6話 魔剣開放
「――燃えろ」
俺は魔素を足に回し、地面を強く踏みつける。
遅れて、背後で炎が上がった。
「やめてくれ、リオン! 俺はお前と戦いたくない!」
「可笑しなことを言うのね。帝国の方で私を処理するための討伐隊が組まれたという話は知っているわ。ここにいるということは、あなたも悪い魔女を殺しに来たのでしょう?」
「それは、お前だって知らなかったから!」
「ふざけた命乞いをするくらいなら、さっさと武器を構えたら? でないと、死ぬわよ」
言いながらもリオンは再び腕を振る。
轟音とともに、黒炎の柱が上がる。
「クソッ」
俺が二つのナイフを抜き払うと、リオンは口端を歪めた。
「ようやくやる気になったみたいね」
「言って聞かないみたいだからなっ。力づくでわからせることにした!」
「あら怖い」
駆けながら、片方のナイフを投げつける。
魔女は怯むことなく、なめらかに腕を突き出して。
次の瞬間、彼女の前に漆黒の炎の壁が現れた。
短剣は彼女のもとに届くことなく焼失してしまう。
黒い炎。
まじまじと目の前のそれを観察しつつ、事前に入手していた情報を思い返した。
焔の魔女の駆使する魔法は「黒い炎」を生み出すというものだ。
彼女の操るそれは、まさに変幻自在。
たとえ魔素の宿る鎧を着こもうとも、その炎に相対すれば丸裸で挑むのと同然だという。
「くっ!」
思考を打ち切りバックステップ。
ゴウッと眼前で火柱が上がる。
「お楽しみはこれからよ」
再び魔女が腕を振る。
一つ、二つ、三つと立ち上がる炎の柱を、最小限の動きで避けながらナイフを投擲。
しかしこれも壁の中へと吸い込まれた。
闇雲に仕掛けても有効打にはならない。
熱気を肌で感じながら、冷静に相手の動きを見極める。
魔女の動きは、一挙手一投足が踊りのよう。
彼女がすっと手を伸ばせば、炎が一直線に放たれて。
弧を描くように滑らかに振れば、波のようにうねる。
「アハハ! さあ、逃げなさい! 踊り狂いなさい!」
黒い炎がうごめくこの森は、まさしく彼女の独壇場。
立ち込める熱気の中で少女は涼しげに踊り、闇に溶け込む黒の炎は彼女の意に従って俺へと迫る。
「……なあ、この程度で終わりじゃないだろ?」
ふいにしかけた挑発に、魔女は余裕の笑みで答えた。
「ええ、もちろん」
そう言って、彼女は両手を天へと掲げた。
黒い塊が空高くまで放たれ、次の瞬間。
「……っ!」
第六感が、危機を告げる。
俺はすべての魔素を足へと込めて、全速力で駆けだした。
降り注ぐ炎の雨。
その一つ一つに高濃度の魔素が込められているようで、落ちた先を黒く焦がした。
つうっと、頬に汗が伝う。
――――強い。
それも、今まで戦ってきたやつらの中でも、最上位の実力だ。
炎という無形のものを、自由に操ることのできる恐るべき魔術。
その猛火を、次から次へと放つ回転力。
すべての攻撃に絶大な魔素が込められていて、彼女の魔素には際限がないのではないかと錯覚させられるほどだった。
パチパチと火の粉が舞う。
その音は、彼女を讃える拍手のよう。
「自画自賛もたいがいにしろよ」
「あなたはなにを言ってるの? それにしても、あれだけの大口を叩いたわりには、なかなか攻めて来ないのね。すべての攻撃を躱しきったことは褒めてあげるけど、そうやってただ逃げ惑うだけだと私には勝てないわよ?」
「うるせえ。ただ、様子を見ていただけだ」
「余裕なのね」
「お前ほどじゃねえよ」
俺はやれやれと肩をすくめる。
「気に入った。あなた、最高だわ。ここまで面白い相手は久しぶり。最初は正直気持ち悪いって思ったけど」
「それは光栄だな。……っておい、なんて言いやがった」
「褒めただけよ」
「ずいぶんと斬新な褒め言葉だな」
「あらそう? でも、気に入ったのもまた本当のことよ。だから、誇りなさい。そして、感涙にむせびなさい。あなたのことは特別に、じっくりといたぶってあげる」
妖艶にほほ笑むリオンに対し、俺は小さく舌打ちを返した。
いけない、危うく見惚れてしまうところだった。
ただ、リオンの言う通りだ。
いつまでも様子を見ているわけにもいかない。
あの様子から察するに、魔素切れは期待できそうにもないし、このままではいたずらに体力を消費させるだけだ。
俺は二つのナイフを構え直して、姿勢を低く屈める。
「犬のものまねかしら?」
「ああ、そうだとも。俺は平和と秩序、ついでに帝国の犬だからな。この二つの爪で、今すぐにでもその綺麗な首元まで辿り着いてやるよ」
「あなたの褒め言葉もたいがいね」
「お互い様だっ」
動きは見切った。
おおよその実力も把握できた。
だから。
「そろそろ本気を出すとしようかっ」
宣言とともに跳び出した。
風を切って駆け抜ける。
背後で炎の柱があがるが、意にも介さず走り続ける。
急停止、方向転換、疾走、跳躍。
前方からくる炎の渦を潜り抜け、横から迫る炎は体を逸らして躱していく。
この程度は余裕。
森は、俺のフィールドだ。
見据える先は、銀色の魔女。
彼女の瞳には、すでに余裕の色はない。
俺は大胆に、そして着実に距離を詰め。
「燃えなさい!」
再びリオンが双腕を掲げた。
じきに炎の驟雨が降り注ぐことだろう。
「うおおおおおおお!」
腹の底から咆哮する。
同時に二つのナイフを投擲し、それらは旋回してリオンへ迫る。
空いた手のひらを彼女へと突き出すと、そこから放たれた一筋の光が俺たちを結んだ。
ここにきて、俺は初めて魔法を発動した。
「なに、これっ……!?」
光の線は、すぐに消えた。
瞬間、衝撃波が俺たちを起点に広がっていく。
その代わりに、一つの武器が俺の手のひらに顕現する。
――それは、【剣】だった。
不思議な紋様が刻まれた魔素の剣。
彼女の炎と同じく黒色に輝く、至高の一柄。
指に力を籠めると、なぜか懐かしさを覚えた。
不思議と手に馴染む。
無限の力が漲ってくる。
まるでずっと使用し続けてきたかのようなそんな感覚。
握るだけでわかった。
この剣であれば、どんな相手であっても敵ではない。
リオンが目を見開く。
すぐに持ち直すがもう遅い。
一瞬生まれたわずかな隙に、俺は大きく踏み込んで距離を縮めた。
「――――しまっ!?」
二つの刃に、一つの剣。
すでに彼女に逃げ場はない。
魔女はとっさに炎の壁を展開するが、走る勢いをそのままに俺は剣を突き出して。
ふっと、炎の壁が霧散する。
「っ!」
魔女は声にならない声をあげた。
風を裂き、先端が彼女の肩に触れかけたその時。
――――眩い閃光が周囲を包んだ。
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