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12話 ……ばか

「俺は……」


「死んだのか?」そう呟こうとして、首を動かす。

 手のひらを握ったり閉じたりしてみたり、視線を動かしたりして、ここが紛れもない現実であることを自覚していった。


 生きている、のか?

 でも、確か俺はレーズヴィエ卿には勝てなかったはずだ。

 痛みに眉間を歪めながら、体を起こし、ふと人の気配を感じて視線を落とした。


「……シエル」


 眠っている弟子の姿がそこにあった。

 看病してくれていたのだろうか。

 体には新品の包帯が丁寧に巻いてあった。


 シエルの顔を静かに見つめる。

 整った目鼻立ちに、長いまつ毛。

 手触りのよさそうな、よく手入れされた金色の髪の毛。

 任務での遠征中であれ、昔から身だしなみをおろそかにすることはなく、最大限の努力をしていたっけ。


 そっと頭を撫でた。

 妹みたいなやつだと思っていたが、今回はこいつの存在に助けられた。

 いや今回に限らず、いつも助けられてるな。


 こんな自体になっても見限らずに、寄り添ってくれたおかげでだいぶ心が落ち着いていたと思う。

 シエルのおかげで本当に救われた。

 最初は助ける側だったはずなのに、いつの間にか立場が逆転していた。


 色々のものが変わっていく。

 正直、最初のころは危なっかしかったシエルも成長して心の支えになってくれているし、リオンも――――。


「うぅ、せんぱぁい……」


 起こすべきか迷ったが、もう少しだけ寝かせておこうと決めた。

 さすがに迷惑をかけた自覚があるし、きっと心労もたまっていたことだろう。


 きぃっとドアが開いた。


「おはよう。熟睡だったね。気分はどうだい?」


「悪くない目覚めだな」


 言いながら、シエルの頭を撫でる。

 すると彼女は、にへらと頬を緩ませた。


「それで、どれくらい寝てた?」


「四日くらいかな」


「嘘だろ?」


 クラヴィスは肩を竦めるだけだった。


「四日寝込む程度で済んだことを喜ぶべきだよ。まさに満身創痍とでも言うべき状態だったからね」


「それもそうだが」


「さて、寝起きで悪いけれど、話すべきことが山ほどある。きみが眠っている間に色々決まったからね」


 そう言ってクラヴィスは、俺が眠っている間に決められたことを話してくれた。


 まず最初に、俺の処遇について。

 こうして生かされているあたり、死罪を免れることには成功しているのはわかっていたが、意外なことに謹慎処分で済んだらしい。

 レーズヴィエ卿のあの一撃は本気で殺しにかかっていたが、彼のなかでいったいどういう心境の変化があったのだろうか。


 それから、怪我が回復するまでは病室で軟禁されることになった。

 全回後の監視役については、現在調整中らしい。


「他には、焔の魔女について」


 姿勢を正した。

 正直、これが一番気にかかっていたことだ。


「正式に彼女の出自を洗い出し、きみが言っていた組織についての特定を始めることが決まったよ」


「あいつは、リオンはどうなる」


「これまでのことを踏まえると、難しいだろうね」


「そうか……」


 けっきょく、落ち着いていられる状況ではないというわけだ。

 あの力ならそうそう捕まるなんてことはないと思うが、彼女を守るために何かしらの手を考えなければならない。

 帝国の民にも、リオンにも血を流して欲しくはない。


 もぞっと布団が動く感触とともに、シエルが起き上がる。

 彼女は焦点の合っていない目で、ぼうっとこちらを見つめている。


 そういえば、と俺は半年以上前の記憶を思い出す。

 ともに任務に出ていた時に知ったことだが、シエルは寝起きが悪い方だった。


 こうして起き上がってもなお、まどろみの中にいるようで。

 しかし徐々に意識を取り戻してきたのか、目を見開いた。


「……せん、ぱい?」


 唇を震わせ、彼女はこちらにそっと手を伸ばす。

 そうしてペタペタと俺の体に触れたあと、倒れ込むように抱き着いてきた。


 重い、柔らかい、あと痛い。

 様々な感想が胸に渦巻くなか、シエルは大粒の涙を零しながら呟いた。


「……もう、ダメかと思いましたよ」


「ダメって」


「だって、レーズヴィエ卿との戦いなんて、実質的な死刑宣告じゃないですか! さすがに肝が冷えました」


 それは確かに。

 どうして生きているんだろうと、自分でも驚くほどだ。

 戦闘自体は圧倒されるばかりで、けっきょくのところ魔法を防ぐのが関の山だったわけで。


「戦闘では生き延びて、でも先輩はぜんぜん目覚めてくれなくて……。本当に、本当に心配したんですから……」


 嗚咽の声とともに、締め付ける腕の力が強まってくる。

 いたい痛いイタイッ!?


「シエル、ストップ。ハルトも病み上がりだから」


「あっ……。すみません、その、つい」


 クラヴィスの忠告に、シエルは申し訳なさそうに離れていく。

 ありがとうクラヴィス。

 やっぱりお前は無二の親友だよ。


「べつにいいさ。熱烈な抱擁をありがとよ」


「なっ……!?」


 シエルはぼっと顔を赤く染めると、毛布を握り寄せて胸に寄せる。


「……ばか」


「あー、その、なんだ。心配かけて悪いと思ってる。代わりに、何か埋め合わせするから」


「なんでも……」


「なんでもとは言っていないぞ」


 即座に訂正をかけるが、すでにシエルは顎に指を当てて考えこんでしまっている。

 どんな要求が飛んでくるか、内心怯えながら待っていると、やがてシエルがぽつりと呟いた。


「久しぶりに、先輩と一緒に帝都をめぐりたいなって」


「えっ、それだけでいいのか」


「ええ」とシエルは微笑む。「それだけでいいんです」


 確かに、ここしばらくシエルと二人きりでの時間は取れていない。

 かつての上司として、じっくりと彼女の話を聞く機会を作っておいてもいいだろう。


「そうか。またしばらくしたら二人で帝都を回るか」


「はいっ! よろしくお願いします」


 彼女の笑顔の眩しさに目を細める。

 喜んでもらえたようで何よりだ。


「クラヴィス。お前にも迷惑をかけたわけだし、俺にできることなら何でもするぞ」


「今は思い浮かばないな」


「相変わらず欲がないやつだな」


「そういうわけではないんだけどね」


 クラヴィスは苦笑する。


「また、何か考えておくよ」

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