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26話 親友

「来たね。それじゃあ聞こうか。ハルト、きみは魔女と帝国のどちらを選ぶんだい?」


 第三区画の大通り。

 クラヴィスは、雪の上に剣を突き立てて待ち受けていた。


「いきなり本題か。お前らしくない」


「その方が、きみにとって都合がいいだろう」


「違いない」と俺は無感情に答えた。


 いま一度あたりを見回す。

 俺たち以外には誰の姿もなく、ただ閑散とした光景が広がっている。


 十二騎士は、それぞれ序列の数字に該当する区画の管理も任されている。

 たとえば俺なら第八区画、シエルなら第十一区画というような具合だ。

 ただ俺の場合、第八区画の管理権はとうに返上している。


 この第三区画は、クラヴィスの管轄だ。

 ここに一切の騎士の姿がないのも、あいつの命令によるものだろう。


「確かに俺は、英雄になることに憧れ続けてきた。昔のリオンを大切に思うのなら、お前の言う通り今のリオンを終わらせてやることが、彼女のためになるのかもしれない」


 言葉を区切り、目線を落とす。

 クラヴィスは何も語らなかった。

 ただ黙って、俺が話しを続けるのを待っている。


 俺は拳を握りしめ、できるだけ落ち着いた口調で謳う。


「物語の英雄は、魔女を殺す存在だ。だけど俺は、リオンを守る英雄になるよ」


 俺の返答を受け、クラヴィスはそっと目を伏せる。


 沈黙が続く。

 その静寂は永遠のようにも感じられた。

 やがてクラヴィスは、小さくため息を吐く。


「そうか。やっぱり、そう決めたか」


 ほんの一瞬。

 クラヴィスが悲しげな笑みを浮かべた気がした。


「つまり帝国を捨てて、敵に回すということかい」


「そうだ」


「親友のぼくだけでなく、きみを慕ってくれる多くの民や、騎士団のメンバー、それにシエルも裏切るというのかい?」


 クラヴィスの問いに、多くの顔が思い起こされる。

 脳裏に浮かんでは消えていく、鮮やかな日々。


 楽しいことがたくさんあった。

 嬉しいこともたくさんあった。


 改めて振り返ってみて、痛感させられる。

 帝国で騎士になり、俺は充実した十年間を過ごしてきたんだって。


「ああ」


「そうか。その目、もう非常になる覚悟は固めたんだね。それなら説得は諦めよう。でも、やっぱり――――」


 視線をぶつけ合う。


「残念だよ」


 クラヴィスは腰に手を動かして、ゆっくりと剣身を晒していく。

 俺も両手に、魔法で編まれた黒剣を握りしめる。


「しかし、ハルト。きみは一度たりとも、剣術でぼくに勝つことはできなかったはずだ。それでも、挑もうというのかい」


「当然だ。お前を殺してでも、俺はリオンを救いだす」


 それに、と俺は口端を吊り上げた。


「今までの勝負は、命のかかっていないただのお遊びだ」


「……きみらしい。分かりやすい強がりだね」


 クラヴィスは目を細めると、ため息を吐いた。

 銀の剣先が向けられる。青い瞳が見開かれる。

 ともに戦場に立った際に、やつのあの目を幾度となくみた。


 本気の目だ。

 あいつは本気で俺を殺しに来る。

 それがどうしようもないほどに辛くて、ありがたかった。


「きみに譲れないものがあるように、ぼくも多くのものを背負っている。多くの想いを預けられている。平和を願う心、秩序の崩壊を恐れる心。そして、魔女への憎悪の心」


 かたや友情を捨てた者、かたや一人以外のすべてを捨てた者。


「そのすべてを、この剣に込める」


 それが合図だった。

 互いに地面を蹴りつけ肉薄する。


 魔素の光が、残像となって揺蕩い交わって。

 衝撃とともに、ギンッと甲高い音が鳴った。


 視界が揺れる。

 世界が揺れる。


 剣と剣を交差しつつ互いの位置を入れ替えながら、俺たちは睨みあった。

 これまでの人生で、俺たちはともに手の内を曝け出している。

 だから奇襲攻撃は難しく、この戦いで求められるのは地力の高さと覚悟の強さだけ。


 思考が加速する。

 次の一手を読み合いながら、火花を散らしていく。

 俺は獣が爪牙を振るうように、クラヴィスは剣術の基本に忠実に相手の急所を狙う。


 宙を飛ぶ。

 足元を空が斬る。

 そのまま振り上げられた銀の刃に、黒の刃をぶつけて命を繋いだ。


「はっ! 相変わらず、一撃が重いなっ」


 油断すると、気づいた頃にはあの世行きだ。

 重心を移動させながら、次の動きを注意深く観察する。


 クラヴィスが構え直したその瞬間。

 俺は二本の短剣を空高くに投げ出し、正面から距離を詰めて斬り払った。


 クラヴィスが目を見開く。

 はっと息を呑む音が聞こえた。


 回避は不可能。

 絶体絶命の状況のなか、クラヴィスは歯を覗かせて笑いを浮かべ。


「さすが、なかなかやるね」


 刃の前に、躊躇なく左腕を差し出した。


 肉を裂き、骨を断つ感覚。

 切り離された腕から飛び散る血が、雪の上に赤い花を咲かせていき。


 しかし瞬くうちに、すべてがもとに戻っていた。

 クラヴィスは片手で剣を振り落としながら、もう片方の手で掌底を叩き込んできた。


「かはっ……!」


 内臓が圧迫される。

 肺から息が吐き出させられ、背中が壁へと打ち付けられるその瞬間に剣を地面に突き刺して衝撃を抑え込んだ。


「ゴホッ、ゴホッ……。相変わらず、出鱈目な戦い方をしやがる……」


「戦闘スタイルに関しては、きみにだけは言われたくないな」


 クラヴィスは平然と肩を鳴らしていた。

 失われたはずの左腕は、しっかりと肩から繋がっている。

 それどころか、まるで何もなかったかのように傷はとうに癒えていた。


 クラヴィスの魔法は、『巻き戻し』だ。

 生半可な一撃を浴びせようとも、彼を中心としてすべてが数秒前の過去に戻される。


 ゆえにクラヴィスにとって、負傷という概念はないに等しい。

 魔素が尽きない限り、いかなる怪我だろうと即座に回復してしまうのだから。

 息の根を止めるには首を斬り落とすか、あるいは心臓か脳を潰さなければならない。


 つまり、中途半端に生かすことはできやしない。

 元よりそのつもりだが、この戦いを終わらせるにはどのみちあいつを殺すしかない。


 互いに並走しながら、剣戟を繰り広げる。

 戦いの舞台は、目まぐるしく移っていった。


 まずは、リオンから真実を打ち明けられた街路。

 あの夜とは異なり、月は雪雲にすっかりと覆い隠されてしまっており、立ち並ぶ家々からも住民たちの気配を感じられない。


 次に移ったのは、シエルと回った市場だった。

 昼は人で賑わう通りだが、あの厳つい店主を始めとした顔なじみの商人たちの姿はどこにもない。

 ただ物寂しそうに、撤去されなかった屋台が雪を被せられて点在しているだけ。


「考え事とは、ずいぶん余裕だねっ」


 片腕を差し出し、クラヴィスの蹴りを受け止める。

 それで衝撃を殺し切れるわけもなく、俺は建物へと突き飛ばされた。


 固い床を転がっていく。

 回顧した記憶と視界が、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 口の中に、血の味が広がっていく。


「クソッ……!」


 歯を食いしばって、身を起こす。

 内装を見渡してすぐに気づいた。


 ここは俺が帝都に戻ってきた日の夜に、三人で杯を交わした酒場だ。

 あの時と違って誰もいないせいか、途方もなく広く感じられる。


 結局あの日の会計は、クラヴィスが持つことになったんだっけ。

 役目を果たせず、もぬけの殻となってしまった店内に、こちらへ向かう足音が響く。


「思い返せば、あの夜はきみと酒を交わした最後の日だったね」


「あの日以来、色々あったからな。結果的に、俺は今日まで禁酒中だ」


「ご愁傷様。いや、むしろ健康的で何よりじゃないか。すべてに片をつけたら、墓前に供えてあげるとしよう」


「いらねえよ。勝利の美酒に酔い潰れる予定だからな」


 くだらない会話を打ち切り、身を起して床を蹴る。

 火花が散り、得物を打ち合う音が残響する。

 刃を払うたび、絆という名の糸が斬れていく。


 闇に堕ちた聖騎士と、嘘吐きの狼が、互いの命を奪い合う。


 劣勢は続く。

 序列の差が、才能の差が、幼少期からの努力の差が、顕著に突きつけられる。


 互いに引けない理由があった。

 俺たちは、執着と言い換えてもいいほどの、強い激しい感情を抱えている。

 愛という名の病に冒されている。


 十年をともに過ごしてきたからわかる。

 俺たちはどうしようもなく似ていて、決定的に違っていた。


 意地と矜持と覚悟を剣に乗せ、追い続けてきたライバルに喰らいつく。

 何度目かの衝突。

 衝撃を利用して後方に下がるクラヴィスに対し、俺は魔素の衝撃波を三つ飛ばす。


 クラヴィスは一つ二つを魔素へと帰して、しかし三つめは跳躍して避け切った。

 互いに距離を取ったまま、動きを止める。


「そうか、魔素切れか」


 内容に反して、さっぱりとした口ぶりだった。


「……やめるか」


「いいや、今さら止まれるものか」


「そうかよ。聞くだけ野暮だったな」


 そうだ。

 あいつは魔法を抜きにしても、恐るべき強さを誇る剣の使い手だ。

 現に正体を露わにするまでは、一度も魔法を使用せずに戦っていたのだ。


 とはいえ、たとえ傷が残らずとも、疲労は溜まっているはずだ。

 平然としているように見せかけているが、そろそろ限界が近いだろう。


 相次ぐ戦闘で、互いに魔素を使いすぎた。

 俺にももうほとんど魔素が残っていない。


 次の一撃が、最後になる。


「本当に、お前は化け物だよ」


 二つの刃が突き出される。

 互いに全力を出し切った、魂の刺突。


 刹那の間にその軌道を予期し、血の気が引いた。

 確実に直撃してしまうとわかったから。


 俺が死ぬのはいい。

 だが、解毒剤がなければリオンがっ!


 影が交わる。

 衝撃。

 互いの肩がぶつかり合い、呼吸の音が耳に伝わる。


 ――――痛みは、ない。


 臓器を抉る手ごたえを感じた。

 目の前には、見開かれる青い瞳。


「お前、どうして!?」


 血に濡れた黒の剣が、魔素となって消えていく。


「どうして、剣の軌道を逸らした!」


 あいつは本気で俺を殺しに来ていたはずだ。

 事実、先ほどまでの戦いで、俺は何度も自身の死を覚悟した。


 荒い息を吐きだしながら、クラヴィスは膝をつく。


「……なんだかんだ言って……ぼくも……甘いな。最後の最後に……覚悟を……揺るがせてしまう……なんて」


 地面に倒れそうになるクラヴィスの体を、震える手で咄嗟に受け止める。

 クラヴィスは咳きこんだ。

 赤黒い血が口からこぼれ、鎧を濡らす。


「ハルト……身勝手なことを、言う。一つだけで、いい。……約束して、くれないかな」


 彼は震える手を外套のなかに潜ませると、何かを取り出して差し出した。

 これが何なのか、説明されるまでもなく理解した。

 解毒剤だ。


「大切な人を……救えなかった……俺の代わりに……きみは……愛する人を……守り抜いてくれ」


 言い終えて、力が抜けていく。

 俺は悟った。

 これがクラヴィスの最期の言葉なのだと。


「ああっ、約束だ。この命に代えても、あいつのことは守り抜くっ!」


 親友の手がだらりと落ちる。

 その口元は笑っていた。


 目頭が熱くなる。

 溢れそうになった涙を必死に堪え、俺はクラヴィスへと手を伸ばした。


「ありがとう。じゃあ行くよ」


 動かなくなったクラヴィスの目をそっと伏せる。


 感傷に浸っている時間などない。

 それに涙を流すことを、クラヴィスは望んでいないだろうから。


 俺は解毒剤を手に、リオンのもとへと引き返した。

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