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44:新たな遭遇

 別の日の午後、花は凪に会うため彼のオフィスに向かっていた。

 凪から「顔が見たいから、時々オフィスに来てほしい」と言われたのだ。


(凪さんのお願いを、嬉しい……と思ってしまうなんて)


 中に入ると花の存在に気づいた人々が、甲斐甲斐しく世話を焼いて案内してくれる。

 どうやら、凪の妻である花の顔は、皆の知るところとなってしまったらしい。


「ありがとうございます。ここから先は私一人で大丈夫です」


 エレベーターまでついてきてくれた案内の人にお礼を言い、花は巨大な箱の中へ乗り込む。凪のいる一番上のフロアのボタンを押すと、すぐにエレベーターは急上昇し、あっという間に目的の階へ着いてしまった。

 ピンッと高い音が鳴り、滑らかに扉が開く。


(何度来ても、このお洒落な雰囲気には慣れないわね)


 木の床材が貼られた最新式の廊下をそっと進み、花は目的地へ向かう。


 すると反対側から長身の綺麗な女性が歩いてきた。

 年齢は花よりも少し上だろうか。一目でただ者ではないとわかる出で立ちだ。

 すらりとした美人で、アッシュに染めた長い髪を緩く巻いている。尖った爪は濃い紅色に染まっていた。


(この人、たぶんαだわ。雰囲気が凪さんに近いもの)


 彼女は部下らしき男女を連れ、花の前で足を止め、じろじろと値踏みするような目を向ける。


「あら。何かと思えば、龍王家に住み着いているドブネズミじゃないの」


 花は突然放たれた女性の強烈な言葉を理解できなかった。

 しかし、女性は花の態度などお構いなしに話し続ける。


「ドブネズミ……ではなかったわね。その体についているノミかしら。誰かに寄生しないと生きていけないところとか、そっくり。フフッ」


 彼女の目には花への侮蔑がありありと宿っていた。花の家族や世話係だった千秋と同じだ。

 こちらを嫌って見下し、軽蔑するような顔は共通である。


(この人、私を知っているの?)


 過去に女性に会った記憶はない。

 言いたいことを言って溜飲が下りたのか、女性たちは「邪魔」と、花の体を突き飛ばし、スタスタとエレベーターへ乗り込んでしまった。


(凪さんの知り合いかしら。とても綺麗だけど、怖い人……)


 どっと疲れてしまった花は、なんとも言えない気持ちを抱えながら、おずおずと凪のいる方へ移動した。


 透明な壁の向こうに、デスクに座りながら、しかめ面で珈琲を飲んでいる凪の姿が見える。


(なんだか、イライラしているみたい。大丈夫、かな)


 軽く扉をノックすると、壁と同じく透明な扉の向こうにいる凪と目が合った。

 花を認めた彼は、慌てて席から立ち上がると、扉を開けに来てくれる。

 先ほど目にした、凪の不機嫌な様子は、すっかり消えてしまっていた。

 その代わり、どこか花を気遣うような、戸惑ったような優しげな気配が感じられる。


「凪さん、お疲れ様です。差し入れを持ってきました。それと……」

「大丈夫か!?」


 しかし、話を遮った凪は花の両頬に触れ、真面目な顔で問いただした。

 顔が近くて、花は目を白黒させる。


「へっ? 何が、ですか?」

「ここへ来る途中、誰かと会わなかったか」

「あ……」


 彼の言葉から、花は廊下で見た女性を思い出した。


「やっぱり、すれ違ったんだな。くそ、あの○△■×◆※□!」


 凪の口から、彼に似つかわしくない罵詈雑言が飛ぶ。

 先ほどの女性は、凪と仲の悪い相手だったのだろうかと、花は不安になる。


「凪さん? 落ち着いてください。さっきの綺麗な女性はお知り合いですか?」

「そうだ。だが、それだけだ」


 花は女性の態度を頭の中で反芻する。

 とても、ただの知り合いという空気ではなかった。


「龍王家と関係のある方なのですか?」


 尋ねると、凪は少し渋い表情を浮かべる。


「何か言われたのか?」

「ええと……私と凪さんの結婚について、よくご存じの様子だったので」


 ドブネズミやノミと言われたことは、さすがに凪に言い出しづらいので、花は言葉を濁した。

 だが、凪にはそれだけで十分すぎるほどに通じたらしい。花が声を掛ける前の、怖い顔に戻ってしまった。


「花、あの女の言葉を信じてはいけない」

「ええと」


 花が言われたのは悪口ぐらいだし、いちいち気にしても仕方がないので大丈夫だ。


「私の妻は花だけだし、今後もあの女を妻に迎えるつもりはない。結婚式にも呼ばなかったくらいだ」

「ん? 妻……?」


 自分と凪の会話が食い違っているのに、花はようやく気が付いた。


「あの人は、凪さんの妻になる予定の方だったのですか?」


 花の質問で、凪も花が女性の詳細を知らないことに気づいたようだ。


「いや、それは……その」


 珍しく、もごもごと要領を得ない言葉を発する凪だが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。


「あの女――絵里香は、私の……昔の許嫁候補だった相手だ。あくまで数人いた候補者のうちの一人であり、それ外はなんの関係もない」

「そう、でしたか」


 凪は龍王家の御曹司だ。当たり前だが、やはり家柄や立場にふさわしい相手を用意されていたのだろう。


「そんな顔をするな。龍王家や、うちと同じような立場の家では、Ωが見つからなかったときの保険にαを見繕っておく風習があるんだ。男も女も、お互いにな」


 花は黙って凪の言葉の続きを聞く。


「だが、あの女は何を勘違いしたのか、自分こそは私の相手にふさわしいと婚約もしていない段階から周囲に吹聴して回っていた。前代未聞の行動な上、愚かでしかない行いだが……あの女は本気で私と結婚できると思い込んでいたんだ」


 しかし、凪と花の結婚で、その道は潰えた。


「私は、あの女が好きではない。価値観が違いすぎて、昔からどうしても好ましいとは思えない。にも関わらず、自分を妻にしろと会社にまで乗り込んでくる」


 凪は本気で迷惑そうにしている。


「念のため、しばらくの間、外出時は気をつけるように。花に何かあれば、私は耐えられない」

「……は、はい!」


 凪の婚約者候補に選ばれるくらいだ。

 きっと絵里香はいい家に生まれたαで、凪や絢斗のような、大勢の人を動かせる権力を持っているに違いない。

 花は神妙に頷いた。

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