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18話 魔蝕細胞


 それから俺はシエルに協力を頼みつつ、必死に魔蝕細胞の影を探った。


 帝都内のあらゆる伝手を駆使して情報をかき集め、魔女事変の現場にも足を運んだ。

 大図書館の資料を読み漁り、十二騎士や懇意にしている文官たちにも聞き込みを行った。

 俺とリオンの故郷についても調査を行いたかったが、帝都の外に出ることは許されない。

 だから代わりに、故郷の人々に文を送った。


 散々に手を尽くして回ったが、しかしそのすべてが空振りだった。


 すでに、二十日が過ぎていた。

 

 日に日に降り積もる雪の量が増え、寒さは厳しさを増していた。

 今日は、二年前に魔女事変が起きた日だ。

 サラ姉が処刑され、リオンが魔女の力に目覚めた運命の日。


 一向に進展のないことに焦ったのか、あるいは今日という日に当てられたのか、俺は禁忌を犯すことにした。

 城の中の皇族と限られた人間のみ立ち入ることが許される、資料室に足を踏み入れる。

 バレたらいよいよ身の終わりだ。

 それでも、今の俺には他に心当たりがなかった。



××



 多くの人が寝静まったころあいを見計らい、俺は宮殿に忍び込んだ。

 見回りの目を掻い潜り、鍵束をくすねる。

 魔獣を相手にしていたため、気配を消すのは慣れたもの。


「……これじゃ、騎士じゃなくてただの空き巣だな」


 それも今から忍び込む先は、よりにもよって王族の資料室。

 ただでさえ、俺は目をつけられているのだ。

 今見つかれば、一巻の終わりだ。


 周りに気を配りながらも、慎重に足を運ぶ。

 燭台(しょくだい)に灯る蝋燭の火が、廊下を橙色に染めている。


 こうして夜の宮殿を歩くのは久しぶりだった。

 さっきからバクバクと心臓が煩い。


 もう戻れないところまで来てしまった。

 だがしかし、なりふり構っている場合じゃない。


 リオンは、何かをしようとしている。

 それも遠くない未来のうちに。


 だからできる限り、魔女の情報を集めなければいけない。

 魔女に関するすべての情報を手にして、そして。

 そして、俺は――――。


 俺は、どうしたいのだろう。

 そんな考えがよぎり、かぶりを振る。


 悠長に悩んでいる場合じゃないだろ。

 判断を下すのは、すべてを知ってからでも遅くないはずだ。

 情報を得ることを優先しろ。


 扉の前には、一人の近衛兵が立っていた。

 調べによると、あの場から見張りが離れるのは数時間後。

 ただこのまま待っていても仕方がない。


 姿勢を低く屈めて、息を殺して肉薄する。

 近衛兵が、接近する気配に気づいたのとほぼ同時に顎に掌底。

 男は脳を揺らされ、声もなくその場に倒れた。


「……すまない」


 近衛が意識を失っていることを確認し、頭を下げる。


 開錠してすぐに部屋を見渡す。

 様々な装丁の背表紙が、所せましと本棚に並べられている。

 乾いた紙と埃の香りが、鼻腔をくすぐる。


 歴史、政治、神話、魔法学、医学。

 表題を眺めながらタイトルのないものを手に取って、パラパラとページをめくった。

 これは異国の本か。


「この中から見つけるとなると一苦労だな」


 ため息を吐く。

 やみくもに探し回っていても見つかる気がしない。


 そもそもここに魔女に関する資料があるかさえもわからないが、せっかく危険を負ってまで忍び込んだのだ。

 しらみつぶしに探していくのもいいが、多少なりとも基準を設けておこう。

 俺の予想が正しければ、先日の審問のあとに魔蝕細胞について再び調べ直した人間がいても不思議ではないと思うのだ。


 だから埃の被っているものについては、この際無視することにしよう。

 一冊手にとってはざっとページを捲って元に戻し、また数冊分間隔を飛ばして抜き取っていく。


 刻々と時が流れていく。

 暗く広い書庫の中で、黙々と資料に目を落としているうちに、すっかりと闇夜に慣れてしまった。

 焦る気持ちをグッと抑え、なん十冊目かの資料を取り出しページを捲って、ついに目的の記述を見つけた。


 ――――魔蝕細胞とは――――。


「やっと、見つけた……!」


 喜びに手が震える。

 このまま持ち去って精読するのもいいが、今すぐにでも目を通しておきたい誘惑に駆られてしまい、もう少しだけ読み進めることにした。


「魔蝕細胞とは魔素を人工的に凝固させたものであり、これを幼少期に植え付けられた少女たちのなれの果てが魔女となる。帝国が敵対国クティンガ侵略に備えて、アルスカリに極秘裏に造らせていた魔法兵器」


 あの夜、リオンが語った言葉を思い返す。


 ――――魔女は、人を殺すために生まれてきた。


「秘密機関アルスカリ……」


 十二騎士の俺やクラヴィス、それからシエルだけでなく、恐らくレーズヴィエ卿でさえも認知していない裏の組織。


「確かに、リオンの言う通り魔蝕細胞は実在していた。アルスカリも二年前には確かに存在していた」


 だが、今はどうなのだろう。

 かつての痕跡は確認できた。

 けれども今もなお、十二騎士の誰にも感知されないままに活動し続けることが果たして可能なのか。


 リオンを含めた多くの魔女の存在が明るみとなり、サラ姉を含めた多くの魔女が処刑された。

 二年前の今日に起きた、通称【魔女事変】では多くの人間が死に絶えた。

 そんな大失態を犯してもなお、アルスカリが解体されず存続しているとは考えにくいが 。


「しかしそうなると、魔蝕細胞についての手がかりを見つけるのがますます難しくなってくるぞ……」 


 いや、それでも他に取れる選択肢はない。

 解体されているにせよ、かつての構成員を洗い出して、魔蝕細胞子の効力を消しさる方法を見つけなれば――――。


「ハルトッ! 大変だ!」


 ドアが勢いよく開け放たれる。

 鬼気迫る表情の少年がそこにいた。


 ビクリと肩を跳ねさせてから、彼がクラヴィスだと気づいて安堵して。

 言いようのない胸騒ぎが襲う。


「どうしてここに?」とか、「なんで俺の場所を知っている?」と疑問が頭のなかに次々と浮かんでは混ざり合う。


「おいおい、どうした? ノックの一つもないなんて、お前らしくないぞ?」


「冗談を言ってる場合じゃない。いいか、ハルト。……魔女の軍勢が攻めてきた」


「……なんだって?」


「首謀者は、焔の魔女。きみの幼馴染の、リオン・クロスだ」


 どさりと足元で音がした。

 目線をわずかに下げ、自分が本を落としてしまったことにようやく気づく。

 俺はクラヴィスの顔を見詰めたまま言葉に詰まった。


 焔。

 魔女。

 幼馴染。

 リオン。

 軍勢。


 脳が理解を拒み、けれども現実が少しずつ形を帯びてくる。

 やがて、体中の臓器を鷲掴みにされたような錯覚を受け、脂汗が滲み出てくる。


「ハルト。非常に言いにくいことだが、こうなってしまった以上もう一切の猶予はない」


 クラヴィスはいつにもまして真摯な顔で、言い放った。


「覚悟してくれ。リオン・クロスが処刑されることを」


 俺にとってはどこまでも残酷で絶望的で、けれども回避のしようのない宣告だった。

これにて第2章完結です。

ここまで読み進めていただき、ありがとうございます。

3章からは、さらに物語が加速します。

ぜひこのまま読み進めていただけると嬉しいです。


【読者の皆様に作者からのお願いです】

この作品を読んで、少しでも


・面白かった

・続きが気になる


など思っていただけましたら、ブックマークおよび広告下の【☆☆☆☆☆】から評価して頂けると嬉しいです!

読者の皆様の感じたままの評価で構いません。


よろしくお願いします!

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