52:物置
目覚めた花は、見覚えのある薄暗い場所にいた。
(ここは……物置?)
胸を締め付けるような、懐かしさと苦しさが波のように花を襲う。
辛い記憶が多い場所だ。
昔から、花が両親の癪に障る行動を取ると、ここへ閉じ込められた。
実家の物置は、一般家庭用にしては広く、大人が四人くらい入れそうなサイズだ。
(私、あのあと、実家に連れてこられたの? どうして?)
連れ去られて消されてしまってもおかしくない状況だったが、さすがの絵里香も罪を犯すような真似はできなかったのだろうか。
それとも他に目的があったのだろうか。
外に人の気配はなかった。
物置の扉には、当然のごとく鍵がかかっている。
(茜や蒼はどうして絵里香さんに協力していたの? なぜ、凪さんの会社に入ってこられたの?)
疑問はつきない。
(手首が痛い。縛られてる?)
そっと後ろを見ると、予想通り、花の手首は結束バンドできつくとめられていた。
(ここから逃げなきゃ)
やるべきことはわかるのに、手は拘束されている上に、鍵もかけられている。
なす術もない。
(いいえ、諦めちゃだめ。チャンスは必ず訪れる……あの人たちが、私を今のままそっとしておいてくれるわけがないもの。きっと様子を確認しに来るわ。そのときに、隙を見て逃げましょう)
家の敷地から出たら、通りがかりの人に助けを求めればいい。
手首の結束バンドを見れば、花の言葉を信じてくれるはずだ。
しばらくすると、花の予想通り、錆びて引きつった音を立て、物置の扉が開かれた。
顔を覗かせたのは茜と蒼だった。
「あ、起きてる」
「ほんと、マヌケ面だな」
二人は花を馬鹿にしたような表情を浮かべ、様子を窺っていた。
「茜、蒼、どういうつもりなの? 絵里香さんに依頼されたのよね?」
花が訪ねると、二人は露骨に眉を顰め、嫌そうな顔になった。
「当たり前でしょ。でなきゃ、なんであんたみたいなΩを引き取らなきゃならないのよ」
「あの女が脅してきたんだよ。くそっ、それもこれも、お前が龍王家なんかと関わるからだ!」
「ほんと、迷惑なんだから」
いつものことだが、二人は口々に花を批判した。
「ここにずっと、私を閉じ込めておくつもり?」
それは不可能だと思うが、花は茜たちの出方が気になった。
「そんなわけないでしょ。あんたを生涯ここに置いとくなんて……絶対に嫌! しばらくすれば、あの女が引き取りに来るのよ」
「そうそう。Ωって、高値で売れるらしいな。そういうルートで競売にかけるって言ってた。もの好きだよな」
やはり、絵里香は花を凪のもとから追い出すだけでは済まさないつもりらしい。
花は彼女から放たれる憎悪の気配を初対面のときから感じ取っていた。
蒼の告げたとおりでΩは売れる。凪や静香も前に教えてくれた。
αの後継者がほしい家系は、Ωのいる家に頼み込んでシェアすることもあるくらいだ。
需要は、たしかに存在する。だが……。
(主要な家の人には、結婚式で会っているはず)
はたして、凪の逆鱗に触れてまで、花を買おうとする人物が現れるだろうか。
そんなことは絵里香もわかっている。
(だとすれば……)
きっと、そういう筋に流すのではないのだろう。
そもそも絵里香は、花が凪に会い可能性自体をなくすつもりだ。
名家の跡継ぎを生むためのΩとして、売られる可能性は低い。
おそらく、ろくでもない売り先だ。
(絶対に逃げなきゃ)
花は茜と蒼が話している隙を狙い、開けられた物置の扉から外に飛び出した。




