49:誘拐2
茜や蒼が慌てて押さえつけてくるが、花は彼らの手をかいくぐって一目散に走り出す。
近くには誰もいないようで、助けを求められそうにない。
(ここは地下駐車場だから、上へ上がる道があるはず! 地上ならいっぱい人がいる!)
昔から足は速いほうだ。茜や蒼には負けない。
(そして、αだとしても、ハイヒールの絵里香さんは追いつけない……はず)
なのに、後ろから何かの気配が近づいてくるのは、どういうわけだろう。
花は必死に足を動かす。恐怖で後ろを振り向くことができない。
(後ろを走っている人、足音がおかしくない?)
茜や蒼、絵里香ではない。絵里香の部下かとも考えたが、それとも違う気がする。
前方に地下一階へ上がる坂道が見えてきた。
勇気づけられた花はそちらへ向かって全力で駆け出す。だが……。
「きゃあっ!」
何かが花の足首を掴んだ。肩でも腕でもなく、足首を。
バランスを崩した花は、正面からコンクリートの地面に倒れる。
「う、うあっ」
擦りむいた手足の痛みに耐えながら、花は自分の足を掴んでいるモノを見た。
「……っ!?」
目の前には、信じられないモノがいた。
真っ赤な瞳の、人間の男性ほどの大きさがある……四足歩行の鼠だ。
それも、普通の鼠ではない。
手足が異様に長く、人間のもののように発達している。だから、花の足首を掴むことができたのだ。
化け物のような鼠は「ギィィッ!」と怖気だつような声を上げた。
「嫌っ!!」
花は必死で鼠の手から逃れようとする。
しかし、別の方向から現れた、もう一体の鼠により地面に押し倒される。
(動けない……怖い)
しばらくすると、茜と蒼らしき足音が近づいてきた。
顔を上げた花と鼠を眺め、茜が気持ち悪そうに声を漏らす。
「うわっ、何度見ても嫌な妖術ね……」
「俺もこんなの見たくなかった。まったく、Ωの分際で手間をかけさせるなよな」
続いて、近づいてくる車のエンジン音も聞こえてきた。車は花のすぐ脇に停車し、窓から絵里香が顔を出す。
「その女をこちらへ。本当はこのままひいてやりたいところだけど、あとが面倒たから」
二匹の鼠たちは絵里香の声に従い、ゆっくりと立ち上がって、二足歩行で動き始める。
鼠は信じられない力で軽々と花を持ち上げ、車へ押し込もうとした。
茜と蒼は遠巻きで様子を眺めている。
「意識があったら面倒だから、気絶させておいて」
絵里香が命令するのと同時に、ガッと花の背中に衝撃が走る。
「私はまだ用事があるから、あとはよろしく」
絵里香は茜や蒼に何かを指示しているようだ。
(凪……さ、ん……)
このままではいけないと思うのに、急速に意識が遠のき、花はその場で気を失ってしまった。




