11話 帝国の死神
一時間ほどの準備を経て、俺たちは城内の闘技場へと移った。
多くの視線が注がれている。
様々な思惑が錯綜している。
見世物として楽しんでいる者、退屈そうに目を伏せる者。
誰もが、俺の生存を絶望的だと認識しているのだろう。
聴衆の中には、瞳を震わせて手を握るシエルの姿もあった。
それもそうだと納得する。
正直に言えば、自分自身レーズヴィエ卿に勝てるイメージが浮かんで来ないのだから。
「来い。ハルト・ロペス、帝国の黒狼よ。十二騎士としての貴様の力を示して見せろ」
レーズヴィエ卿が言い放つやいなや、俺は強く地面を蹴って前へと駆け出した。
体制を整える前に、一気に崩すっ!
巨躯に対して双刃を振るい。
ギィィィィィィィィィイイイイイイイン。
金属音とともに、火花が散った。
「なっ!?」
反動で体制をふらつかせながら、俺は目を見開いた。
手を抜いたつもりは一切ない。
それなのに、今の一撃でびくともしていないなんて。
悠然と佇むレーズヴィエ卿の姿に、震撼させられた。
彼は大鎌を振るうことも、防御の姿勢を取ることもなく、ただ目線を合わせただけだったのだ。
「この程度か」
「……っ!? それなら、一気に畳みかけるっ!」
休む間もなく、手足を動かし続ける。
金属のぶつかり合う音が鳴り響き、火の粉が舞った。
「これでも、効かないのかっ!」
焦ってはだめだ。
一切の勝ち筋がなくなってしまう。
気づけば冷や汗が流れていた。
固く手を握りしめる。
唾を飲み込み、強大な相手を睨みつけながらも頭を回す。
怒涛の攻撃を浴びせまくるも、現状どれも有効打となっていない。
レーズヴィエ卿の魔法を一言で表すなら、【絶対強化】。
かの英雄の肉体をもってすれば、すべての攻撃が赤子のそれに等しくなる。
ただ一歩も動かず平然と佇むさまは、帝都を守護する城壁そのもの。
ともに戦う際には誰よりも頼もしかったが、こうして敵に回してみたときの絶望感たるや!
「貴様の実力はこんなものなのか」
レーズヴィエ卿は、退屈そうな声でそう言って。
「次は、私の番だ」
大気が震える。
威圧感に怯みそうになる。
――――まずい。
騎士として戦ってきた本能が、警鐘を鳴らした。
手加減はない。
初撃から、殺しに来ている。
身長とほぼ同じ、深紅の魔素が纏われた大釜が悠々と振るわれる。
俺は咄嗟に跳躍し、その直後に大地を割けた。
「……容赦がないですね」
「加減をしては意味がないからな」
言うやいなや、攻撃が再開される。
全神経を注いで、レーズヴィエ卿の機微を捉えようと努める。
それでも、気休め程度にしかならないが。
空間を裂くような、強力な連撃。
受けきることを考えてはいけない。
衝撃を殺し切れないし、あの鎌に触れれば武器が砕けるだけだ。
レーズヴィエ卿の真に恐ろしいところは、防御力ではなく殲滅力だ。
そのひと振りは最強の一撃。
彼がうち滅ぼしてきた敵は数知れず、その名声は帝国外にも轟いている。
人々からの畏怖と尊敬を集め、皇帝から大権を委ねられている、帝国のあり方を体現した絶対的な存在。
誰も血を流したところを見たことがない。
常勝無敗の歴戦の戦士。
愛国の精神と自ら先陣を切って戦う姿勢に、かの英雄には多くの帝国兵が畏怖と尊敬のまなざしを向けている。
その強さゆえに、レーズヴィエ卿は【帝国の死神】と称されている。
それでも、俺はこの戦いで示さなければならない。
もう一度リオンに会うためにも、なんとしてでも眼前の城壁を崩さなければならない。
理不尽にも思えるほどの圧倒的な実力差を、覆さなければいけない。
「弱い。あまりにも脆弱すぎる。貴様には期待していたのだが、失望したぞ」
底冷えするような声で言い放った。
背筋が凍りつく。
レーズヴィエ卿の落胆する口調に、俺は得体のしれない恐怖を感じた。
四肢が震える。
いつもそうだ。
俺はこの人を前にすると、どういうわけか全身が竦んでしまいそうになる。
肌を刺すような、禍々しい魔素が伝わってくる。
大鎌に血のように赤黒い魔素が密集してくる。
息が詰まりそうな、足が竦むような恐怖が襲ってくる。
――――絶死の一撃。
あれは、あの技だけは、出させてはいけないっ!
おそらく、回避は不可能。
防御も意味をなさないだろう。
ならば、取るべき選択肢は。
瞬間、俺は直線的に走った。
考える時間さえ惜しかった。
これは賭けだ。
それも、相当に分が悪い類の。
レーズヴィエ卿の一撃が振りかざされる直前に、俺は短剣を空高くに投げ放った。
彼の視線が逸れたその瞬間に、俺は魔法を発動した。
「展開!」
「むっ!?」
手のひらから放たれた一筋の光が、俺とレーズヴィエ卿を結んだ。
俺の能力はすでに割れている。
それでもなお避けることをしなかったのは、魔法を使ってもなお叩き潰せる自信があってのことだろう。
赤黒い光を放つ、レーズヴィエ卿の奥義。
その技は、流星のごとく眩しく暴力的で。
俺は自身の魔法で生成した「武器」を構えて震動に備えた。
激しい衝撃。
全身が悲鳴を上げた。
……これは、まずいかもしれない。
だけど、俺がここで死んでしまったら。
――――ハルなら、絶対素敵な英雄になれると思うんだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
咆哮。
自分の持てる力を、すべての魔素を振り絞った。
しかし、それでもなお衝撃を殺し切ることができず、余波が襲った。
「……貴様、私の一撃を耐えただと」
荒い息を吐きながら、武器を支えに踏みとどまる。
玉のような汗が零れ落ちた。
「ええ、この武器のおかげで」
レーズヴィエ卿に対して使用した魔法で生成されたのは、堅牢で重厚な盾だった。
彼は帝国の砦ともいえる人物だ。
帝国への忠誠心についても、十二騎士の中で一番強いことで知られている。
だから、攻めよりも守りに適した武器が造られると思ったのだ。
……そうじゃなければ、こうして生きていられなかった。
加えて、上空に振り上げたあの短剣。
あの剣の真の狙いは、傷を負わせることでも陽動でもなく、攻撃の軌道を逸らさせること。
最初の攻防で、あの程度の技でレーズヴィエ卿に傷を負わせることが不可能だというのはわかっていた。
けれども、多少なりとも手首を動かすことくらいはできる。
「見事だ」
予想外にダメージを負ったのか、あるいは最大の一撃を防ぎ切ったことで気を抜いてしまったからなのか、意識が朦朧としてくる。
滲む視界のなかで、レーズヴィエ卿が歩み寄ってきた。
……クソッ、このままだと。
「……リオン」
最後に浮かんだのは、成長した幼なじみの顔だった。
助けてやることが叶わなかった後悔を胸に抱えたまま、意識が途切れた。
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