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46:招かれざるお客

 茜は腹を立てながら家に帰ってきた。

 大学で龍王家に嫁いだ姉について聞かれたからだ。

 姉の花は今や有名人で、学校中が彼女のことを知っている。

 そして、興味津々な様子で花の近況や、実家での花について茜に質問してくるのだ。

 中には色紙を持って、「凪様と花さんのサインください」と言ってくる者まで現れる始末である。

 

(デリカシーってものがないのかしら)


 しかし、彼らは花と茜の不仲についてあまり知らない。

 大学に通うようになってからは、Ωである花の話なんて口に出さなかったからだ。

 自分に花というΩの姉がいることを知られたくなかった。

 だから、姉についての話題が出る度に、茜はなんとも言えない気持ちにさせられる。


 思えば、子供の頃から花はそういう女だった。

 Ω特有の妖しい美しさを兼ね備え、無意識に周囲の視線を集めていた。

 近所に住む少年たちは、皆、花に夢中だったことを覚えている。

 そして、無神経な彼らは茜を姉との繋ぎ役にしようとしてくるのだ。

 どんなにお洒落に気を遣っても、茜は花に敵わない。

 姉妹だから、並ぶとより違いが際立つ。

 惨めだった。


 おまけに姉は成績がよく、スポーツも万能で、美術の才能まであった。

 花は無意識下で、茜のプライドをことごとく打ち砕いてくる。


 中学の診断で花がΩだとわかったとき、心のどこかで「やっぱり」と思う自分がいた。

 彼女の雰囲気はどこか茜たちとは違い、異質だったのだ。

 αやβを惹き付けてやまない、子孫を残すためだけの性別。


「不潔……」


 弟の蒼や、その友人たちまで、形はどうであれ花に籠絡されていく光景は異様だった。

 あれは魔性だ。普通ではない。

 一般的なβの家庭にいてはいけない異物だ。

 きっと春川家の皆がそう考えていて、だからこそ全員の意見が一致して家から花を追い出した。

 これで家族に平和が戻ったと感じていたのだ。なのに……。


(どうして、龍王凪様に見初められてんのよ。あんたごときが)


 彼が家に来たときの衝撃は忘れられない。

 あの女は、どこまで茜をこけにすれば気が済むのか。


(許さない)


 イライラしながら玄関へ向かっていると、後ろから声を掛けられた。

 若い女の声だ。


 振り返ると、全身を高級ブランド品で固めた、背の高い女が立っていた。

 値踏みするようにじろじろ観察され、茜はいい気がしない。

 彼女からは明らかに自分たちとは異なるオーラが放たれていた。

 Ωの花とも違う、選ばれし者だけが纏える、堂々たる王者の雰囲気だ。

 以前見た凪もそうだった。


(たぶん、α……よね? また、あいつ関連なの?)


 もう実家を出た身だというのに、勘弁してほしい。

 茜は見ず知らずの女をキッと睨んだ。

 これ以上、花のことで煩わされてなるものか。


「あなた、春川茜さんね? お父様はご在宅かしら?」


 女は茜を見下すような笑いを浮かべて言った。薄ら寒い笑みだった。


「……っ!!」


 逆らってはいけない雰囲気を女から感じ、茜は両親を呼びに行く。

 両親は慌てて来客準備を整え、女を応接間へ通した。彼らもまた、女の纏うα特有のただならぬ雰囲気に当てられていた。


「私は、銀鼠絵里香と申しますの。ご存じかわかりませんが、銀鼠グループ総帥の長女ですわ」


 ご存じもなにも、銀鼠グループは有名な企業グループの一つだった。

 ホテル事業をメインに手がけており、茜もそのホテルを利用した経験がある。

 彼女はそこの令嬢らしい。隣では蒼がぼうっと絵里香に見とれている。

 

(なんの用事か知らないけど、花に関連することなら龍王家へ行けばいいのに)


 茜たちと花は、もうなんの関わりもない。

 龍王凪によって、接触も禁止されていた。


「今日はあなた方にお願いがあって」


 絵里香は落ち着いた声音で堂々と話を進める。


「お宅の長女の花さん、実家に連れ戻していただけないかしら? もちろん、タダでとは言わないわ」


 絵里香は手持ちのバッグから、分厚い札束を取り出し、テーブルに置いた。

 おそらくこの女は、凪と花が別れることを望んでいる。


「こちらは前金。成功した暁には、追加で二千万をお支払いしますわ」

「なっ……!?」


 金額を聞いた父が、前に身を乗り出した。

 このところ、ラーメン事業が伸び悩んでいるためだ。


「そうそう。以前、外食が趣味の部下が、そちらのラーメンを食べに行ったらしいですよ」


 父が緊張したように表情を引き締めるのがわかった。

 やる気のない素人のバイトばかりを雇って安価で働かせているので、料理の質が開店当初と比べてかなり落ちてきている。

 だからリピーターも少ない。

 きちんとしたものを作れる人材は、とっくの昔に辞めてしまっていた。

 そう、父のラーメンチェーンは業績不振に陥っているのだ。


 茜は前に父にそれを指摘した記憶がある。

 だが、彼は茜の意見を聞く気はないようだった。

 今度はインバウンドを狙うなどと壮大なことを口に出すだけで、父は現場に復帰する気もない。茜も僅かに危機感を覚えていた。

 あまりに悲惨な状況だと、あとを継ぐ双子の弟が可哀想である。

 だから、絵里香の提示するお金の話は魅力的だ。


(リスクが大きすぎて割に合わないけどね)


 欲で目がくらみ、龍王グループを敵に回すのは悪手だ。茜でもわかる。

 彼の怒りを買えば、うちの店は業績不振どころか、立ち行かなくなるかもしれない。


 なかなか返事をしない父を前に、絵里香は次第に苛ついた表情を見せ始めた。

 取り繕う気もないらしい。


「さっさと頷いておけばいいものを……どのみち、お前たちには、私に従う選択肢しかないのだから」


 言うなり、彼女自身から異様な空気が流れ始めた。

 以前、凪がこの家で水の妖術を放ったときに似ている。


 どこからか「キキッ」という鼠の小さな鳴き声が聞こえたと思ったら、足下に大量の黒い塊が集まり始める。


「ひっ! 鼠!」


 お茶を運んできた母が、お盆を落として悲鳴を上げた。

 父も蒼もパニックに陥っている。


 鼠は次第に数カ所に集まり始め。それぞれが塊のようになってうごめき始めた。

 やがて、それらは一体化し、四体の巨大な鼠の化け物に変化する。


「キャァァァァーーーーッ!」


 茜は金切り声を上げた。その場を逃げ出したいが、足が竦んで一歩も動けない。

 恐ろしい形相をした鼠の化け物は、赤く光る目で獲物に狙いを定めながら、ゆっくりと近づいてきた。明らかにこちらに害意を持っている。


「来ないでっ、来ないでよ!」


 涙目になりながら懇願する茜に向かって、女は楽しげに目を細めながら告げた。


「さあ、先ほどの話のお返事は?」

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