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20話 哀れみ

 遠くから獣たちの咆哮と、人々の慟哭が聞こえてくる。

 魔女の軍勢による蹂躙は、未だ勢いを衰えさせていない。


 半壊した街並みに、灰と雪が降り注ぎ、異様な光景を生み出している。

 各所から漂う死臭に、顔を顰めながら俺はリオンの痕跡を探っていた。


「クソッ! リオンは今、どこにいるんだ」


 つい先ほどは近くにいたのに。

 しかしこの区画は避難が完了しきったからか、周囲にはリオンの姿どころか人の気配を感じられない。 

 ざっざっざっと、俺が雪を踏みしめる音が鮮明に耳に届く。


「ひぃぃぃぃっ! 許してくれっ! 嫌だっ、死にたくないっ」


 悲鳴が響いた。

 俺は瞬時に足を止めると、声のした方向へと駆ける。

 狭い路地を曲がり、瓦礫を跳び越え、再び角を超えた先には悍ましい光景が広がっていた。


 死体だ。

 腕や足を欠損させ、血を流しながら燃えている近衛兵たちの死体が、無造作に転がっている。

 そんな目を逸らしたくなるような状況のなか、ガクガクと体を震わせ後退る男と、黒衣に身を包んだリオンの姿。


「かっ、金ならいくらでも積む。だから頼むっ、殺すな!」


 命乞いをする、その男の顔には見覚えがあった。

 あの審判の日に、糾弾してきたモノクルの文官――オルニス・スキアー。

 そのレンズにはヒビが入っており、服には赤々と血が滲んでいる。


「リオンっ……!」


「あら、ようやく来たの」


 こちらへと顔を向けながら、リオンは指を振るった。


「ああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」


 ボッと黒い火が灯り、男が絶叫する。

 彼は瞳孔を大きく見開かせ、断末魔をあげている。

 ……もう、今から助けに入ったところで手遅れだろう。


「熱い熱い熱い熱い! きざまぁぁぁぁあああああ! よくも、この私を……!」


「愚問ね。あなたが、私たち魔女を生み出した組織の人間だからじゃない」


 リオンの答えに唖然とする。

 オルニスが、アルスカリの一員だった?

 

 しかし、思い返してみれば腑に落ちるところもあった。

 彼が異様なまでに俺やリオンを糾弾したのは、単なる魔女への憎しみからではなく、アルスカリの過ちを隠蔽するためだったのではないだろうか。


「忌々しい、魔女、めっ……! ああ、魔女なんて、生み出さなければ、よかった。……姉妹ともども、醜悪な……」


 ゴウッと炎が勢いを増した。

「ぎゃっ」と短い悲鳴をあげて、オルニスの手が投げ出される。

 火はすぐにオルニスの体を焼き尽くし、雪の上には黒焦げの死体だけが残った。


「おかしいわよね。散々私たちを苦しめ、殺してきたはずなのに。いざ自分が虐げられ脅かされる立場になると、情けなく命乞いしたり、恨み言を遺したり」


 リオンは呆れを通り越して、むしろ憐れむようにため息を吐く。


「少しも覚悟をしていなかった。それってつまり、私たちを人として見ずに、ただの実験動物として認識していたってことでしょう? 本当、反吐が出るわ」


「……だからと言って、殺していい理由にならない」


「相変わらずね。でも、そう言うだろうと思ったわ。そして、改めて確認できた。やっぱり私たちは相容れない存在なんだって」


「そんなことっ!」


「そんなこと、なに? これだけの騒動を起こしておいて、帝国が私たちを赦すなんてことはないでしょう。帝国が滅ぶか、あるいは私たちが死ぬか。もうすでに、その二つの結末しか残されていないのよ」


 リオンの言う通り、もはや情状酌量の余地さえない状況だ。


「姉さんが死んだあの日から、私はずっと復讐だけを望んで生きていた。本当の絶望を味わったあの日から二年を経て、ようやく悲願が達成されようとしている」


 滾る想いを抑え込むように、リオンは手を強く握る。

「私は姉さんのために、魔女を生み出したこの帝都の人間の命を捧げるの。それこそが、私の正義」


「サラ姉が、そんなことを望むわけがない」


「知ったような口を利くのね。あなたは、剣の魔女としての姉さんをろくに知らないじゃない」


 魔女事変の日、帝都を守りたいというその一心で魔獣を狩り続けていた。

 俺が汗を流す裏で、リオンは涙を流していた。


 我ながら、情けない。

 俺は誰よりもリオンのことを想っているように勘違いしていて、肝心な彼女の心を守ることができていなかった。


「いくら昔の私たちのことを知っていようとも、私にはその記憶が残されていない。覚えていない以上、私とあなたはただの他人よ」


「たとえお前が覚えていなくても、俺はっ!」


「俺は、なに? 確かに、あなたは他の人とは違うのかもしれない。数日前までは、少しだけ期待もしていたわ。……でも、もう手遅れなのよ」


 彼女の顔から、表情が消えていく。

 焔のように赤い冷たい瞳が、酷く冷たく感じた。


「私にはもう誰も信じられないし、信じるつもりもない。あなたは私を守ると口にしながら、帝国を捨てるほどの覚悟がない。むしろ、断ち切るべき障壁でしかないの。だから、ら――――」


 瞬間、どっと黒い風が吹き荒れる。

 リオンを起点に、黒い魔素が渦を巻いて荒れ狂う。


 その顔に笑みはない。

 リオンは本気の殺意を宿した瞳で、俺のことを見据えていて、そのことに心臓が締めつけられる。


「その命、私が直々に奪ってあげる」


 リオンは滑らかに腕を差し出した。


「燃え尽きろ」

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