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14話 サプライズ

 大通りを外れると、一気に人影が減った。

 日はすっかりと落ち、空は茜色に染まっていた。


 人並み以上に鍛えてはいるが、さすがに疲れてきた。

 露店を回り、昼食を取って、あてどなく歩く。

 気の向くままに店を覗き、知人に呼びかけられたら雑談に興じる。


 取り立てて変わったことはしていない。

 それでも、心の底から楽しい一日だった。


「先輩っ! 次はこっちです!」 


 シエルが呼びかけてくる。

 本当に元気なやつだ。

 子供のようにはしゃぐ姿に、つい口元が綻んだ。


「よかった。ようやく自然に笑ってくれましたね」


「うん?」


「ここ最近の先輩は、気が沈んでいるように見えたので。こうして気分転換でもすれば、気が軽くならないかなって」


「……シエル。悪いな、気を使わせて」


「気にしないでください。それに私が聞きたいのは、謝罪じゃなくて別の言葉なんですから」


「そうか。そうだよな」


 外套の中に手を忍ばせる。


「……ありがとう。ほら、日頃の礼だ」


 小包を取り出して、シエルに差し出した。


「先輩、これは……?」


「開けていいぞ」


 シエルは慎重な手つきで包装を解いていき、その中身をまじまじと見つめた。


「わあっ……!」


 青い瞳が輝く。

 彼女に渡したプレゼントは、シンプルな作りのネックレスだ。

 彼女の髪と同じく金色に輝く石が特徴的で、勢いのままに購入してしまった。


「これ、めちゃくちゃかわいいです。でも、もらっちゃっていいんですか?」


「ああ、もちろん」


 むしろ断られたら、悲しくなって寝込みそうだ。


「しかし先輩、いつの間に」


「お前が店長と話し込んでいるうちにな。なんとなく近くをふらついていたら、商人に声をかけられてな」


「あー、なるほど……」


 シエルは、眉を曲げて頬をかく。

 けっきょく俺たちは、店長の惚気に捕まってしまった。

 しかもシエルが食いついたこともあって、いつも以上に長引いてしまったのだ。

 二人が話しこんでいるなか、俺はタイミングを見計らって抜け出していた。


「まあ、ある意味ちょうどよかったのかもな」


「そう言っていただけると助かります。それで、その……。お願いがあるのですが」


「なんだ?」


「このネックレス。よかったら、先輩がつけてくれませんか?」


「なんだ、それくらいならお安い御用だ」


 ネックレスを受け取り、シエルの背後に回る。

 チェーンを外し、そっと首に手を回す。

 すると、彼女の体が小刻みに揺れた。


「ふふっ。なんだか擽ったいですね」


「不器用だからな。少しくらいは目を瞑ってくれ」


 やや苦戦しつつも再度チェーンをはめ直し、シエルの正面に回った。


「終わったぞ」


「ありがとうございます。……これ、ずっと大事にしますね」


 繊細な手つきで石に触れ、愛おしそうに胸に寄せる。

 シエルはそっと瞳を閉じて、口元を緩ませた。

 そこまで喜んでもらえたのなら、渡した甲斐があるってものだ。


 シエルは子どものようにはしゃいで、スキップをして。


「でも先輩、どうして急に?」


 振り返って首を傾げる。


「最近は、迷惑かけてばかりだったからな」


「それはもう本当に、迷惑をかけられっぱなしですよ」


 俺が追いつくと、歩調がゆったりとしたものに変わった。


「けれども、私は先輩に救われました。返し切れないほどのものをもらったんです」


 空を見上げて口にする。


「私は家族を盗賊団に奪われました。同じような境遇の人を減らすために、私は帝国で騎士になることを決意しました」


 彼女の過去については、弟子入りの申し出を受けてすぐに打ち明けられた。


「ただひたすら頑張り続けて、ひとりで突っ走り続けてきました。そうしたかいもあって、着実に評価を集めていって……でもそれが原因で、私は周りから妬み疎まれるようになってしまった」


 シエルは寂しそうな顔をした。


「試験前に妨害が入って危うく不合格の憂き目を見ることになりかけたり、影で心ない噂を広められたり……。そしてついには、任務中に危険な魔獣の巣くう森の中に置き去りにされてしまって」


 本当に怖かった。

 震えた声で、彼女はこぼした。


「魔獣に襲われかけたその時、先輩に助けられたんです」


 シエルは胸の前で手を握る。


「その日から私は先輩に憧れて、高潔な騎士としてあり続けることを目標にしてきたんです。先輩の夢と、私の夢には通じるところもありますし」


「高潔って。俺よりもクラヴィスの方がふさわしい言葉だな」


「そんなことないですよ。確かにクラヴィス先輩も正しく立派な方ですけど、先輩には先輩だけのいいところがたくさんあります」


「たとえば?」


「女々しく、過去の女に縋り続ける一途なところでしょうか」


「おい。悪意しかない言い方はやめろ」


「半分冗談ですよ」


「半分本心なのか……」


 まあ、自覚はあるけど。

 内心で自嘲していると、「他には……」とシエルが口にした。


「ぶっきらぼうに見せかけて、困っている人を見かけると手を差し伸べずにはいられないところ。誰かを守るためならば、強大な魔獣に対しても勇敢に立ち向かっていけるところ。目標に向けてひたむきに努力を重ねられるところ。それから」


「待て、もういい!」


 正直めちゃくちゃ恥ずかしい。

 会話の流れ的に、俺にも責任はあるのだが。


「ははぁ、さては照れてますね」


「うるせぇ」


 そっぽを向く。

 どれどれと回り込もうとしてくるシエルの頭を、片手で押さえつける。


「ちょっと! 離してくださいよ!」


「離したら全力でからかいに来るだろうが」


「そんなことしませんってば」


「信用性がないんだよなぁ」


「上層部からの信頼は、今や私の方があると思いますけど」


「それは、違いないな」


 悲しいかな、これについては否定しようのない事実だ。


「ああ、もうっ! 先輩の顔がみーたーいーでーすー!」


「ああっ、今日のお前は一段とめんどいな! 俺の目を盗んで酒でも飲んだな!?」


「あはあっ。もう、飲んでませんってば。ただ、そうですね。いつもに比べて舞い上がってはいます」


 シエルはネックレスを揺らしながら、くるりと回った。


「とまあ、そんな冗談は置いておいて、です」


 シエルの纏う雰囲気が真剣なものに切り替わる。


「なにより。誰かのために頑張っている人の姿は美しい。私はそう思うんです」


 シエルは優しい笑みを浮かべた。

 不覚にも胸が高鳴ってしまった。


「先輩と出会ってから、私の世界は鮮やかになりました。時間の流れが早くなって、明日に希望を持てるようになりました」


 月を見上げてシエルが呟く。

 風が吹き、金の髪が揺れた。

 彼女は髪を耳にかけ直すと、歩みを止めて。


「私は、先輩のことが――」


 ぐぅと腹の虫が鳴いた。

 ここ数日なにも口にしていなかった反動か、まだまだ体が食べ物を求めているみたいだ。


「……少しは元気が出たみたいでよかったです」


「うるせえ。で、なんだよ?」


「なんでもないですよーだ。さて、食いしん坊な先輩のためになにか買ってきますね」


「べつにいいぞ。さっき買った菓子が残ってるし」


「でも、お肉とかガッツリ食べられるものの方がいいでしょう?」


「それはそうだが」


「ということで、行って参ります!」


 シエルは冗談めかした顔で敬礼すると、一つに結んだ金の髪をゆらゆらと揺らしながら駆けていく。

 石造りの民家が軒を連ね、花壇に植えられた花の周りで蝶がひらひらと羽を揺らしている。


 俺は壁に寄りかかってシエルが来るのを待つ。

 ときおり小さく靴音が響いているのを耳にしながら、帝都の地図を思い出そうと目を瞑った。

 この通りに足を運んだことはあまりないが、もう少し歩けば公園があったはず。

 シエルが戻ってきたら、少し立ち寄ってみよう。


 たまには、こういうのもいいと思った。


 振り返ればこの二年、帝都でゆっくりと過ごす時間はほとんどなかった気がする。

 基本的に一人で魔獣を狩って回っていたし、たまに返ってきてもクラヴィスやシエルと酒を交わすくらいで、自分の目で帝都を見て回る機会は少なくなっていた。


 目を開くと、蝶が星空に向かって羽ばたいていった。

 そういえばシエル、戻ってくるのが遅いな。

 店選びに迷っているのか、あるいは買うものに悩んでいるのか。

 あいつならどちらもありうるな、と考えて口元が緩んだ。


 さて、シエルのところに戻ろう――――。                                                                        

「こんばんは」


「え……」


 ここにいるはずのない、少女の声が聞こえた。

 ずっと聞きたかった少女の声。


 聞き間違えだと思った。

 でも、聞き間違えるはずがなかった。


 なんで、どうして。

 帝都内に彼女がいるはずないじゃないか。


 恐る恐る顔を上げる。

 ぎこちない動きだったと思う。

 視線の先には、黒い服に身を包んだ少女が立っていた。

 背後の月に照らされる白銀の髪に、自然と視線が吸い寄せられる。


「リオンっ! どうしてお前が帝都にいるんだ!?」

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