19話 約束
第三章の始まりです。
爆炎とともに、地面が揺れた。
瓦礫を搔き分け、騎士の死体を横目に火の手を避ける。
襲いかかってくる魔獣の首を狩り、腹を裂き、魔素に変えていきながら、阿鼻叫喚が渦巻く帝都の道を駆け抜けていく。
帝都は、地獄そのものだった。
平時とは異なり、大気中には禍々しい魔素と数百の魔法が満ちていて、平衡感覚が鈍らされる。
侵攻した魔女は数人程度。
しかし、魔女たちの放つ膨大な魔素に周囲の獣が引き寄せられ、次々と魔獣と化しては暴れ始めるために一筋縄ではいかない状況だった。
加えて、雪が自由を鈍らせる。
帝都に来てから雪上での戦いに慣れたものの、やはり平時と比べればパフォーマンスの低下は免れない。
「クソッ! 数が多すぎるっ」
まるで、二年前の魔女事変を彷彿とさせるような光景。
そこまで考えて、気がついた。
「……ああ、そうか。今日は剣の魔女の……サラ姉ちゃんの亡くなった日なんだ」
リオンは明確な復讐心をもって、帝国を潰しにかかって来ている。
未だ揺れ動く俺とは違って、確固たる意志をもってぶつかりに来ている。
きっとこのまま戦っても、ただ何も守れず無駄に死ぬことになるだけだろう。
――――本当、あなたって中途半端ね。
あの日のリオンの言葉が、揺さぶってくる。
もう何度も何度も頭の中で繰り替えされたあの失意の声が。
もう、先延ばしにはできない。
否が応でも選択を迫られるのだから。
「なあ、サラ姉ちゃん。教えてくれ。俺は、どうすればいい?」
当然ながら答えはなく、零した問いは消えていくだけ。
雪の降りしきる視界の先に、鎧の集団が見えてくる。
その騎士隊の姿に、俺は見覚えがあった。かつて俺が率い、シエルに託した部隊だった。
「大丈夫か!」
「ロペス様! ご無事でしたか!」
敬礼する騎士たちを手で制して、状況を確認する。
「すまないが、状況を説明してくれないか」
「現在我々の部隊はシエル様主導のもと、この区画の魔獣の駆除と住民の避難誘導に当たっています。……ただしかし、正直なところ避難誘導だけで手いっぱいです。早く、魔女どもをなんとかしないと」
「その魔女たちがどこにいるのか、何か知っていないか?」
「氷結の魔女が第二区画、砂塵の魔女が第五区画、そして翼竜の魔女が第八区画で確認されているとのことです。他にも複数体の魔女の侵攻が確認されていますが、正確な位置までは把握できていません」
「……そうか。ありがとう」
リオンの居場所が掴めないことに肩を落としそうになるが、騎士たちの手前、思いとどまった。
仕方がない。
今のところ、自分の足で探すしかないみたいだ。
「そのシエルはどこにいる?」
「先ほど五十匹を超える魔獣の接近を感知され、数人の騎士とともに抑えています。ちょうとあちらに」
騎士が手で指示した方向を見ると雷が落ちた。
あれは確かにシエルの魔法だ。魔獣だけが相手ならシエルだけでも無傷で対処できるだろう。
ふと視界の端に、二人の少女の姿が映った。
彼女たちは姉妹だろうか、少し背の高いセミロングの少女が、怯えを瞳に宿したもう一人の少女の手を引いている。
そんな彼女たちを、突然影が覆った。
「危ないっ!?」
反射的に駆け出していた。
二人の少女を両腕に抱きかかえて、距離を取る。
背後で激しい轟音が鳴り響き、建物が崩れ落ちる。
土煙があがり視界が晴れると、瓦礫の上には二匹の魔獣が佇んでいた。
黒い影が跳びかかる。
俺は少女から体を離し、魔獣の脳天に短剣を投げつける。
漆黒の獣が魔素となり散っていく様を見届けながら、俺はもう一匹の魔獣を斬りつけようとする。
だが、その姿がどこにもない。
「――――横かっ!?」
獲物は姉の体に隠れるように迫っていた。
切り伏せようにも、やつは少女の背後にいるためリーチの範囲外。
このままではまずい。
警鐘が鳴り響く。
なんとか少女を守ろうと足を動かしたそのとき、魔獣の体が漆黒の炎に包まれた。
「ググ、グググ……」
獣は雪の上に倒れ落ちると、すぐに魔素となって散っていった。
一瞬だったが、はっきりと捉えた。
間違いようもない。
あの黒い炎は、リオンが放ったものだ。
リオンは今、この近くにいる。
俺はすぐにでも彼女を探し出そうとして、しかしすんでのところで思いとどまった。
「……もう大丈夫だ」
「あっ、あのっ、ありがとうございます」
少女は礼を述べながら立ち上がろうとして、苦痛に顔をゆがませた。
「足、見せてみろ」
細く白いふくらはぎに、薄く赤い線が走っていた。
「軽くだけど、傷があるな」
傷に付着した獣の魔素を、俺の魔素で払い出しながらポーチを漁る。
焦るほどの傷ではないが適切な処置は必要だ。
魔獣による傷は、放置しておけば普通のそれと比べて腐食しやすい。
たいしたことないと高を括っていると、取り返しがつかなくこともある。
「悪い、少し染みるぞ」
消毒液を流すと、少女の体がピクリと跳ねた。
清潔なガーゼで血液をふき取り、包帯を巻いていく。
「よし、これで大丈夫だ。よく我慢できたな」
涙目の少女の頭を軽く撫でる。
「さあ、あっちが避難所だ。二人で行けそうか」
少女たちは不安そうな顔で見つめてくる。
まいったな、先を急がなければいけないが、放っておくわけにもいかない。
「先輩!」
「シエルか。あっちはもういいのか?」
「はい! とりあえず全部塵に変えてきました」
シエルが誇らしげに薄い胸を張る。
我が後輩ながら頼もしいものだ。
怪我もなさそうだし、なによりだ。
「ちょうどいいところに来てくれた。この子たちを送ってやってくれないか。親とはぐれちまったみたいなんだ」
「了解しました。……その、先輩」
言い淀むシエルに首を傾げる。
「なんだ?」
シエルが不安気に尋ねてくる。
「先輩は今から魔女の……焔の魔女のところに行かれるんですか?」
罪悪感が駆け巡る。
ここで肯定すれば、シエルを不安にさせてしまうだろう。
とはいえ、嘘を吐くのも彼女に対して不誠実だ。
彼女は大切な弟子だ。
俺が窮地に陥っていた時にも、ずっと寄り添ってくれていたかけがえのない存在だ。
だからこそ、適当にごまかすことなんてしたくない。
一呼吸おいて答える。
「そうだ」
「……そう、ですか。……先輩、約束してください。どんなことになっても、必ず無事に帰ってきてください。私はもっと、先輩から色んなことを教えて欲しいんです」
シエルの頭に手を添えると、できる限りの笑顔で答えた。
「ああ、約束だ」
それだけ口にして手を離すと、シエルは名残惜しそうに唇を揺らした。
「先輩、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」




