12・救出作戦2
「はっ、フリージオ、だっけか? あんたも哀れだな。命がけで助けに来ても、結局ジーナちゃんの心は手に入らないんだから」
黙り込んでしまったジーナを見て、少年はケタケタと笑い出す。だが、フリージオは悔しがるどころか、薄く微笑みを浮かべていた。
「いや、むしろ安心した。そこまでフレイル伯爵令息が愛しているのなら、フレイル伯爵令嬢は万が一にも傷付けられる心配はないと言う事だから」
フリージオは両手で斧を握ると、剣のように構える。背筋の真っ直ぐな、迷いのない真っ直ぐな目。長い腕は、震えもなく伸びている。姿は庭師だが、その立ち振る舞いは、平民にはない気高さがあった。
「反乱軍、といったな。つまり賊とは違い、戦いに大義と矜持は持っているのだろう? まさか欲にかまけて、フレイル伯爵令嬢を害したりはしないな」
黒いローブの男は、声は出さないが頷く。フリージオは、小さく安堵の息を漏らした。
「ならば、一つ頼みがある。フレイル伯爵令嬢を、騒ぎの聞こえない奥まで連れて行ってはくれないか? 人が死ぬ瞬間など目撃してしまえば、一生傷として残ってしまう。彼女の精神に負担をかけるのは、私にとってもお前達にとっても、本意ではないはずだ」
「……承知した」
黒いローブの男は、ジーナを引きずり奥の部屋へ連れて行く。ジーナは抵抗し足を踏ん張るが、か弱い令嬢の身でなすすべはなかった。
「待って……駄目、駄目です、フリージオ様! すぐに逃げて!」
「フレイル伯爵令嬢。どうか、気に病まないでください。反乱軍と戦う事は、このマクガフィン王国の貴族としての義務。あなたが背負う業ではありません」
「そんなっ、いけません! 逃げてください!」
「どうか……どうか、己が生き残る事を優先させてください。それが、あなたを愛する者全ての願いです」
「フリージオ様っ!」
ジーナの叫び声は、扉の閉める音で遮断される。そしてジーナの姿が見えなくなると同時に、フリージオの背後から、ぞろぞろと黒いローブの男達が現れた。
戦い慣れしていない平民と違い、人の命を奪う事にためらいのない気配。数秒も持たないかもしれないと、フリージオは悟る。だが、少しでも時間を稼げれば、何かが好転するかもしれない。可能性がある限り、フリージオは逃げようと思えなかった。
「お貴族様が、カッコつけやがって……」
少年が、悪態をつく。だがフリージオは、ちっとも恐ろしくはなかった。自分の誇りを胸に、立っているのだから。
「離してっ、フリージオ様を殺さないで!」
一方ジーナは、長い廊下で男に引きずられていた。いくら訴えても、男は歩みを止めない。どんどんとフリージオのいた応接間から、離されていた。
「っ、今すぐ止めないと、私、舌を噛んで死にます! お願い、今すぐフリージオ様を助けて!」
「……」
男はようやく足を止めるが、それはジーナの期待した行動ではなかった。男はローブの内側から白い布を取り出すと、ジーナの口にそれを噛ませる。舌を噛まないよう処置しただけで、またすぐに男は歩き出した。
(フリージオ様……お願い、誰か、誰か助けて……!)
なんの力も持たない自身が情けなくて、ジーナの瞳から涙が溢れる。そしてそれが、床にポツリと落ちた瞬間だった。
涙が光の粒となり、ふわりと浮いた。それはジーナの目の前に飛んでくると、強い光を放つ。噛まされた布が、勝手に緩んで落ちた。眩しくて目を閉じるのと同時に、窓が割れる音が響いた。
「ロロ・ブリジーダ」
光の中から現れ、ジーナの後ろにいる男を蹴り飛ばす足。光の粒が舞う中、銀色の髪が揺れる。男はなぜか、蹴られた後動こうとしなかった。追い打ちを掛けるように脇腹を踏みつければ、うめき声を上げて倒れ込んだ。
「フィリックス……!」
「ジーナ、怪我はないか?」
フィリックスはジーナの両肩を掴むと、怪我がないか確認する。そして流した涙の筋をそっと手で拭くと、ジーナを引き寄せ強く抱き締めた。
「良かった……本当に、良かった……!」
ジーナを抱き締める腕は震えていて、だけど温かい。フィリックスが、心から心配してくれている。ジーナはその事実に、嬉し涙を零しそうになった。
「あ……待って、フィリックス。フリージオ様が、危ないの。このままじゃ、殺されちゃう! お願い、フリージオ様を助けて……!」
「フリージオ? 分かった、そいつがどこにいるか分かるか?」
危機は、まだ過ぎ去った訳ではない。身を委ねている暇などなかった。ジーナは片方しか履いてない靴を脱ぎ捨てると、廊下の先を指差す。
「こっちよ、ついてきて!」
抵抗するジーナを引きずりながらの移動だったためか、応接間からさほど距離は離れていなかった。走ればすぐに辿り着いた扉。そこを開いて目に飛び込んで来たのは、絶望だった。
血溜まりの中、うつ伏せに沈むフリージオ。その背中には、6本の剣が突き刺さっていた。
「い、いやあぁぁーっ!」
ジーナは、糸目の少年の後ろに黒いローブの男達が立っているのも気にせず、フリージオの元へ駆け寄る。血に塗れた手を握れば、それはまだ温かさを残していた。しかし、ジーナの無事を喜び、握り返す事もなかった。
「フリージオ様、フリージオ様っ、しっかりして! 目を、開けて!!」
縋るジーナに、糸目の少年が嘲笑を浴びせる。
「どう見ても死んでるだろ。無駄だっての」
「どうして……どうして、こんな事が出来るの! フリージオ様が、あなた達に何をしたっていうの!!」
「何を? 何もしなかったお貴族様だから、罪深いんだろ。シュタイナーのクソ野郎をのさばらせて、国の重鎮に据えるような貴族共なんか、皆死ねばいい」
黒いローブの男達が、一歩前に出てジーナを見下ろす。糸目の少年は、男達に冷たく告げた。
「見れば分かると思うけど、その銀髪の男があんたらの大将、フィリックス様だ。煮るなり焼くなり好きにしな」
信頼していた友の姿に、フィリックスは唇を噛み締める。だが、感傷に浸る暇はない。黒いローブの男達が、ジーナへと手を伸ばそうとしていたのだから。
「ロロ・ブリジーダ」
フィリックスが呟けば、ぶわりと部屋に光の粒が舞う。するとジーナへ向かっていた男達の手が、ピタリと止まった。
「ジーナ、目を閉じてろ」
フィリックスはジーナが従うのを確認すると、右手を高く掲げる。赤い目は怒りに染まり、黒いローブの男達を射抜いた。
「お前達に、生きる資格はない。俺は、お前達のした事を、絶対に許しはしない。シュタイナーが何だ、父さんとジーナを脅かす奴は、どんな正義を持っていようが俺には悪だ。全員……朽ち果てろ」
黒いローブの男達に、光の粒が纏わりつく。そしてそれは、触れると黒く変色し、フィリックスの手のひらに集まっていく。
「時よ進め、ロロ・ブリジーダっ!!」
呪文と共に光は激流の渦となり、男達を飲み込む。身を守ろうと腕で顔を隠すが、その腕が、逞しかった手が、しわがれて細くなっていく。
「う、うわあぁぁっ!」
慄いた男の声は、みるみるうちに枯れていく。ローブとフードの隙間から見える肌が、年寄りのようにしわくちゃに変化していた。
やがて、肉が崩れた。どろどろと溶けていき、骨が剥き出しになった。男達の断末魔は、頭蓋骨が床に落ちて散らばる音と共に消えていった。そして残った骨も、砂となり渦の中へ消えていった。
残ったのは、黒いローブだけだった。糸目の少年は、言葉を失っていた。確かにフィリックス自身から魔法が使える事は聞いていたが、おとぎ話だと思い、信じていなかったのだ。
「ジーナ、もう大丈夫だ」
フィリックスの声は、命を屠った後とは思えないくらい優しかった。目を開いたジーナが辺りを見回せば、フィリックスは頷く。
「な? あいつら全員、俺の目の届かないところに飛ばしてやったから」
「フィリックス……」
ジーナはフリージオに視線を戻すと、涙を流しうなだれる。
「ありがとう……でも、私のせいで、フリージオ様は……」
「ジーナのせいじゃない。ジーナが自分を責めるのは、こいつにとっても本意じゃないはずだ」
「でも、でも……フリージオ様っ……!」
ジーナがひときわ強く手を握ったその時、フィリックスは気が付いた。ピクリと、握られた手の人差し指が動いたのを。ジーナが握っているせいかもしれない、が、フィリックスには希望が見えた。
「……ジーナ。また、初めからやり直しになったらすまない。けれど、もしかしたら……試す価値はあるかもしれない」
「え?」
フィリックスはジーナの隣にしゃがみ込み、ジーナと共にフリージオの手を握る。そして深く息を吸うと、祈るように唱えた。
「時よ戻れっ、ロロ・ブリジーダ!」
すると、光の粒が雪のようにフリージオへ積もり出す。それが体に吸収されたと思えば、背中に刺さった剣が生き物のように飛び上がり、フリージオから抜けて黒いローブの残骸の元に落ちていった。血溜まりが渦を巻きフリージオの傷から体内に注がれると、動かなくなったはずの手が、二人を握り返した。
「ううっ……」
「……! フリージオ様っ!!」
フリージオは上半身を起こすと、ジーナとフィリックス、二人をぼんやり見つめる。フリージオの体の傷どころか、破けた服までもが綺麗に元に戻っていて、争いの跡などどこにも見当たらなかった。
「ここは……天国、ではないのでしょうか……」
「天国ではありません、現実です! よかった……本当に、よかった……!」
「命拾いしたな。死んでたら、俺も治せなかった」
「フレイル伯爵令息が、私を救ってくださったのですか……?」
「あんたが敵を引き付けてたから、簡単にジーナを救えた。ありがとな」
事態が把握出来ず、フリージオは何度も目を瞬かせる。そして垂れ目をさらに下げて、困ったように微笑んだ。
「よく事情は分かりませんが、こちらこそ感謝します。私の蛮勇が、何か役に立ったのなら光栄です」
もう万全なフリージオに、フィリックスは頷く。そして、座るフリージオとジーナの盾になるよう前に出ると、糸目の少年に目を向けた。
「さて……なんで、こんな事を企んだんだ。なんのために、ジーナを巻き込んだ」
「……魔法、か。本当に使えたんだな、お前。そんな力があるなら……オレの、シュタイナーに殺された親を助けてくれよ」
糸目の少年の目に、うっすらと涙が浮かぶ。フィリックスにとって、騙されたとはいえ親友と思っていた男の叫びだ。遮る気持ちは、生まれなかった。
「前に言ったろ? 人は、割り切れる生き物だって……。あれな、嘘だ。忘れようとしたって、忘れられねぇんだ。シルフィード侯爵が一回来店したってだけで処刑された、オレの両親を」
「まさか、それって……」
「そうだよ、シュタイナーのクズ野郎があんたを手中に収めるため、罪もねぇ平民を殺した事件の被害者だ。なぁ、お前時を戻せるんだろ? なら、その日に戻して皆を救ってくれよ!」
「それは……無理だ。魔法には、いくつか制約がある。戻せる時は、俺が力に目覚めたその日までだし、やった事はないけど、進められるのは俺が死ぬ日まで。死んだ人間を蘇らせる事も出来ない」
出来るなら、とっくにやってたよ、と呟くフィリックスに、糸目の少年は歯を食いしばる。握られた拳からは、血が滲み出ていた。
「なら……止めらんねぇよ。オレは、シュタイナーを必ず殺す。オレの親がされたように、ギロチンで首を落としてやる。反乱軍でも、なんでも使ってな。なぁ、兄弟? 魔法って、使いすぎると倒れちまうんだろ? さっきの魔法で、お前はどれだけ消耗したんだろうな」
すると、応接間の入り口から、また黒いローブの男達がぞろぞろと現れる。何人いるかは把握出来ないが、フィリックスの魔力は大分失われている。全員を倒す事は、とても不可能だった。
「俺が奴らの時を止めて、時間を稼ぐ。フリージオ、ジーナを抱き上げて逃げる自信はあるか?」
「大丈夫です、体力には自信があります!」
フリージオは問いに答えると、ジーナの体を横抱きにする。軽々と持ち上げた事にジーナが驚いていると、フリージオは申し訳なさそうに笑った。
「申し訳ありません、脱出するまで、辛抱してくださいね」
「は、はい」
にじり寄る黒いローブの男達に、フィリックスは手をかざす。そして、呪文を唱えようとした、その時だった。
「全員動くな! 手を上げろ!」
なだれ込んで来たのは、マクガフィン王国の軍服に身を包んだ兵士達。そして、謹慎しているはずのシュタイナーだった。




