17話 あなたのせいで
「は……? 剣の魔女がサラ姉ちゃんだって? そんな、まさか」
眩暈がした。
受け入れがたい話に、強烈な吐き気を催す。
いよいよ脳が理解を拒んでいた。
サラ姉ちゃんと過ごした記憶が、頭の中で目まぐるしく錯綜した。
「剣の魔女。帝国を混乱に陥れた魔女事変の首謀者とされ、火刑に処せられた魔女。あなたも帝国の人間なら知っているでしょう? 剣の魔女サラは、私の姉よ」
剣の魔女は、二年前に帝国に甚大な被害をもたらした魔女たちの主犯格だ。
俺は他の魔女が呼び出した魔獣退治に奔走していたために、彼女の姿を見ていなかった。
俺が魔獣を殲滅したころに、帝国騎士団の精鋭たちが応戦したという話を耳にしている。
確か、その首級を挙げたというのは。
――――クラヴィス。
「……そう。剣の魔女が姉さんだったことは、知らなかったのね」
リオンはそっと目を伏せる。
「さて、昔話はここまで。そして今からあなたに問うわ」
彼女は椅子から腰を上げると、こちらへと歩み寄り。
「ねえ、ハルト。やっぱりあなた、私のものになりなさい」
耳元でそっと囁いた。
懐かしく心地よい香りが、頭をぐらつかせる。
「十二騎士のあなたと魔女の私が手を組めば、帝国を墜とす計画も容易になる。復讐を遂げて、すべてを壊したあとに、焔の魔女と裏切りの騎士が統治する。そんな未来、とっても素敵だと思わない?」
「そんなこと、俺には……」
カツンと靴音がした。
振り向くと、そこにはシエルが静かに佇んでいた。
手には二人分の食べ物を抱えている。
「……先輩。その人は、誰ですか?」
「シエル!?」
彼女は、不安気に目を揺らしていた。
胸元のネックレスが、月明かりを反射して薄く光っている。
「こいつは、その」
つい言葉を濁してしまう。
シエルは言い淀む俺の目を正面から見つめた。
彼女は薄々勘づいているのか、不安げに俺の返答を待ち続けていた。
「あら、可愛らしい女の子。あなた、彼女がいたの?」
リオンの軽口に動じることもなく、シエルは鋭い目つきで睨みつける。
「私は先輩の弟子で、今は監視役です。それよりも質問に答えてください。あなたはいったい、誰なのですか?」
「私はリオン。焔の魔女といえば、わかりやすいかしら」
シエルが息を呑む。
「あなたが……!?」
困惑の眼差しが、敵意を宿したものへと変わった。
「あなたのせいで、先輩がっ!」
「いい顔、素晴らしいわ」
互いに臨戦態勢。
一触即発の空気が流れるなか、シエルはゆっくりと唇を動かした。
「あなたがいなければ、先輩は苦しまずに済んだんです」
シエルは腰に手をやると、するりと剣を抜き取った。
突きに特化した細い片手剣。
彼女はこの剣と雷の魔法を併用して戦う。
「焔の魔女。十二騎士の一人として、そしてハルト・ロペスの弟子として、私があなたを殺します。……たとえ、先輩に恨まれることになろうとも」
対するリオンは、不敵に笑うと手のひらに黒い炎を灯した。
「今日に限って、私はハルトを襲わないとは言ったけど、戦いを望むのであれば受けてたちましょう。そのかわり、手加減なんて生ぬるいことはしないけれど」
空気が張り詰め、そして弾けた。
「シエル!」
稲妻が走った。
閃光。
鳥の鳴き声のような音とともに、シエルは距離を詰めて刃を突き出す。
並みの相手ならば、この攻撃で心臓が貫かれ死んでいただろう。
しかしリオンは、余裕の笑みで腕を振るい炎の壁を作り出した。
「いい攻撃ね。さすが、雷撃の天使様といったところかしら。ああ、ゾクゾクするわ」
雷鳴が鳴り響き、火の粉が舞う。
大切な二人による本気の命の奪い合いが、目の前で繰り広げられている。
「やめろ! 二人とも、やめてくれ!」
俺は割って入ろうとして、しかしそれよりも先に複数の魔素を感知した。
「焔の魔女、投降しろ!」
駆けつけたのは見回りの兵たちだった。
恐怖と警戒と、それから敵意。
肯定的な表情を向ける者はだれ一人としていない。
「……邪魔が入ったわね」
ため息とともに、リオンは手を掲げる。
「心底落胆したわ。てっきり、あなたこそが姉さんの言う『あの人』だと思って期待して来たのに。本当、あなたって中途半端ね」
失望の眼差しが俺を刺す。
「でも、そうね。これで未練が断つことができたから、よしとしましょう」
リオンは澄み渡る声で言い放ち。
「さようなら。次に会うとき、私たちは敵同士。思う存分に殺し合いましょう」
幕を下ろすかのようにその手を振り下ろした。
瞬間、視界を埋め尽くすほどの黒炎が吹き荒れた。
「待て、リオン! 待ってくれ!」
「先輩っ!? さがって!」
炎のなかへと進もうとする俺の手を、シエルが握って引き止めた。
俺はその手を振りほどけなかった。
彼女の手が、酷く震えていたから。
炎が引いていく。
リオンの姿は、すでに消えていた。
俺は歩みを進め、割られたステンドグラスの欠片を手に取る。
――――本当、あなたって中途半端ね。
彼女の残したその言葉が、耳にこびりついて離れなかった。




