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22話 優しい記憶

 また、夢の世界に来てしまった。


 幾度となく訪れるこの感覚に、未だに慣れることができていない。

 飛ばされる時間も、さらには飛ばされるかいなかも魔法の担い手である自分でもわからないのだ。

 

 それに加えて、そもそも人の記憶を漁るような真似は極力避けるべきだという考えのもと、魔法の使用を控えていたのも、未だこの現象に慣れていない一因だろう。


『……なに、これ』


 リオンの声が響いた。

 それ自体は何も不自然なことではない。

 なぜならこれは、彼女の記憶なのだから。


 ただ、動揺して辺りを見回すその姿は、先ほどまで戦っていた彼女のものと寸分違わない。

 つまり、魔法の対象者であるリオンも一緒に、記憶の世界に飛ばされてしまったということで。


 その事実に気づき、俺も驚愕する。


『……ここは、お前の記憶を再現した世界だ。俺の魔法には、対象の記憶を覗いてしまうという副作用のようなものがある』


 ただ、誰かの記憶を覗き見ることは何度もあったが、その相手も巻き込むなんてことは一度もなかった。


『……悪趣味な力ね』


 リオンは、顔をしかめる。


『べつに、好きで覗いているわけじゃねえよ』


『覗きだなんて。ほんと、いやらしい……』


 リオンは侮蔑の瞳で睨みつけ、自身の体を抱きしめた。

 言い訳の一つでもしたかったが、覗いてしまっているのはまた事実のため反論の余地もない。

 というか、好きな子にこんな目を向けられて、死にたくなってきた。


 それにしても、これはいつの日の記憶だろうか。

 内装を見るに、ここは間違いなくリオンの家だ。

 懐かしい匂いが鼻腔を擽り、あのころの感覚を思い出させる。


 耳を澄ませば、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。

 視線を移すと、そこには幼いリオンが静かに眠っていた。


『これが、昔の私……』


 困惑の目で、幼い自分を見つめるリオン。

 気持ちはわかる。

 ましてや彼女の場合、昔の記憶が欠落しているのだから、今の心情はなおさら複雑なものだろう。


「ごめん、ハルくん。リオン、寝ちゃって」


 柔らかな声で、少女――サラ姉が語り掛けた。

 静かに胸を上下させるリオンの体に毛布を被せる。


『……うそ』


 突然の姉の登場に、リオンは間の抜けた顔で立ちすくんだあと、わなわなと唇を震わせた。

 彼女のそんな顔を目にするのは、ずいぶん久しぶりだ。


『――――姉さんっ!?』


 リオンが駆け寄り手を伸ばすが、サラ姉の体をすり抜ける。

 この世界は、あくまでも記憶の再現だ。

 干渉することなんてできやしない。


 リオンはへたり込むと、うつむきながら涙を流した。

 声をかけるべきかどうか逡巡して、そっとしておくことにした。


「ほんと、まだ夕方なのにな。まあ今日は散々遊んだし、仕方ないかもだけど」


 昔の俺が、わざとらしく肩を竦める。

 はたから見ると、我ながら憎たらしい子どもだなと思う。

 それとは別に、当時の自分が羨ましくて眩しく映った。


 探検したり、かくれんぼをしたり、ひたすら追いかけあったり。

 今となってはなんて事のない子どもの遊びだ。


 けれども、当時の俺にとっては、リオンと過ごした日々は毎日が刺激的で楽しかった。

 あのままリオンがいなくならなかったら、そんな子どもらしい日常がもうしばらく続いていたんだろう。

 そんな世界を空想して、やるせない思いになる。


「ハルくんなら大丈夫。お姉ちゃんとしても、安心して任せられる」


「大丈夫って、どうしてだよ」


「信頼、してるから」


 陽だまりのような笑みで、サラ姉は言った。


「私も、あなたのことを見てきたから。ハルくんが優しい男の子だってことも、リオンのことを大事に思ってくれていることも、ちゃんと知ってるよ。うん、ハルくんにならお嫁に送り出せるね」


「はっ!? べっべつに違えよ! 俺はリオンと、友だちとして遊んでいるだけで」


 昔の俺が、火を噴くように顔を赤くして捲し立てる。

 なんだろう、こうして客観的に眺めているとキツイものがあるな。


 しかもこれを成長したリオンにまで見られているなんて、もはやある種の拷問といっても差し支えないだろう。

 リオンがどんな顔をしているのか、とてもじゃないが確認できなかった。


「ふふっ。顔、真っ赤。ほんと、ハルくんはわかりやすい。そうやって顔に出るところは、リオンとそっくり」


 子どもながらに、これ以上口を開いても自滅する一方だと悟ったのだろう。

 昔の俺は、不服そうな目でサラ姉を睨みつける。


 ただ、当のサラ姉は俺の無言の抗議など意に介さず、むしろ満足そうに話を進めた。


「それに、ハルくんと一緒にいるときのリオンは、心の底から笑えている。両親がいなくて、寂しい想いをさせてきたけれど、ハルくんの話をしているリオンは、幸せそうなの」


 お互いの境遇に通じるところがあったのも、リオンと仲良くなった一つの要因だろう。


「……俺は、たいしたことしてねえけど」


「それで、いい。今のまま、リオンと仲良くしてあげてくれるだけで。それに二人が仲良くいてくれるだけで、私も幸せ」

 

 サラ姉の白く細い手が、昔の俺の手に重ねられる。


「だからお願い。私になにかあったら、その時はこの子を助けてあげて」


 手を取って見つめてくるサラ姉ちゃんに対して、俺は顔を逸らした。


「リオンには、色んな人と交流をもって欲しい。色んな知識を身に着けて、たくさんの経験を積んで、充実した人生を歩んでほしい。ハルくんが嫌じゃなければ、隣で見守っていてあげて欲しいな」


「……サラ姉ちゃん」


「ハルくんの好きな英雄の物語風に言うなら。もしもの時は、お姉ちゃんとして私がリオンを守る剣になる。だからハルくんは、リオンを守る盾になってあげて」


「どうせなら、俺は剣がいいんだけど」


「ハルくんは、剣にしては、まだまだ弱っちい」


「はあっ!? そんなことねえしっ!」


「だって、まだまだ私にも勝ててない」


 言い返せないから、「ぐぬぬ」と唸り声をあげる。

 確かにサラ姉の剣の実力は相当なものだった。

 それこそあのまま生きて帝国の騎士団に入っていたら、十二騎士にもなっていても不思議ではない。


 苦笑を漏らすサラ姉に対し、俺は反撃を諦めたようにため息をこぼす。


「しょうがねえな。サラ姉ちゃんに言われたら断れねえし、もしもの時は俺があいつを守ってやるよ……だけど」


 その続きを言葉にすべきか躊躇って、けれども結局口にする。


「そのもしもが来ないように、体には気をつけろよ」


「サラ姉ちゃん、体が弱いんだからさ」と、小さく付け加えた。


 サラ姉ちゃんは、優しい手つきで俺の頭を撫でながら微笑んだ。


「ありがとう」


 泣きたくなるくらい温かい空気が、室内全体を包んでいる。

 その空気がどうしようもなく切なくて、やるせない感情を抱かされる。


 結局、サラ姉は約束を守ることなく逝ってしまった。

 とはいえ、そのことを俺に責める権利はない。

 俺がリオンの盾になれなかったから、あの魔女事変の夜にサラ姉が戦わなければいけなかったんだ。

 

 俺のせいだ。

 俺がリオンを守るという約束を果たせなかったから、魔女にさせてしまったんだ。

 あの魔女事変の日に俺が彼女を見つけてあげられなかったから、色々背負わせてしまったんだ。


『……知らなかった』


 弱々しくリオンが呟く。


『……姉さん、体が弱かったのね。私の前では気丈に振舞ってたのかな』


『余計な心配かけたくなかったんだろうな。あの人はお前のことを、心の底から大切に思ってたから』


『あなたに偉そうなことを言ったのに、私も姉さんのことを全然理解できていなかったみたい。本当に悲しくて、悔しくて。……情けないわ』


 リオンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


『今からでも知っていければいい。俺も知っていることを話すから』


『……姉さんの話、聞かせてくれないかしら』


『もちろんだ。それに、俺も聞きたい。俺が知らない、魔女になったあとのサラ姉の話を。当然リオンの話も含めてだ』


『ありがとう』


 目尻に涙を溜めたまま、薄く笑う。


 鼓動が早まる。

 美しかった。


 昔を彷彿とさせる笑み。

 けれども綺麗に成長したリオンの儚げな微笑みは、昔の彼女のそれと比べてもより一層魅力的で。


「ふぁぁ……。あれ? 私、うっかり寝ちゃってたみたい。おはよう」


 幼いリオンは眠気眼をこすりながら、興味深そうに呟く。


「ハル、お姉ちゃんと何の話をしてたの?」


「なんの話って」


 内容が内容だけに言い淀んでいると、サラ姉ちゃんが悪戯な笑みを浮かべて。


「内緒」


「えー!? ずるいずるいっ、私だけ仲間ハズレじゃん!」


「むしろ、話題の中心だった」


「教えてよ! もうっ、忘れてなんかやらないんだから」


 後ろ手をもじもじと遊ばせるリオンの顔は、かすかに赤く染まっていた。

 当時は気づかなかったけれども、リオンは俺たちの会話を聞いていたんだ。


 少し考えればわかることだ。

 彼女が起きていなければ、あの日の記憶がこのように再現されることはなかったのだから。


『……俺も、まだまだ知らないことだらけだな』


 世界が揺らめき、薄れていく。

 幸福な日々が崩れていくことを、このころの俺たちは知る由もない。

 たとえ記憶を再現した世界に過ぎなかったとしても、今この時の幸せを噛みしめて欲しいと願った。


『まずは、「お姉ちゃん」って呼んでみようかな』

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