15話 夜の帝都、魔女とともに
「リオンっ! どうしてお前が帝都にいるんだ!?」
「ふふっ、予想以上に面白い反応をしてくれるわね。わざわざ声をかけたかいがあったわ」
「答えろ!? お前は帝都に追われている身なんだぞ」
「私の詳細な手配書については、まだ回りきってない。静かにしていれば、案外見つからないものよ」
リオンはこともなげに言って、余裕の笑みを浮かべた。
「さて、私が帝都にいる理由については、最後に説明するとして。今日はあなたと話をしに来たの」
「話だって……?」
「ええ。だけど、その前に」
リオンは後ろに手を組み、前のめりの姿勢になった。
「少し、歩かない?」
思いもよらない提案に、一瞬息を止める。
「……なんだ、今日は襲ってこないのか」
「あなたには借りがあるから。それに今の私は打算で動いているもの」
「打算?」
聞こえていなかったのか、あるいは聞こえていないフリをしているのか。
答える気がないとみて、背を向けるリオンを追う。
人気のない道を二人で歩く。
無言の時間が続いた。
俺は緊張して彼女の影を見つめるだけで、何も喋ることができなかった。
それはリオンと同じ時を過ごすのが久しぶりだからという理由ではなく、この帝都内で不運にも魔女狩りに出くわさないだろうかという懸念があったからだ。
こんなリスクを冒してまで、わざわざ彼女は何の話をしに来たというのだろうか。
考えても答えが出るはずもない。
反響する靴音を聞きながら、どうしたものかと悩んでいるうちにふと思い出す。
「いるか?」
「なに、その袋?」
「菓子だよ。昼に色々と回って買ったはいいが、まだ消化しきれてなくてな」
昔から甘いものは、嫌いとまではいかないもののそこまで得意ではなかった。
日持ちするものだから、ゆっくりと減らしていくつもりではあったけど。
「食うか?」
「べつにいらないわ。お腹、すいてないし。それに毒とか入ってそう」
はたして、そんじょそこらの毒なんかが魔女に効くのだろうかと疑問に思いつつ、適当に中身を摘まんで取り出した。
「毒なんてねえよ。ほら」
言いながら口に含める。
素朴で甘酸っぱい味が、舌のうえに広がっていく。
これは最近帝都ではやり出した菓子だ。
確か名前はレバシ――――簡単に言ってしまえば、果物を乾燥させて作ったキャンディ。
「しょうがないわね。そこまで言うなら、不本意ながらもらってあげるわ」
尊大な口調とは裏腹に、リオンは丁寧に袋を受け取って中身の一つを口に入れる。
彼女は、最初こそ様子見といった感じで食していたが、次第に二つ三つと手に取っては頬張っていく。
「えっ、嘘!? これめちゃくちゃ美味しいんですけど!」
瞳を輝かせながら、手を震わせる。
「この口の中に広がる、優しく爽やかな果実の風味! 噛んだ時の弾力も癖になるし、帝国にこんなに美味しいものがあったなんて――――」
言いながらリオンはハッとしたようにこちらに顔向け、しかしすぐに逸らしてしまう。
髪の隙間から覗く首や耳が、湯だったように赤く染まっている。
「リオン?」
「なんて言うと思った? ぜんっぜん、美味しくないわ」
「いや、あんなに熱弁した後じゃ、無理があるだろ」
「あなたをぬか喜びさせたくて言っただけよ。私は魔女らしく辛い物が好きだから」
「嘘つくなよ。お前、昔から甘いものが好きだっただろ」
「なっ!? 卑怯よ! 昔の記憶を持ち出すなんて」
そもそも辛いもの好きというのは、魔女らしい要素になるのだろうか。
天邪鬼っぷりがおかしくて、つい口元を緩めてしまう。
妙なところで強情なところは、昔から変わっていない。
リオンは悔し気に肩を震わせると、「まあ、いいわ」と不承不承引き下がった。
リオンの歩調に合わせながら、一歩一歩を踏みしめる。
たったそれだけで、胸に込み上げてくるものがある。
彼女と肩を並べて歩くのは十年ぶりだから。
帝国の騎士として逸脱してきている自覚を抱えながらも、俺はこの時が永遠に続けばいいのにと願ってしまっている。
このまま、二人で消えてしまうことができたなら。
第三区画から第四区画へと踏み込んでしばらくすると、ふいにリオンが足を止めた。
彼女の見ている方向に視線を合わせると、そこには小さな教会があった。
「教会……」
「寄っていくか」
ほんのわずかに躊躇うように、リオンは目をさまよわせ。
「そうね。ゆっくり話をするのには、ちょうどいい場所でしょうし」
扉を開けると、たてつけが悪いのかギィと軋むような音が鳴る。
ここは、帝都の外れにある小さな教会。
内装は、お世辞にも綺麗とはいえないありさまだった。
床にはボロボロのカーペットが敷かれ、割れた窓から吹き抜けるすきま風がカビと埃のにおいを運んでくる。
「酷いありさまね」
「今は誰も管理してねえんだよ。立地が悪かったのか、金回りがよくなかったんだろうな」
「へえ。まあ人がいない方が、都合はいいけど」
講壇のステンドグラスに月明かりが刺さり、薄っすらと礼拝堂を照らしている。
月は平等だ。
誰に対しても刺すように、包み込むように光を注いでくれる。
互いに通路を隔てるように長椅子に腰掛けると、リオンが口火を切った。
「あなたには、家族はいるの?」
「両親はいない。母さんは俺がまだ幼いころに病気で亡くなった。父さんにいたっては、顔すらも覚えていない」
「そう……。やっぱり、お父様には会ってみたい?」
「どうだろう。あまり考えたこともなかったな。……ただ、母さんは父さんと帝国内で出会ったって言っていたことは覚えてる。帝都にいれば、そのうち再会したりするかもな」
もしもの未来を想像して、頬が緩む。
リオンはしばし目を伏せると、そっと胸元のペンダントに触れた。
「ほんの少しだけ、羨ましいわ。あなたには希望があるのね」
「え?」
それは、どういう意味だ。
問いかけようとしたタイミングで、リオンは言葉を重ねる。
「私は一時期、教会に身を隠していた」
リオンはするりと手を動かして自身の髪に触れた。
銀の髪が、艶やかに揺れる。
「最初のうちは、正直心が安らいだ。でもね、ある日盗賊が現れたの。私は子どもたちを守るため、魔女として力を振るった。降りかかる火の粉を、業火をもって制圧した。その結果、孤児院の先生たちや子どもたちは、私を恐れ見限った」
相槌を打つことすらも忘れて、俺はそっと耳を傾ける。
「あの日から私は、期待することを諦めた。もう私は後悔しない。同じ過ちを犯さない。だけど、惜しいと思ったの。あなたと対立するのは」
「それは、どうして?」
「あの夜、あなたはやけに執着してきたし、あとあと振り返れば興味深いことを口にしていたから。ずっと、あなたのことが引っかかっていたの」
「それに」とリオンは続ける。
「前回の借りもあるからね。まずはあなたにひとつ、面白い話をしてあげましょう」
「そうか。それは楽しみだな」
俺の軽口に、リオンはふっと口元を緩める。
「今から話すのは、魔女の真実について。魔女が、帝国によって生み出された兵器だったという話よ」
言葉の意味を、うまく飲み込めなかった。
「は?」
少しずつ、理解が追いついてくる。
「帝国が生み出した兵器……?」
「ええ、そうよ。私たち魔女は、虐殺のための道具なの」
心にさざ波が立った。
何もかもが根底から覆される告白に、俺はただ愕然とした。
そうして首筋に汗が滲むなか、ふと点と点が繋がった。
そうだ。
リオンの言うことが正しければ、俺が見た鳥の仮面の男たちもまた、帝国に所属する組織だということになる。
ものすごい勢いで、帝国へのイメージが崩れていく。
「それでは、語るとしましょうか。昔々、あるところに――――」




