表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/58

53:脱出

 茜と蒼を体で突き飛ばし、花は外へ向かって駆け出す。

 家族に抗う力などないと、ずっと諦めていた。

 黙って流されてきた。

 でも、それでは駄目だ。


(凪さん……!)


 ここにはいない彼の存在が、臆病な花の背中を押してくれた。


(私は帰る。凪さんのところへ)


 だが、花が走り出してすぐ、ちょうど玄関の扉を開けて両親が外へ出てきた。


「そいつを捕まえて! 脱走したの!」


 茜がキンキンする声で叫び、両親の目が花を捉える。


「このっ!」


 顔色を変えた父が、全力で花の方へ駆け出してくる。

 花もまた、両手首を縛られた状態で、力の限り走り続けた。


「止まれ! 今、お前に逃げられたら我が家は破滅だ!」


 そんなことを言われても困る。

 花だって、このまま物置に閉じ込められ続ければ、売られてしまうのだから。


(こんな風に親に逆らうなんて初めてだわ)


 それでも、花は両肩で風を切って走り続ける。もうすぐ、家の前の道に出られそうだ。

 しかし、あと少しというところで、後ろから追ってきた父に、結束バンドで拘束された腕を捕らえられる。


「……っ!」


 花はその場に引き倒され、コンクリートで固められた地面に全身を打ち付けた。


「手間をかけさせるな!」


 頭上で父の怒鳴り声が響き、茜や蒼の足音も近づいてきた。

 拳を振り上げる父の姿が見え、花は思わず目をつむる。

 だが、彼の拳が花に届くことはなかった。

 なぜなら、どこからともなく水が湧き出し、厚い壁となって花を守る一方で、父を弾き飛ばしたからだ。

 茜や蒼も突然現れた水の塊に恐れをなして、右往左往している。


(この水は……まさか)


 花は大きく目を見開く。


「凪さん!? どうして」


 今いるはずのない、でも一番いてほしかった人が……ここに来ている。

 腕の拘束のせいで立ち上がるのに手間取っていると、力強く体を持ち上げられた。


「花……」


 温かな声を聞くだけで、泣きそうになってしまう。

 体を反転させられた花は、ようやく凪の顔を見ることができた。


「怪我はないか?」

「はい、物置に閉じ込められていただけです。なんともありません」


 状況を伝えると、凪は力が抜けた様子で花を抱きしめた。


「警察に連絡を。誘拐、監禁事件として報告してくれ」


 凪のあとからやって来た凪の部下が、命令を聞いてすぐに電話をかけ始める。

 それを見た、花の家族の顔が青くなった。


「に、逃げ……」


 よろよろと、父が道路へ向かって駆け出す。

 彼につられるように母や茜や蒼も動き始めた。どうやら、このまま家にいたら捕まってしまうと考えたみたいだ。


 そんな父が道路に飛び出そうとした瞬間、一台の車が走ってきて家の前に止まった。


(もしかして、絵里香さん?)


 しかし、現れたのは彼女ではなかった。


「絢斗さん……」


 車からは絢斗と彼の部下と思わしき人が下りてきた。


「凪君、大丈夫? 連絡を受けたから来たけど、銀鼠家絡みだとか……絵里香本人は来てないね」


 どうやら凪が彼を呼び出したらしい。


「ああ、オフィスに来たので、そちらで捕らえてある。花を狙ってきた」

「なるほど、それでこの有様なんだ?」


 絢斗は今にも逃げだそうとしている花の家族を発見する。


「そこの人たち、逃がしちゃっていいの?」

「いや、駄目だ。拘束のため、部下や警察が来るのを待っている」


 すると、絢斗は凪や花の様子を見て告げた。


「早く花ちゃんを帰してあげた方がいい。それに君も、なんだか具合が悪そうだ」


 言われてハッと凪の顔色を確認する。たしかに、いつもより少し赤いように思えた。


「心配しなくても、俺の妖術は知っているでしょう? 万が一、絵里香が逃げても、彼女の妖術との相性はバッチリだよ。鼠の置物を量産できる。それに……」


 絢斗は私の家族たちをチラリと見た。

 途端に、彼らは一歩も歩けなくなり地面に転がってしまう。

 樟葉家に伝わる妖術は金縛りだ。

 だから、彼の妖術にかかった生き物は動けなくなる。心強かった。


「助かる」


 絢斗に礼を言った凪は、花を連れて、自分の乗ってきた車へ移動した。

 バタンと扉が閉まり、車が発車する。


「絢斗に大きな借りを作ってしまった」


 凪は少し困ったような顔で窓の外を見ている。花はそんな彼に声をかけた。


「あ、あの。凪さん、体調は……?」

「問題ない」


 凪は車に置いてあったはさみを手にして、花の結束バンドを切った。


「きつく止められていたせいで、跡が残っているな……」


 花の手首を、凪は痛ましげな目で見つめる。


「私は大丈夫です。でも、やはり凪さんの体調が思わしくない気がします。熱があるのではないですか?」

「問題ない……」


 それでも、凪は何かに耐えているように思えた。自由になった手を、そっと彼の方へ伸ばす。


「凪さ……」

「花、車内で、それ以上私に近づいてはいけない」

「えっ?」

「今の私は、お前に何をするかわからない」


 花は驚いて彼の目を見た。


「今の私は薬を盛られて……その、発情状態だ。幸い、お前にしか反応しないが」

「ええっ!」


 今の今まで気づかなかった。

 花は自分がヒートを引き起こしたことを思い出す。

 辛くて、熱くて、冷静ではいられなかった。

 それなのに、まったく普通にしていた凪は、なんという忍耐力の持ち主なのだろう。

 今だって、花を襲わないよう、必死に自制してくれていたのだ。


「凪さん……」


 花は彼から確かな愛情を感じ取った。

 凪はいつも一人でなんでも解決して耐えようとする。こんなときまで……。


(私も凪さんの力になりたい。支えたい……)


 苦しげな彼を前にして、自分にできることはなんだろうと花は考える。


「あ、あの」

「今度はなんだ?」

「……え、えっと」


 花は勇気を出して、凪に訴えた。


「は、発情していいです! 私を好きにしてください! だ、だって、その、夫婦なのですから!」


 凪は驚いた顔で花を眺めている。


「本気か?」

「こんなことで嘘なんて言いません。わ、私は、凪さんが好きです。凪さんになら……だ、抱かれてもいいです」


 凪が苦しそうに俯いた。状態が悪くなってしまったようだ。


「花、意味がわかって言っているのか?」

「もちろんです」

「あとに引けないぞ」

「そのつもりでお伝えしました」


 凪は俯いた状態のまま、花の背中に腕を回す。


「加減、できないかもしれない。耐える予定だったのに、そんなに煽って……帰ったら覚悟しろ」

「……!?」


 二人が話している間も、車は順調に龍王家へ向かい、花たちは無事に家へ帰り着くことができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ