6:運命の番
「話がすれ違っているな。説明するからそこに座れ」
凪は寝台を指さし居丈高に命令する。
「あ、その……」
恐怖で動けない花を見て何を思ったのか、凪は「こっちだ」と花の手を引き強引にベッドへ座らせる。
そうして、自分は近くの椅子を花の正面に持ってきて腰掛けた。
「お前はΩだ。それはわかるな?」
問われて、花はこくんと一つ頷く。
中学で行われた、第二の性の診断でΩだと判定された。苦い思い出だ。
「Ωには月に一度、ヒートと呼ばれる発情期が訪れる」
「……聞いたことは、あります」
でもそれだけで、発情期がどういったものか詳しく知らない。花の反応を眺めた凪は「そこからか……」と言ってため息をついた。
「その様子を見ると、初めての発情だったようだな。お前は駅前でヒートを起こした。ヒート中のΩは自身のフェロモンを周囲にばらまく」
花は衝撃を受けて目を見開いた。知識として聞き及んではいたが……。
(そ、そんな……あれが、発情だったなんて)
しかも、話を聞く限り、これからは月に一度、あんな状態になってしまうらしい。
これからの苦労を思い、花はきゅっと唇を引き結んだ。
「ばらまかれたフェロモンに反応した者は、Ωの発情に巻き込まれて自身も強制的に発情させられてしまう。お前が駅前で追いかけ回されていたのは、そのためだ」
謎は解けたが、だからと言って問題が解決したわけではない。月に一度、あんな目に遭うなんて考えたくもなかった。
「Ωのフェロモンに一番強く惑わされるのはαだが、βも我を忘れて暴走する。お前は女だから、恋愛対象が『女』である男女が反応していた」
「わ、私は……どうすれば」
「だから、発情抑制剤という薬が存在する。αやβからしたら、毎回Ωのヒートに巻き込まれるなんてたまったものじゃないからな。通常、Ωは毎月発情抑制剤を飲んでいる。お前、親から教わらなかったのか?」
「…………」
花は黙り込んだ。
両親とは、そんな話をできる関係ではなかった。
「普通は中学や高校でも授業があるはずだが」
「……高校は、行っていません。中学でも……βの話ばかりで……」
中学での授業では、αやΩの話は特殊例としてさらっと流され、βの説明に終始していた。だから花は、「Ωは発情してフェロモンを出す」という、ふんわりした知識しか知らなかったのだ。
「なるほど、一般人の教育環境下だとそうなるのか。ともかく、あんな目に遭いたくないなら、毎月抑制剤を飲んでおくことだ」
「は、はい。薬は薬局に売っていますか?」
「薬剤師のいる薬局なら置いてある。Ω以外の性別でも、他人の発情に巻き込まれないために薬を買えるはずだ。知らないのか」
「すみません、すみません……!」
花はさらに小さくなって凪に謝り倒した。自分が無知だというのは十分自覚している。
「だが、これからはわざわざ買いに行く必要もない。こちらで取り寄せる」
「あの……それは、どういう?」
意味がわからず質問すると、凪はまっすぐ花を見つめて口を開いた。
「お前はここで暮らすのだから、部下に買わせれば済むという意味だ」
話について行けず、花は絶句する。
「な、なんで? 私がここに住む……?」
「お前は私の番だ。うなじを噛んだαと噛まれたΩは番になる」
「番とは、なんですか?」
「夫婦のようなものだ」
花の目の前が真っ白に染まっていく。理解が追いつかない。
ただ、凪があんな行動に出たのには理由があったのだと把握できた。
「お前はおそらく、私の『運命の番』だ。運命の番同士は通常の番よりも、とりわけ強く惹かれ合うらしい。外出の際、私はΩのフェロモンに当てられないよう、常に抑制剤を飲んでいるが、それが効かなかった」
凪はまだ説明を続けているが、もはや花の頭には何も入ってこない。
自分が発情して、薬が必要で、凪と夫婦のような関係になったと言われても、現実味がなさ過ぎる。
だが、今後の予定は決まった。
薬を手に入れ、明日も職場に出勤しなければ。
そのためには。早くここを出て帰らなければならない。