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21話 焔の魔女

 波のように黒炎がうねり、轟音とともに押し寄せてくる。

 初撃から、容赦のない一撃。


 クソッ。

 やはりどうあっても、戦うしかないのかっ!


 単純な回避も防御も不可能。

 俺は即座にロープ付きの剣を取り出すと、建物めがけて投げつけて跳躍する。

 ぶら下がりながら眼下を覗けば、先ほどまで俺がいた場所に黒炎の波が流れていき、雪に覆われていた地面をむき出しにした。


 生半可な気持ちのままでは、即死するだけだ。

 まずは、戦いに集中しないと。


 呼吸を整え、目を閉じる。

 瞬間、魔法の攻撃を感じ取って目を開いた。


 目の前には、黒い炎の大玉が迫って来ていたが、壁を蹴って位置を変え、余裕をもって回避する。

 着地と同時に上がった炎の柱にも、回転しながら後方へと下がることで捉えられずに済んだ。


「器用な動きね」


 冷めた語調で口にしながら、リオンは複数の火球を放った。


 感覚が研ぎ澄まされ、ゆっくりに見える。

 神経が活性化され、リオンの猛攻を躱し続ける。


 雪に足を取られないように細心の注意を払いつつも、リオンの一挙手一投足を分析。

 絶体絶命の危機の中、焦る自分とはまた別の冷静な自分が、俯瞰的に状況への対処を促してくる。

 経験と勘と生存本能、それから執念が生き抜くための最適解を告げてくる。


 複数の気配を察知。

 辺りを一瞥すると、いつの間にか十体の魔獣に囲まれている。


 魔獣はギラギラと牙を光らせ、低い唸り声をあげている。

 やつらは俺とリオンの攻防をじっと観察しながら、今か今かと出撃のタイミングを待ち構えているのだ。


「燃えろっ!」


 再び炎の幕があがる。

 後方へと下がった瞬間、二体の魔獣が左右から飛びかかってきた。

 俺はわずかに身を捩ると両手に構えた短剣を振り抜き、獣の喉を裂く。


「ギギィッ!」


 短い悲鳴とともに、バタリバタリと獣たちの黒い肢体が雪上へと投げ出される。

 魔獣はピクリと痙攣したのち、魔素となって消えていく。

 追撃するように迫る牙を半回転して避けながら、獣の頭蓋を斬りつけて。


「――――っ!?」


 不意を突くように、霰のように炎の弾が迫ってきた。

 完全に躱しきることは不可能。


 そう判断するやいなや、短剣に魔素を流し込んで斬り払う。

 横から迫る獣を蹴り飛ばし。

 もう一匹の腕を掴んで盾にして、ボッと火が灯った瞬間にその体を放り投げた。


「さすが、救国の狩人様。十二騎士としての実力は、伊達じゃないというわけね」


 皮肉だ。

 俺が十二騎士にまでなれたのは、リオンとの約束を果たしたいという想いがあったからこそだ。

 そうして身に着けた力を、今こうしてリオンとの戦いで振るっている。


 狙いを外した火が建物に燃え移り、舐めるように木々を這う。

 黒い炎が、徐々にその勢力圏を広げていく。


「クソッたれ、これじゃ近寄ることさえままならない……」


 周囲には、未だに複数匹の獣が蠢いている。

 雪の降りしきる外だというのに、立ち込める熱気に意識が朦朧としてくる。

 頭をクリアにするために、冷たい空気を吸い込んだ。


 状況を整利しよう。

 純粋な魔法の力では、魔女には勝てない。


 真正面からぶつかって唯一押し切れる人間と言えば、レーズヴィエ卿くらいだろう。

 だからいかに機転を利かせ、わずかな隙を突けるかが肝になってくるのだが。


 あの夜の戦闘で、俺の魔法はすでに割れている。

 当然リオンも警戒しているはずだ。

 魔法で彼女を狙うにしても、前回ほど上手くはいかないだろう。


 とはいえ、決定打に欠けている。

 だから意表を突く一手が必要だ。


 俺は腕を交差し、短剣を投げ放つ。

 リオンは詰まらなそうに片腕を伸ばし、しかし瞳孔が開いた。


 影に隠れるように、タイミングをずらして二本の剣を投げつけていたのだ。

 雪を強く踏みつけながら、動揺するリオンに対して言い放つ。


「相変わらずだ。お前は昔から、予想外のトリックに弱かったな」


「私のことを知ったように言うなっ!」 


 激昂とともに黒炎が爆ぜた。

 接近を阻むため、炎の壁が上がる。

 これでも届かないのはわかっている。


 ――――これで、互いの視界が阻まれた。

 それ自体は想定内だけれども。


 俺と彼女とを隔てるその一枚は、心の距離の表れのようで。

 それがどうしようもなく悲しくて、やるせなくて。

 だから、俺は前へと踏み出した。


「ああっ、知らねえよ!」

「なっ!? 壁を――――」


 むせ返るような火の匂い。

 荒々しい炎が全身に灯る。

 顔を顰めるのを我慢して、俺は大切な幼馴染を見つめた。


「ごめんな。リオン」


 俺の想像を絶するほど、辛かったんだろう。

 誰にも理解されずに、苦しかったんだろう。


 帝都から憎悪の目を向けられて、ただ一人として手を差し伸べてくれる人間がいなくて、それがどうしようもなく怖くて悲しかったんだろう。


 俺は守ると言っておきながら、肝心な時にそばにいてやれなかった。

 彼女の弱音を受け入れ、涙を拭ってやることができなかった。


 英雄になるとのたまい、彼女との約束を守ることに固執してきたのに、何一つとして力になることができなかった。


「……だから……今からでも」


 叫び声をあげたくなるほどの激痛が走る。

 全身を炎に包まれながら、俺は歯を食いしばって魔法を発動させた。

 右の手から光の線が飛び、リオンの心に結びつき、眩い光が周囲を覆う。


 我が身を顧みない、捨て身の一手。

 肌が焼け爛れていく奇妙な感覚。


 全身火傷で済めばまだいい方だろう。

 下手したら、これが最後の魔法になる。


「俺に、教えてくれっ……!」


 降り注ぐ雪に反射し、幻想的な世界が生み出されていく。

 薄れゆく視界の中で、リオンが赤い瞳を見開いたのがかすかに見えた。


 互いの心が線で結ばれ、そして。

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