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9話 牢屋にて

ここから2章が始まります。

物語は魔女を巡って、新たな展開へと進んでいきます。

 帝国の地下牢。


 暗く閑散とした廊下には、ほのかに松明の光が灯されており、オレンジ色の光がやけに温かく感じられた。


 周囲の部屋には他の人間は捕らえられていないようだ。

 貸し切りとはまたずいぶんと好待遇だなと、深いため息をついた。

 先ほどまでいた見張りの兵は、席を外していた。


「なるほど、事情は分かったよ。焔の魔女の正体が、実はずっときみが探し続けていた幼なじみだった。だからあの時庇ってしまったということだね」


 クラヴィスは、顎に手を添えて目を瞑る。

 そうしてしばらく思案して、大きくため息を吐いた。


「信じがたい話ではあるけれども、他でもないきみが言うなら信じよう。きみが彼女を庇ったのも理解できる」


「だけど」とクラヴィスが続けた。


「彼女のことは、もう忘れた方がいい」


「リオンのことを忘れろだって……?」


「ああ、そうだ。いいか、魔女は悪だ。焔の魔女を野放しにしておけば、この先もっと多くの被害者が出るぞ」


「そんなこと」


 ない、とは言い切れなかった。

 すでにリオンは、帝国の魔女狩りを殺してしまっている。


 それに去り際に彼女が放ったあの魔法。

 あれは、間違いなく俺たちを。


 ここで俺が無責任に否定しても、これからリオンがどうするかはわからない。

 だからこそ、これ以上彼女に殺させないためにも、止めに行かなければならないのに。

 そして仮面のやつらの正体を突き止めないといけないのに。


 クラヴィスは俺の内心を察してか、ため息を吐いた。


「今でもギリギリの状態なんだ。これ以上は庇いきれなくなる」


 拷問や極刑を免れて、手荒な扱いを受けずに済んでいるのはクラヴィスの嘆願によるところが大きい。


「きみは悪い夢を見ただけだ」


「悪い夢だって? いくらお前でも、さすがに怒るぞ」


 睨みつけるが、クラヴィスは動じない。

 それどころか、彼は真っ向から視線を合わせて言葉を重ねる。


「ぼくはきみのことを考えて言っているんだ。友人としてね」


 沈黙が続いた。

 クラヴィスが俺のためを思って言ってくれているのは、ヒシヒシと伝わってくる。

 そんな彼の言葉でも、素直に受け入れるのは難しかった。


 だってリオンは、俺の人生の支えとしてあり続けてくれたのだから。

 そんな彼女のことをきれいさっぱりと忘れるなんてことは、絶対にできない。

 クラヴィスも俺が引かないと悟ったのだろう。

 やつは深くため息をついて、通路の壁に寄りかかった。


「いいか、ハルト。愛情は時に人を狂わせる。強すぎる想いを抱えた人間は、簡単に道を踏み外してしまえるんだ」


「何かの引用か?」


「経験則さ」


 クラヴィスは悲しげに笑った。


「……知らなかった。十年来の付き合いなのにな」


「秘密を隠すのはうまい方でね」


 クラヴィスは、肩をすくめておどけてみせる。


「ハルト、きみはきみが思っている以上に恵まれている。帝国には、きみを慕い信頼を寄せている人が大勢いる。彼女だって、その一人だよ」 


 コツンコツンと足音が鳴り、見知った少女がクラヴィスの隣に並んだ。


「シエル……」


 非番だからか、彼女は金色に輝くポニーテールをほどいており、普段よりもラフな服装に身を包んでいた。


「先輩……」


 先日の酒場以来だ。

 いつも明るい表情を浮かべているシエルだったが、鉄格子越しに見える彼女の顔には暗い影が差していた。


「どうして……。どうして、魔女の味方をしたんですか」


 震える声でシエルが問うた。

 俺は少しだけ考えて、けっきょくクラヴィスにした説明と同じ内容を口にした。


「焔の魔女が、俺の幼なじみだったからだ」


「先ほどの話は、失礼ながら聞かせていただきました。私が言いたいのは、本当に先輩が傷つく必要があるのかということです」


 シエルは、いつもよりも強い口調で重ねて問いかけてくる。 

 じっと見つめてくるその目は、少し赤らんでいた。

 

 胸が疼いた。

 鋭利なナイフに刺されたような、そんな感覚。


「……すみません、出過ぎたことを言いました。もう起こしてしまったことは、どうしようもありません。これからの対策を考えましょう」


「すまない、シエル」


「気にしないでください。先輩にはたくさんお世話になっていますから。――――だから、先輩のことは、私が絶対に守ります」


「もちろんぼくも協力を惜しまないよ。きみのことは全力で守る。なにせハルトは、ぼくが認めたライバルなんだから」


「お前ら……」


 クラヴィスの言う通り、俺はいい友人たちに恵まれたみたいだ。


 遠くで扉が明けられる音がした。

 続けて、カッカッカッと石の床を駆ける足音が聞こえてくる。

 クラヴィスとシエルが顔を向ける。


「クラヴィス隊長……!」


 焦った様子で現れたのは、騎士服に身を包む青年だった。

 彼の顔には見覚えがある。

 クラヴィスの隊の騎士で、昨夜の焔の魔女討伐作戦にも同行していた『魔女狩り』のメンバーだ。


 彼は一瞬、俺の方へと視線を向けるが、すぐにクラヴィスへと向き直って耳打ちする。


「……っ! わかった」


 騎士の伝言に、クラヴィスは目を見張った。

 いったい、何を伝えられたんだ。

 騎士が席を外すと、クラヴィスは神妙な面持ちで口を開いた。


「ハルト。きみの処遇に関して、審議会が開かれることとなった」


「審議会だって?」


「ああ。時間は今日の夕方。急な話だが、今から三時間後。……十二騎士の第一位、あのレーズヴィエ卿が取り仕切るらしい」

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