24話 もう一人の復讐者
夢の世界に来たことに、すぐには気づけなかった。
そこは雪の降り積もる夜の街。
灰が舞い散り煙の昇る、崩落した帝都だった。
『これは、前の魔女事変の……』
「――――アリサっ! 頼む、起きてくれ!」
金髪の少年が、ひとりの少女の手を握っていた。
彼女の下半身は瓦礫の下敷きになっており、あたりの雪には鮮やかな赤い血が滲んでいる。
「戻れ、戻れ! 戻ってくれ! クソッ、クソォッ! ああ……ああああああああああああああああっ!」
少年が慟哭する。
「……どうして、どうしてアリサが、死ななければいけなかったんだ」
男の呟きに対して返答はない。
少女はとっくに絶命していた。
「あいつのせいだ。……あの銀色の髪の、悪魔がアリサを殺したんだ」
青い瞳を滲ませて、震えた唇で口にする。
「ぼくがやつらを始末しなければいけない」
幽鬼のように揺らめきながら立ち上がると、少年は剣を引き抜いて天を仰いだ。
××
「やあ、ハルト。この姿のときに会うのは、初めてだったね」
少年は普段と同じような調子で口にした。
その調子があまりにもいつも通りだったからか、より一層俺を困惑させる。
手のひらから、たったいま魔法で作り出した金色の剣が滑り落ちる。
「どうしてっ……!? なんでお前が、その仮面を被っているんだよ。――――クラヴィス!」
「どうしてか。きみにしては無意味な質問をするね」
クラヴィスは、片腕を広げると平然とした様子で告げてきた。
「ぼくがアルスカリの一員だからだよ」
「……笑えない冗談だな」
「冗談か。確かに、そう受け取られても仕方がないか。でも知っているだろう? ぼくがこの手のジョークを口にしないことを」
ああ、知っているとも。
なぜならクラヴィスは十年来のライバルで親友なのだから。
「隠していたことは、申し訳なく思っている。ただ勘違いしないで欲しいのは、ぼくはきみを騙するつもりなんて毛頭なかったというわけだ。なにせぼくがアルスカリに入ったのは、二年ほど前からなんだから」
「……二年前」
それは魔女事変が起こった日だ。
――――クラヴィスたち騎士隊が、剣の魔女を討ち取ったあの日。
「あの日いったい何があったんだよ」
「剣の魔女が、ぼくの恋人を奪ったんだ」
クラヴィスに恋人がいたことを知らなかった。
そして彼が深い喪失の痛みを隠していたことにも気がつけなかった。
「驚いたかい? でもハルト、自分を責めることはないよ。きみのことだから、気づけなかったことを悔いているんだろうけれど、それは間違いだ。ぼくは隠し事をするのがうまい方なんだから」
「どうして相談してくれなかったんだ!」
「剣の魔女の名前を知ってしまったからだよ。剣の魔女、サラ・クロス。もう知ってはいるだろうけれど、彼女に罰を下したのは他でもないこのぼくだ。さらにその妹のリオン・クロスに対しても憎しみの感情を抱いていることを、他でもないきみに相談できるはずがないだろう? だってきみは、ずっと彼女のことを想い続けていたんだから」
クラヴィスの立場を想像して考えれば、無理もない話だった。
「あの事件でぼくの恋人は、瓦礫の下敷きになって死んでしまった。ぼくはその場に居合わせられなかったけれど、即死できずに苦しみながら死を迎えたみたいだ」
「アリサ、だったか」
「……そうか、きみの魔法で。彼女との記憶を見たんだね」
「ああ。二年前の魔女事変の記憶を見た」
クラヴィスは目を伏せて、深く息を吐きだした。
「それなら話は早いね。二年前のあの日、ぼくは決意したんだ。二度と悲劇を繰り返させてはいけない。同じ苦しみを味わう人を出してはいけない。彼女たちの境遇には同情しよう。だが、魔女の存在を認めてなるものか」
青い瞳に、憎悪の炎燃え上がらせている。
同じ目だ。
あいつの瞳には、リオンが帝国に対して向けていたものと同種の感情が宿されていた。
長年の付き合いだが、クラヴィスのこんな表情はほとんど見た覚えがない。
「多くの命が失われた。多くの絶望が生み出された。ぼくは同じ悲劇を繰り返さないために、魔女を殺す。そのために、ぼくはアルスカリに入ったんだ」
ふっと、表情が消えていく。
クラヴィスの無感情の視線が、こちらを射抜くように注がれる。
「ぼくは自分の正義をなすために、すべての魔女を殺しつくす。そのためなら、どんな手でも使ってやるさ」
抑揚のない声で、クラヴィスが告げる。
「焔の魔女、リオン・クロス。ぼくがお前を、地獄へと送ってやろう。二年前の、剣の魔女と同じように」
青と赤。
二つの視線がぶつかり合い、空気が張り詰めていく。
「そう。あなたが姉さんを……」
リオンは目を瞑り、片腕を持ち上げた。
「ぼくが憎いか」
「ええ、とっても。だけどあなたが魔女を憎む理由もわかったわ」
「そうか。それなら、大人しく死んでもらうことはできないかな」
「無理よ。だって、約束したんだから」
銀の剣先が、リオンに向けられる。
対するリオンが、再び腕を振り上げて。
「では、始めようか。命を賭けた戦いを」
炎が上がり、クラヴィスが駆けた。
「待てっ、二人とも!」
ワンテンポ遅れて、二人を止めるために地面を蹴り。
「――――くっ!」
反射的に剣を振り抜き、危機を払う。
雪の上に、黒塗りのナイフが突き刺さる。
「どけっ! 俺には、お前たちの相手をしている暇はない!」
俺の行方を阻むように、黒の影たちが周囲を囲む。
会話は無駄だ。
早々に終わらせる。
今までの人生で染み込ませた。
魔獣との戦いで高められた感性と、クラヴィスとの稽古で磨いてきた技術をフルに活用し、怒涛の連撃を対処していく。
息を吸い込むたびに喉がひりつく。
剣を振るうたびに痛みが走る。
全身全霊をかけて、迫りくる死へと抗い続ける。
「俺は、あいつらに死んでほしくないんだっ。お前たちは邪魔だ! もうこれ以上、俺たちの日常を掻き回すな!」
腕を掴み、叩きつける。
足を払い、手刀を打ち込む。
雪が跳ねる。
鮮血が噴き上がる。
思考が回り、魔法の剣閃が空を切る。
斬撃を避け、腹部へ一撃。
短剣を投擲するとともに、一閃。
手首が宙を舞って落ちていく。
足を動かしながら、ぐるりと眺め回す。
残り四人。
八つの空洞が、こちらに向けられている。
誰のものともわからない返り血に濡れた手を、ただひたすらに動かし続ける。
声もなく鳥の仮面たちは倒れていき、静寂が訪れる。
俺は執念で、全ての影を無力化した。
刃を払い、血を落とす。
雪の上に、赤々とした弧が描かれた。
「リオンっ! クラヴィスっ!」
幼馴染と友の名を叫ぶ。
二人の姿は、そう遠くない位置で見つかった。
戦いは、熾烈を極めていた。
互いに大技を繰り出しながら、捌き切っており外傷は見当たらない。
そのことに安堵していったん息を吐きだすも、ここからいつ最悪な状況に陥ってもおかしくない。
扱える魔素の量的にはリオンが圧倒的に有利。
だが、俺は知っている。
クラヴィスの魔法は、魔女のそれにも匹敵する。
クラヴィスの影がブレ、銀の刃が光と化した。
咄嗟に剣を振り抜き、その一撃を受け止める。
鍔迫り合いの状況になる。
「待ちくたびれたわっ!」
背後から声とともに、炎の腕が伸びていく。
側面には炎、正面には剣。
クラヴィスには逃場がない。
「いい連携だ。だけど」
クラヴィスが一瞥すると、炎が霧散した。
「この程度でぼくは殺せない。きみなら知っているだろう、ハルト」
息を吐いたその瞬間。
クラヴィスは力を緩めて後ろに下がっていく。
俺がわずかにバランスを崩したその隙に、あいつは何かを取り出し投擲した。
「――まずいっ!」
リオンの名を呼ぼうとしたが、すでに遅かった。
意識外からの攻撃に、彼女の反応が遅れてしまう。
細い腕に、何かが刺さった。彼女の体がビクリと跳ねる。
「大丈夫か!?」
「……針?」
リオンはそっと針を引き抜いて、まじまじと見つめ。
膝から、崩れ落ちていく。
「……っ!? ……え。なに、これ」
雪の上に手をつけて、とさりと倒れ込んだ。
「リオンッ!?」




