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毘円賞選評に代えて  作者: 毘円泣
7/7

毘円賞選評に代えて:6

 最後に、おまけ程度ではあるが、一つの作品について語りたいと思う。これは31音からなる短い詩の連続、いわゆる短歌連作なのであるが、その出自が実に特殊なのである。好印象だったものをいくつか取り上げて、適当に語ってみよう。急にくだけた文体になるのは許してほしい。すごいから。短歌って。


‘‘固いプリン急に食べたくなる感じそのくらいの目でわたしを見てて’’

 

 タピオカとかバナナジュースとか、急に流行る食べ物ってある。最近はショートケーキ缶とか、人気な気がする。固いプリンは、昭和レトロの再興なのかどこかのテレビや雑誌が取り上げたのか知らないけど、ちょっとだけ流行った。みんな一回くらいは食べたことのある、スプーンを入れても崩れない、カスタードの強いプリン。当然美味しいのだけれど、あれを食べる時は、スプーンでどんどん食べ進めていく行為自体に特別な楽しさがあると思う。固いプリン食べたい気持ちって、自分の中でケーキとかパフェを追い抜く瞬間があって、それはいつも突然だ。その気持ちの時にちょうど固いプリンを食べられたことがないのだけれど、食べたら満足するのだろうか。自身を甘い食べ物に見立てるならば、下句‘‘そのくらいの目でわたしを見てて’’は、自信を恋愛対象にとる人間に向けられているのだろう。流行ってるとか、定番だからとかじゃない、もうちょっと何か、突然自分の本能を思い出すみたいな理由で、求めてほしい。そんな気持ちが伝わってくる。


‘‘おばさんがおばさんのまま夢に出る根菜のようなふくらはぎ’’

 

 〈夢に出る〉系の短歌はよくあるのだけれど、これはすごく太くてまっすぐな歌で面白い。〈おばさん〉が2回も出てくるし(笑)。若いころに見る〈おばさん〉の肉体って、想像以上に〈おばさん〉だ。大体、太いし。毛がないし、大根とかの根菜に見えなくもない。〈おばさん〉って、親戚とか友達の親ばっかりで、性的対象として見ない場合が多いから、動いてる姿を見ると逆にその肉体感が強く意識されてしまう。この歌、字足らずだし‘‘ふくらはぎ’’で結んでるから、太くて短くて野暮ったいふくらはぎがどうしても強く思い浮かぶ。おばさん肉体の呪いだ。


‘‘文字たちの浮かぶ海からすこしずつ集めて作るポイズンスープ’’


 真っ先に子供の頃給食で食べたABCスープを思い出したのだけど、あれ、今でも食べられているのだろうか。小学生だったから、せいぜいCOCOAとかSKYとかしか作れなくて、あとはAHOとかを作って遊んでいた。この歌は、あのスープに浮かんだ文字で悪口を作ることを言っているのだろうか。私はこの歌は、言葉の機能そのものを取り上げたものだと感じる。私たちは、この世界にある、まさに海に浮かんでいるようなほとんど無限に等しい種類の文字や言葉の中から好きなものを選び、自分の言葉にできる。発せられた言葉はまた海に戻り、誰かがすくい上げて自分のものにするだろう。誰かが毒のような言葉を発するたび、世界はポイズンスープになっていく。


‘‘大丈夫自然にとける糸だから わたしを知ればきっと逃げ出す’’


 上句は、〈わたし〉に縫合糸の説明をする医者のセリフだろうか。あの糸、溶けた後はどうなるのだろう。ただ消えるって訳ではないだろうし、体内に吸収されているのだろうか。いずれ人間と同一になってしまう糸に自我はないのだから、「この人はちょっと合わないから」とか言ってするすると抜け出していく訳にはいかない。〈わたし〉が自身のことをどんな人間だと思っているか、この歌では説明していないのだけれど、何か後ろめたいことがあったり、世間的に認められていない嗜好があったりするのだろうということは伝わってくる。家族や親友、恋人同士だって、糸と人間だって、完全に同一になることなんて不可能だ。


‘‘メモ帳に太めの文字で追加したバタークリームケーキなるもの’’


 また甘いものの歌だ。今度はバタークリームケーキ。なんだその名前は。おまえ、一体何キロカロリーあるんだ。言ってみろ。そんな態度を取りたくなるような名前のケーキ、太めの文字で追加するってことは相当食べたいのかな。私も昔、たまに食べたくなって買っていた。世の中に隠されていた自分が知らない良いものを見つけた時って、いつも悔しい気持ちになる。メモ帳に追加した力強い文字には、そんな悔しさみたいなものが込められている気がする。ただ出会わなかったというだけで、自分の努力不足とかじゃないような気もするのだけど、どうしてもやるせない気持ちがあって。「もっと早く教えてよ!」って叫ぶその目は、いつも〈世の中〉を向いている。


‘‘幸せの許容範囲を超えてます ハハークイームケーキまうごと’’


 食べてるじゃないか。メモした後にすぐ買って帰ったのか。それで、めちゃくちゃ幸せだったらしい。食べながら詠んでるし。さっきの歌がないと何をしているのかよくわからないが、なんかすごく楽しそうだし素敵な歌だと思う。


‘‘「ゆられる」とそれ以外ではうまく言えないかもねハンモック、欲しい’’


 ハンモックって、〈乗る〉?〈寝る〉?たしかに、〈ゆられる〉が一番しっくりくる。揺れてなくてもいいのだけど。ハンモックに対する憧れって、どこから発生しているのだろう。ハンモック欲しいって、みんな言ってる気がする。私も、庭の木陰でハンモックに揺られて読書したいし、なんなら「家のベッドをハンモックにしようと思う」とか言いたい。みんな、スーパー銭湯とかアスレチックのあるレジャー施設とかで体験して、その一度で虜になっているのだと思う。小学生の頃〈花男〉を観て嵐にハマるみたいな、そういう感じがする。モテモテ。


‘‘現実は薄くのばした砂嵐 たまには中トロとかも来い’’


 現実に突然現れて私にぶつかってくるもの、全部ざらざらしていて、私のたましいみたいなものは柔らかくて傷つきやすいから、ずっと辛い。生まれた時からずっと現実に曝されなきゃいけないのって、どうしようもなく理不尽だ。そんなこと、了承した覚えはない。だからといって、中トロが突然飛んできても、手放しで喜べないような気がするけど。この中トロは、砂嵐の被害を受けていないのだろうか。砂まみれの中トロ、ちょっと食べたくないな。突拍子もない系短歌。


‘‘美しいドロップキックが施され ぶっ倒れたまま終わっていたい’’


 ドロップキックが〈施され〉たことって、今まであっただろうか。作者にとって、それはご褒美的なものだったり、何かの儀式的な意味があるのかもしれない。施している人は誰なのだろうか。すごく気になる。ドロップキックされてぶっ倒れている時って、かなり清々しいかもしれない。全体重をかけたキックで、全体重が倒れたら、全身全霊で〈やられ〉みたいなものを感じることができるだろう。その感じでずっと動かないでいたいという気持ちは、なんとなくわかる気がする。そのまま動きたくないし、動かないでいることを何も言わずに認めて、放置していてほしい。


‘‘以下、ポエム 脳天に浮かぶおやすみ座 ドロップキックに轢かれて死にたい’’


 まさかの、ドロップキック二連星。こんどは上句も下句もどっちもヤバい。詩って、‘‘以下、ポエム’’で始まっていいんだ。おやすみ座って、脳天にあるんだ。ドロップキックって人を轢けるんだ。短歌って、無限だ。


‘‘心の同じ部分が柔らかくて似たかたちに削れてきたよね’’


 気が合う人って、同じものが好きだとか、長く付き合ってるとか、そういうのじゃなくて、何が苦手か、が合う人なのだと思う。何を苦手とするかって、結構育ってきた環境によって違うと思う。清潔じゃないのを許せないとか、小さなトラブルをなあなあにしたままではいられないとか、そういう所が合わないと、どんなに好みが合っていたって、一緒にはいられない。心の〈柔らかい部分〉みたいな所って人に見られたくないのだけど、自分と同じ隠し方をしてる人は、物事に対する反応を見ているとなんとなく見わけがつく。それで、「あの人、自分と似てるかも」って思って話しかけると、全然好みが合わなくてがっかりしたりするのだけど。実はそういう人とは相性がいいのかもしれない。


‘‘高粘度樹脂かよ7月の空気 身体の型をとるように夏’’


 東京の夏の空気って、信じられなくらい樹脂だ。とにかく暑くて湿度が高くて、風が吹いてないし、空気そのものの質量みたいなものを感じる。その中を進んでいくのは、まるでゼリーみたいな固体の中に体を埋め込んでいくようで、最強に気持ちが悪い。最悪樹脂漬け灼熱都市、東京。せめて木々がそよいでいたら風情があるかもしれないけど、樹脂漬けにされた植物はジオラマのように微動だにせず、ただ陽と湿度に耐えている。街全体が真夏のプールみたいになってるよ。私はそういう日に外出せざるを得なくなったら、道沿いの全てのコンビニに入り、涼んでいる。


‘‘学校をひっくり返して振りまくり一番しがみついてたね君が’’


 想像力系短歌が来た。学校をひっくり返して振りまくったら、最初はみんな必死にしがみつくだろう。そのうち、別に落ちちゃってもいいやという生徒たちが現れ、やる気をなくして落ちていくのだろう。落ちたら、どこへ行くのだろうか。しがみついている人はみんな、振り落とされたら死ぬ、と思ってる。今だからわかるけど、意外と死なないんじゃないかな。ずっとしがみついているのも、別にそれはそれで一つの生き方だと思う。いいんじゃないかな。君がしがみついていたいのなら。


‘‘陽の当たる君の背中の逆光を追うわたしの背中の逆光’’


 誰かの後を追うことって、前に進むことでもあると思う。〈君〉の姿はまぶしくてよく見えないんだけど、近づこうと努力すれば、きっとあなたにも陽が当たっているし、別の誰かがその姿に憧れるかもしれない。高校の時密かに憧れていた同級生、彼もまた誰かの背中を追っていたのかな。


‘‘伸ばし棒ひとつでかわいいマスコット 小さなゴミ― やさしいコクー’’


 ゴミ―。なんとも間抜けな響きだ。ちょっと汚いけど、まんまるの目と手足がついていて、ほこりみたいに舞っているのかな。コクー、君はどこから来たのかな?シチューのパッケージとか?ゴミーと比べて5倍くらい間抜けだね。なんか、こういうバイタリティーで生きていたいな、厳しい上司の発言とか、勝手に伸ばし棒つけて、めちゃくちゃにしたい。ネットに書き込まれた悪口とか、いったん預かって、全部のトゲをふわふわのボンボンにして、投げ返したい。


‘‘本当にぞんざいなままCityねえ聞いて口呼吸したら味した’’


 意味がつながってるようで、微妙にズレている。何かのぞんざいさと同時に感じた〈City〉は、どんな街だろか。なんとなく、下句の謎の勢いから見るに、若い目線から見た夜の都会とかかな。お酒飲んで夜通し遊ぶ時って、人間の適当さがすごく現れる気がする。急にどっか行っちゃう人とかいるし。下句、口呼吸して感じる味って、においとは別なのかな。味ってにおいらしいけど。よくわかんないけどすごくいい歌だ。よくわからない勢いから、詩は生まれる。


‘‘息子は反省のハンを表明した そんな遺憾の意みたいに……’’


 わかる。イカンのイって、最初は何のことか全然わからない。わからないし、表明してるし、自分も表明したい気持ちになるのは自然だろう。〈反省〉でも、〈意〉を表明すべきなんだけど、子供はそのルールがわからない。最初の一音を取ってくるのがルールだと思うようね。罠です。だんだんわかってきたんだけど、一音の何かを表明する時って、基本的に〈意〉だ。もっと〈ピ〉とか、表明したい。


‘‘なめらかな国をつくってすべすべの石の上を滑って出勤’’


 ほんわかしたやつが来た。たしかに出勤って、ましかくな部屋の扉を開けて、むさ苦しい男たちと一緒に金属製の箱に乗って、基本的に直線しかない仕事場へと向かう道のりだ。全部なめらかだったら、みんなストレスなく優雅に出勤できるだろう。スーツ着たサラリーマンがスイーっと滑りながら出勤していく姿、クールジャパンだ。ていうか、そんななめらか社会でも出勤とかしなきゃいけないのか。その矛盾をシュールさが、この歌の魅力なのかも。


‘‘国のまんなかに餅つき機を置いてみんなで眺める祭りしようよ’’


 ほんわか系第二弾。餅つき機、見たことあるだろうか。あの炊飯器みたいな形をして、もち米を中に入れるとブルブルと振動するやつ。「こんなんで餅、できるの?」って、絶対思うよね。できます。あれ、面白がって見てた人たちが飽きていなくなった隙に、私が全力で餅をついています。嘘です。祭りって大体うるさくて私は苦手なのだけど、餅つき機のあの動きで不快になる人はいないだろう。なんかエッチだwとは思うかもだけど。祭りって、そのくらいの空気間でいい。みんな集まって輪になっても、踊らなくていい。モチ、眺めていよう。


‘‘本質の槍でわたしの脇腹を突いてみなさい ち が出でるから’’


 一体何が出でるのだろうか。槍で脇腹を突くというと、磔刑にされたイエスを連想するし、「〜なさい」という口調もそれっぽい。こんなこと言われると、逆に突きたくなくなるな。ふつうは〈血〉が出るのだけど、他のものが出でてきたら怖いし。〈知〉が出でたら、その人の本質は知識や学識なのだろうか。〈遅〉が出でたら、なんかスピード系の強キャラで、「そんな攻撃は遅すぎる」みたいな感じなのだろうか。もう突かれているのだけど。〈治〉も、強キャラっぽいな。その傷はもう治りましたけど?みたいな。〈値〉が出でたら、怖い。何の値?〈痴〉が出でたのなら、その人はきっと大ばかものだ。〈恥〉が出でたのなら、恥ずかしい人生を送ってきたのだろうか。〈地〉が出でるのが、一番怖い気がする。その人の本質が〈地〉って、どういうこと?じめんタイプ?


‘‘天国に配属になるため私一番無能な便器になるわ’’


〈天国〉と〈便器〉をファンタジーでつないだ面白い歌だ。便器界隈では、一番無能なひとが天国に配属になるらしい。どういうことだろうか。無能って、一番使えない便器ってことだろうから、使われなくてもいい場所に配属される、ということなら納得できる気がする。天国の住民って、排泄しないだろうから。無能を自覚して何もしてない感じって、美しいのかもしれない。逆にめちゃくちゃ有能な便器はどこに配属されるのだろう。やっぱり駅とかかな。目黒雅叙園というところには、一億円をかけて作られたトイレがあるらしいのだけど、そこで働く便器たちは、どんな教育を受けてきたのだろうか。過酷な試験とか競争を耐え抜いたり。逆に、のびのびと成長できる環境で自己形成できたのかな。


‘‘授業中の手紙の方が正直でそのままの言葉が君だった’’


 教室の空気がよみがえる。授業中にこっそり渡す手紙って、謎に切羽詰まっている。数回しかやりとりできない制限の中、二人のコミュニケーションは「これ終わったら購買行ける?」「行けると思う わかんない 行きたい」みたいな、わかりやすくてストレートな言葉に乗せられることが多い。言いたいこととか、気持ちとか、いっぱいあるのだけど、どうにか一つの提案に思いを込める、みたいなこともあれば、手紙を渡して3秒ぐらいで返事が来る時もある。いつもの話し言葉とは違うし、メッセージアプリの文体とも微妙に違う、あの感じ。声を出せばすぐ届く距離にいるのに。書かれた文字を読む時、その人の声で再生されるかというと、それもちょっと違う。なんか、もっとその人の中身というか、友達そのものみたいな何かが、言葉を発している。


 そろそろ、異様に馴れ馴れしいコメントから気付いた読者もいるかもしれない。この短歌連作、ビエーン泣『以下、ポエム』は、〈楽園〉文化部の保有するAIによって、私の記憶から生成されたものである。

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