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10話 審議会

 時が流れ、審議会が開催された。


 急遽開かれた会であったが、傍聴席には少なくない武官や文官たちが並んでいる。

 円状に展開されたその中心地で、俺は後ろ手に枷をはめられ拘束されていた。

 

 多くの帝国関係者の目が、俺に向けられている。

 帝国の権力者が集まる中、異彩を放つ人物がひとり。


 ダスペーヒ・レーズヴィエ。


 実力者の集う帝国騎士全体の指揮権を有し、武人のなかでは最も影響力を持つ人物。

 帝国最強の十二騎士の序列一位に君臨し、比類なき力量と卓越した武勇を誇り、皇帝からも絶大な信頼を寄せられている。


 この審議会では、レーズヴィエ卿の発言こそが鍵となることは言うまでもない。


「本当にハルト殿が」「審議など必要ない。魔女の仲間は、即刻処刑するべきだ」「しかし、彼は帝国にとって必要な人材で」「きっと魔女に誑かされたのだ」


 潜められていた聴衆の声が、徐々に大きくなっていく。

 擁護してくれる発言もあったが、逆に即刻処刑を求めるような過激な意見も多く、正直にいえばかなりこたえた。

 今までの人生で、これほどまでの悪意を向けられた経験はしてこなかったから。


「静粛に」


 レーズヴィエ卿の重く低い声が響き渡り、しんと静まりかえった。

 声を張り上げたわけでもないのに、たった一言発しただけで全員を従えさせてしまうあたり、レーズヴィエ卿のカリスマ性を改めて思い知らされる。


「ただいまより、ハルト・ロペスの処置に関する審議を始める。司会は私、ダスペーヒ・レーズヴィエが執り行わせていただこう」


 レーズヴィエ卿は、一枚の書類を片手に持つ。


「まずは、改めて経歴の確認から行わせていただこう。【帝国十二騎士】序列第八位、ハルト・ロペス。現在は、クラヴィス・ハワードとともに【魔女狩り】の任についている。ここに関しては、間違いないな」


「はい、間違いありません」


「昨夜、焔の魔女討伐作戦において、敵を仕留められるにもかかわらず攻撃の手を止め、あまつさえその逃走をほう助した。これについては間違いないか」


「……その通りです」


 再び聴衆がざわついた。

 予想通りの反応。

 だが、下手に嘘を吐くわけにもいかなかった。


「発言、よろしいでしょうか?」 


 クラヴィスが手を挙げた。


「許可しよう」


 レーズヴィエ卿が答えると、クラヴィスは「ありがとうございます」と席を立ち。


「彼は確かに魔女を庇いはしましたが、それにより我々が直接被害にあったわけではありません。それに今も、抵抗することなく拘束を受け入れています。彼ほどの実力があれば、その気になれば捕らえるのも一筋縄ではいかなかったでしょう」


 クラヴィスの機転のおかげで、幸いにも去り際に放たれた魔法によって死傷者はひとりも出なかった。


「反抗できるだけの力を持ちながら、従順に捕まっているこの状況こそ、帝国に対して敵意がないことの証左に他なりません。彼の心には、今もなお帝国への忠誠心が刻まれています。これまでの彼の活躍と救ってきた多くの命のことを考慮し、どうか寛容な措置をお願い申し上げます」


「ハワード卿の主張には、個人的な感情が含まれています」


 静寂を破るように、ひとりの文官が声を発した。

 オールバックの頭髪に、金縁のモノクルが印象的な男性だった。

 遠目でも上質な素材だとわかるローブを身に纏い、金のネックレスをぶら下げている。


「スキアーか。続けろ」


 レーズヴィエ卿が名前を告げたことで、俺は彼のことを思い出した。


 オルニス・スキアー。


 彼とはほとんど交流はなかったが、噂によると帝国への忠誠心が深く、気難しい人物であると聞く。

 文官としての手腕は確かなもので、多くの者が一目置いているのだとか。


 オルニスはモノクルの奥で怪しく目を細め、不敵な笑みを浮かべる。


「ハワード卿とロペスは、十年来の友人関係にあると聞き及んでおります。彼の主張に耳を傾けるのは、いささか危険かと思いますがねぇ」


「それは……」


 クラヴィスが言葉を詰まらせた。

 レーズヴィエ卿は二人を一瞥すると、再び俺に向けて尋ねてくる。


「ハルト・ロペス、貴様に問おう。十二騎士の立場にありながら、なぜ焔の魔女に加担した」


「彼女の正体が、ずっと探し求めていた私の幼なじみだったからです」


 三度、審議場に動揺が走った。


「彼女と対面したとき、大きな違和感がありました。焔の魔女としての彼女の性格と、記憶のなかの幼なじみとのそれには大きな乖離があったのです」


 外見は同じでも、性格が一八〇度変わっていた。

 まるで別人のようだった。


「はっ! 根拠としては弱い! あまりにも弱すぎますねぇ。十年も経てば、人格などいくらでも変わるでしょう」


 オルニスが、割って入る。

 確かに、彼の主張には一理ある。


「……そうだとしても、彼女はあんな強大な力をもってはいなかった。そもそも彼女の魔法は、もっと別のものでした。魔女の操る黒い魔法なんて宿していなかったんです」


 魔法は一人につき一種類しか宿らない。

 これには例外がなく、俺やクラヴィスはもちろんのこと、最強と謳われるレーズヴィエ卿でさえも同様だ。

 また付け加えるならば、魔法は成長することこそあれど、変容することは決してない。


「父が行方をくらまし、母が亡くなってから、俺たちは長い時間を家族同然に過ごしてきました。だから彼女が魔女でなかったことは断言できます。彼女には、およそ魔女の特徴として伝えられている数々の要素が当てはまらなかった」


 魔女は魔素を纏っているためか、水や鏡に映らないという性質を持つ。

 ちなみにこれは伝承の類ではなく、帝国が複数の魔女と戦うなかで、実際に確認された共通事項だ。


「仮にそうだとしても、焔の魔女が帝国の脅威であるという事実に変わりないじゃあないですか。あの魔女は、明確な悪意をもってして帝国に災いをもたらしています。興味深い話ではありますが、何の免罪符にもなりやしない!」


 冷淡な顔つきで放たれるオルニスの指摘に、俺は理解した。

 彼は俺と魔女を放っておく気はないらしい。

 オルニスを相手にするよりも、聴衆全体に向けて話す方がまだ希望がある。


「彼女と戦うなかで俺は自分の魔法で、魔女の記憶を覗き見ました。魔女になる前に、不気味な鳥の仮面の男たちに彼女が連れ去られる姿を」


「……なんですって?」


 オルニスが目を見開き、「ほう」とレーズヴィエ卿が声をあげた。


「俺は思うんです。彼女が魔女になったのには、外的な要因があるはずだと。帝国への破壊活動は彼女の意志によるものではないのではないかと」


「それを証明する手立ては?」


 レーズヴィエ卿の問いに、今度はクラヴィスが答えた。


「焔の魔女の正体が判明した今となれば、公的な記録から探るという手もあるでしょう。二人の共通の知人に確認すれば、証明することはできるかと。ハルト、そういった人物に心当たりはあるかい」


「ああ、何人かは浮かぶ」


「だそうです。レーズヴィエ卿、至急調査を行うべきかと」


「手配しよう」


 悪くない流れだ。

 騒然とする中で、俺はここぞとばかりに畳みかける。


「この二年間、帝国の外も回ってきましたが、あんな組織のことなんて知らなかった。やつらの姿を見たのは俺だけです。魔女の秘密を突き止められれば、今後の帝国にとってもきっとプラスになるはずです」


「世迷言を! レーズヴィエ卿、こいつらは罪を逃れるために嘘をついています! 審議する余地もない!」


 首を向ければ、オルニスが鋭い睨みを利かせていた。

 空気がピリピリと張り詰めていく。


「ロペスは魔獣を狩って回る任務の中で、焔の魔女を探すことも兼ねていたというではありませんか! 口では英雄になると嘯きながら、裏で反乱を企てていたりするやもしれません!」


「なっ!? そんなことっ!」


「レーズヴィエ卿、この男は危険です。可及的速やかに極刑に処するべきかと!」


「そうだ有罪だ!」「しかし下手に彼を裁けば、反発を産んでしまうのでは?」「帝国への脅威を排除する絶好の機会を逃したのだ。これから数多くの人間が死ぬやもしれんのだぞ」


 また、風向きが変わってしまった。

 彼らにとっては、魔女はこれほどまでに恐ろしい存在なのだ。


「疑わしきは罰せよ。焔の魔女の出自がどうであれ、やつはもう何人も我々の同胞を殺しています。そんな忌々しい女を匿った時点で、ロペスも同罪だ」


 傍聴席では、シエルが怒りの表情でオルニスを睨んでいた。

 今にでもオルニスのもとに、斬りかかりそうな形相だった。


 クラヴィスもまた反論しようと席を立つその瞬間。


「静粛に。ただいまより審判を下す」


 会場が静まり返る。

 誰もが続く言葉を待った。


「こたびの審議を受けて、私は双方の主張に一理あると受け取った。これまでのハルト・ロペスの働きは帝国にとっても有意義なものだった。だが、いかなる理由があれど、帝国に害をもたらす魔女を庇ったこと自体は看過できることではない」


 身が強張った。


「ゆえに私はこう結論づけた。帝国では力がすべてだ。ロペスが帝国にとって残すべき存在なのか、それとも替えの効く罪人か。戦いをもってして、判断しよう」

はたして、ハルトはどうなるのか。

続きもご期待ください。

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