54:龍王様の花嫁になりました
翌朝、遅くに目覚めた花は、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
窓から降り注ぐ明るい日差しに照らされているのは、まごうことなき凪の部屋だ。
(……そうだわ!)
昨日の出来事を思い出し、花は頭から湯気が吹き出しそうな程の羞恥心に襲われる。
結局あれからずっと凪の部屋に籠もりっぱなしだったのだ。
しかも、凪曰く、αとΩとの間ではそれが普通らしい。
彼の言葉は本当のようで、半日以上出てこなくても、誰も部屋を訪れない。
気を遣われていたようだ。
(それにしても、昨日はすごかったわ。私がヒートでない状態で、あんな……)
初めての体験に、花は翻弄されぱなしだった。まだ顔が熱い。
「ん……?」
視線を感じて隣を見ると、眠っていたはずの凪がじっと花を見つめている。
優しげな眼差しだ。
「凪さん、お、おはようございます」
「ああ、おはよう。花、体は大丈夫か?」
「はい」
整いすぎた美貌の凪は、疲れ一つ見せず、真剣に花を気遣ってくれる。
そんな彼を見て、花は自分が深く満たされていくのを感じた。
柔らかな唇が花の頬に触れ、静かに髪を撫でられる。
花は幸せだった。
「お前は私の唯一の番だ。愛している」
「私も。凪さんを愛しています」
きっかけは、互いの第二の性がαとΩだったことだ。
けれど、今はそれとは関係なく、花は凪を好いている。
じっと凪を見ていると、彼は照れた様子で「煽るな」と囁く。
「そういえば、花は昨日、部屋にあった軽食を軽く食べただけだったな。先に朝食をとろう」
「先……?」
いろいろなことが一度に起こりすぎて処理が追いつかず、ぼんやりした頭のまま、花は凪に促されて浴室へ向かう。
そうして、うっかり凪と一緒に入浴してしまった。
凪は大変嬉しそうだったが……
その後、着替えて髪を乾かしている間に、凪は部下からことの顛末について報告を受けており、身支度を調え終え、朝食の席に着いた私に詳細を教えてくれた。
花を茜と蒼に託したあと、絵里香は単身で凪の元へ乗り込んだ。
だが、凪に薬を盛ったせいで、彼を怒らせ妖術をかけられ、凍らされたそうだ。
凪が盛られたのは、αを強制的に発情させるという恐ろしい薬だった。
しばらく経ち、妖術の氷が溶けて目を覚ました彼女は、自身の妖術を使い逃走を図ろうとした。
だが、ちょうど花の実家を出て、オフィスに顔を出した絢斗と鉢合わせしてしまい、金縛りの妖術をかけられてしまう。
そうして、呆気なくお縄についた。
彼女は最後まで、大声で「凪様の妻は私よ!」と訴えていたらしい。
凪が盛られた薬は、半日ほどで効果が切れるそうだ。
絵里香自身がそう話していたらしく、今のところ凪も苦しそうには見えない。
凪の部下たちも奮闘し、罪を犯した絵里香の実家である銀鼠家は現在、厳しい状況に追い込まれている。
もともと、他の銀鼠家のメンバーも絵里香と同じ考えで、虎視眈々と龍王家と繋がりを持つ機会を狙っていた。
花を競売にかける話にも、一族が噛んでいたようだ。
銀鼠家への対処では、息子に手を出されて怒った凪の両親も制裁に乗り出したらしく、銀鼠家の破滅も近いだろうということだった。
「花、もう何も心配しなくていい。全ての害悪からお前を守るから」
「凪さん……」
感動しながら、花は朝食を平らげる。
「さて」
食べ終えると、凪が花を抱えて部屋に戻ろうとする。
不思議に思った花は彼に尋ねた。
「あの、凪さん? なぜ部屋に?」
「続きだ」
「へっ……!?」
「先に朝食をとると言っただろう。そして、今し方食べ終えた」
「そう言う意味だったのですか!」
花は真っ赤になりながら、凪の腕の中であわあわと慌てる。
しかし、凪の腕は大事に花を抱えており、絶対に放してくれなそうである。
結局花は、なすすべもなく凪にしがみつきながら、また彼の部屋へ戻ってしまったのだった。
そんな様子を、使用人たちは密かに見守っていた。
「この調子なら、お世継ぎはすぐ生まれるかもしれませんね」
……と、淡い期待を抱きながら。
こうして花は名実ともに、龍王凪の最愛の花嫁になった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!




