3話 狼と後輩
ハルトと愉快な仲間たちのお話です。
カランカランと、小気味よくベルが鳴る。
「あー! せんぱぁい。やっとみつけましたよぉ」
「うげっ」
クラヴィスと同じく、わざわざ振り返って確認せずとも、こいつが誰かだなんてすぐにわかる。
甘ったるい声で、俺のことを先輩と呼ぶやつは一人しかいない。
名前は、シエル・アンジュ。
歳は俺たちよりもさらに二つ下であるにもかかわらず、【雷撃の天使】の名で呼ばれ、【十二騎士】の序列十一位に食い込む期待のルーキー。
恵まれた容姿と抜群のあざとさから、騎士団内外に多くのファンを生みだし続けている天然の男たらしではあるが、その戦闘センスに光るものがあることは俺もクラヴィスも認めている。
そんな彼女ではあるが、どうしようもない欠点が一つだけ。
酒が入ると、とにかくうるさくてウザいのだ。
いや、これだと二つか。
クラヴィスの方を睨むと、いつもより爽やかな笑顔を返してきた。
間違いなく、こいつがシエルを呼びやがったな。
「うげって……。先輩が久しぶりに返ってきたって聞いて急いで来たのに、なにも本気で嫌がることないじゃないですかぁ」
背後から抱き着きながら、シエルは言った。
背中にあたる柔らかな感覚に、俺は不覚にも鼓動を早めてしまう。
体温がいつもより高いし、髪がいつもよりも艶がかっているし、風呂上がり直後に飛んで来たのだろうか。
絡みつく腕を退けながら、動揺を鎮めるために息を吐く。
「……おい、シエル。なんでもう酔ってるんだよ」
「酔っぱらってなんていませんよぉ。ただ、ちょーっと足元がふらふらするだけで」
「それを酔ってるって言うんだよ。なんでわざわざそんな状態で」
「先輩が帰ってきたって聞いて、一人で飲んでたのにわざわざ飛んで来たんですよ。ねっ、健気じゃないですか?」
「知らん、どうでもいい。お前と話していると疲れるんだよ。具体的に言えば、明日の任務に支障が出る」
「うわ、ひっどい! こんな美少女からチヤホヤされておいて、それはあんまりですよ!」
「顔がよくても中身がなぁ……」
心底残念そうに言うと、彼女はうがーっと吠えた。
噛みつくような勢いで寄ってくるシエルを抑えていると、クラヴィスがくつくつと笑いを漏らして。
「まあいいじゃないか。シエルもきみに会えるのを、ずっと待ちわびていたんだから」
「なっ、クラヴィス先輩!? 違いますっ、違いますからね! 私は先輩を揶揄って遊ぶのがただ楽しいだけでっ」
頬を真っ赤に染めながら、こちらへと詰め寄ってくる。
「いや化けの皮がはがれてるぞ」
揶揄って遊ぶのが楽しいとか、こいつは悪女かはたまた魔女か。
「いやいや、はがれてませんから。なんなら見てください、このハリのある健康な美少女の肌を! もしよければ触ってみます?」
「いらん。それよりさっさと席につけ」
「肌を触るだけじゃ物足りないと!? まっ、まあ? 先輩がどうしてもと言うのなら、私はべつに……」
「いや、落ち着けって」
「これが落ち着いてなんていられますか!? いまこの瞬間、私の未来と乙女としてのプライドがかかってるんですよっ」
頭を抱えてため息をつく。
「……育て方を間違えたか」
「ううっ。先輩の反応が冷たい。……こうなったらヤケ酒ですっ! 今夜はとことん飲み明かしますよ!」
そうしてシエルはグラスを掲げる。
「かわいい後輩との再会を祝して、カンパーイ!」
俺は二度目のため息を吐いた。
××
「……せんぱぁい」
「……こいつ早々に寝やがったぞ」
あれからまだ数十分しか経過していないのに、馬鹿弟子はもう眠りについてしまった。
急に表れたと思いきや、騒ぐだけ騒いで意識を失うなんて、まるで嵐のようなやつだ。
「まあまあ、多めに見てあげなよ」
「なにを多めに見るんだよ。こんな調子だと、普段から他のやつらにも迷惑かけてるだろ」
この酒癖の悪さに困惑する騎士たちの顔がありありと浮かんだ。
こいつ自身のためにも、度ちゃんと叱ってやらないと。
「そんなことないさ。彼女がここまで酔っぱらうのは、きみがいるときくらいだよ」
クラヴィスの言葉に眉をひそめる。
もし本当なら、それはそれで釈然としない。
「それに今日のシエルは、久しぶりにきみと会える嬉しさと緊張からか、テンションがおかしくなっていたからね。気分を紛らわせるために、普段以上に鍛錬に打ち込んでしまったから、疲れもたまっていたんだろう」
「本当にメンタルが忙しいやつだな。まったく、今さら何に緊張してんだか」
「……きみは何もわかってないね」
「あ? なんだよ」
「なんでもないよ」
呆れ気味な物言いに思うところがあるものの、隣でもぞりとシエルが動く。
しぶしぶ追撃を中止しながら、話を聞かれていたら面倒だなという考えが頭をよぎった。
「……寂しかったんですから」
小さく、しかしハッキリとシエルが呟く。
目を覚ましたのかと思ったが、ただ寝言を漏らしただけか。
「師匠なんだろ? もう少しこまめに連絡を送ってあげるべきなんじゃないかな」
「考えとく」
頬杖をついて、口にする。
振り返ってみれば、確かに扱い方がぞんざい過ぎたかもしれない。
任務は忙しかったが、他にも個人的な目的もあって気が回せていなかった。
「さて、飲もうか。それじゃあ、旅の話を聞かせてくれ」
「おう。ただまあ、長くなるぞ。土産話ならたくさんあるからな」
「構わないさ」
答えながら、クラヴィスは片手をあげて店員を呼んだ。
シエルが起きるまでの間、俺たちは静かに語り明かした。