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13話 シエルとの日常

 目が覚めてから、二十日が経過した。


 魔法による最先端の治療のかいもあって、体の傷は順調に回復していった。

 謹慎中ということもあり、怪我の回復を待ちつつ大人しくしていたが、それほど退屈はしなかった。


 暇を見つけてはシエルやクラヴィスが訪ねてきてくれたり、差し入れに本を持ってきてくれたおかげだ。

 本当に二人には頭が上がらない。


 監視の担当については、驚くことにシエルに決まった。

 彼女の嘆願に、上層部が折れたらしい。

 

紛糾していた決議を思い返せば意外な結果だが、それだけシエルの人徳と功績によるところが大きかったのだろう。

 あくまでも個人的な意見に過ぎないが、帝国に対する彼女の忠誠心は、レーズヴィエ卿にも引けを取らないのではないかと思う。


 ただ代わりに、帝都からの外出禁止と毎日の報告書の提出も義務付けられはしたが、まあこればかりは仕方がないこととして受け入れよう。

 今となっては懐かしき独房生活と比べれば十分マシだ。


「さむっ……」


 吐く息は白く、相変わらず肌寒い。

 外套を羽織っていても、ちらちらと粉雪をのせて吹く風に反射的に身を縮こませてしまう。


 帝都の寒さは、ますます厳しくなっていた。

 特にこの時期の帝都の夜は、急激に冷える。

 昨夜も少し振ったようで、街路には薄く雪が降り積もっていた。


 大陸を南下すればだいぶ気温が変わるが、あちら側には帝国と敵対する大国クティンガがある。

 足を踏み入れる機会なんてめったに訪れないだろう。


「先輩、ずっと外を回っていましたからね。寒さへの耐性が薄れてきたのかも」


「そのうえ、ここ数十日はずっと室内にいたからな」


 隣を歩くシエルに同調する。

 シエルは白くモフモフした耳当て帽を被り、灰色のゆったりとした外套と黒いブーツ靴を身に纏っていた。

 踊るように軽快な足取りで、コツンコツンと床を叩く。


「これから、また慣らしていけばいいですよ」


 第三区画の市場は人で賑わい、喧騒が鼓膜を揺らしている。

 彼らの身なりはそれぞれ異なっており、しっかりと着込んでいる人もいれば、異国の服に身を包み荷車を引く行商人の姿もあった。

 

 驚くことに、酒を片手に肩を組んで闊歩する薄着の男たちもいた。

 どうやら俺以外に、寒さに震えている人はほとんどいない。

 彼らはみな、この帝都の寒さに慣れ切っているのだ。


「先輩もあんな感じを目指しましょう」


 そう言って、シエルは少し前に視線を移す。

 俺もその後を目で追うと、薄着の男性が勢力的に声をあげていた。 


「店長さん、こんにちは!」


「よお、シエルの嬢ちゃん! ハルトの旦那と一緒とは珍しいね」


 活気のある大柄な男性。彼は俺が帝都に来るずっと前から、露店を営んでいる。

 いかつい顔をしているが、売っているのは可愛らしい菓子ばかりなので面白い。


「どうも、ご無沙汰しております」


 俺は歩みを進めて店主に頭を下げた。

 そういえば、シエルとここに顔を出すのも一年ぶりくらいか。


「今日も精力的ですね」


「そりゃ、本格的に降る前に稼いでおきたいからな。それで、二人とも今日は非番かい?」


「……まあ、そんなところですね」


 やはり上層部以外には、俺がリオンを庇ったことや、謹慎中であることは知らされていないようだ。

 隠されていることを、わざわざ明かす必要もないだろうと濁しておく。


「それで、揃って帝都の散策というわけか。いやぁ、デートとは羨ましいねぇ。俺も昔はあいつと……」


「はい、店長さんストップ」


 シエルが待ったをかけた。

 ここの店主は、奥さんについての話を始めたらなかなか止まらない。

 仲睦まじいのは結構だが、過去に何度もつき合わされた身としては遠慮しておきたい。


「おいおい、これからだってのに」


「だって店長さん、このまま奥さんの話を続けると話夜になっちゃいそうですし」


 シエルの直球にすぎる言い回しに、店長は豪快に笑う。


「これは手厳しい! どうだ、少しくらいサービスしておくから買っていかないか? この新作の菓子なんかお勧めだぞ」


「いえ、デートというわけでは」


 そう言おうとした俺を遮るように、シエルは続けた。


「では二人分、よろしくお願いします! 代金は先輩で」


 俺が払うのかよ。

 まあ、仮にも年上なわけだし、迷惑をかけてしまったから、元からそのつもりだったけど。


 色鮮やかな菓子を受け取るシエルを横目に、財布から硬貨を取り出し店長に手渡す。

 恍惚と頬張るシエルの様子に、「まあいいか」と独り言ちた。

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