いのか、わからなくなっていた。エミリアの困った様子を見兼ねて、使用人の女性は眉と目尻を下げて、困ったように笑みを浮かべた。
「無理はなさらないでください。少しずつ、ひとつひとつ、着実にこなしていきましょう」
「何から何までありがとう……ございます」
敬語を崩して言おうとしたが、急に不安になって、敬語に戻してしまった。慣れてない様子がおかしかったのか、女性はクスクスと笑っていた。笑うといっても、嘲笑うようなものではなく、愛おしむような笑い方で、エミリアは穏やかな気持ちになっていった。
エミリアへの心配りと同時に、鎖に繋がれている状況は、なんとも異様な光景に思えた。不釣り合いだからだ。大切に思ってくれるなら鎖も外してくれればいいのに。外せない理由も優しい理由なのだと、思うしかなかった。