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40:企み

 千秋は興奮を抑えられない気持ちで、犯行現場へ向かっていた。

 そろそろ自身のアリバイを作らねばならない。


(私は無実の被害者を装わなきゃ)


 我を忘れた護衛たちは目が覚めただろうか。

 それともまだ、花を相手に猛っているのだろうか。


(調べたところ、ヒートは数時間じゃ収まらないみたいだし、後者でしょうね。早くあのΩに薬を飲ませて、大通りを落ち着かせないと。気弱な性格だから、集団で脅して丸め込めば、口封じもなんとか可能なはず)


 本日の戦利品であるブランド店の紙バッグを肩に提げ、豪奢なディスプレイに彩られた街を素早く駆け抜ける。自分はこの国で勝者になるのだ。

 作戦に計算違いがあったとしたら、凪の気まぐれな電話がかかってきたことだろう。


(多忙な凪様が、まさか、あんなΩごときに会いに来られるなんて)


 おかげで、急遽行動を変えなければならなくなった。

 電話で誤魔化すにも限度があり、彼が現場を訪れるとなれば、千秋の作戦が露呈してしまう。彼が到着するまでに、事態をある程度落ち着かせる必要があった。

 千秋に落ち度があると思われないよう、工作しなくては。


 ヒート状態に陥った花が襲われ、嫁として使えなくなり、追い出されてしまえばいいと千秋は常日頃から考えていた。


(大丈夫、難しくないわ)


 他の女性使用人も、皆自分と同類だ。なんとか花の後釜に納まりたくて、自分こそはと果敢に凪にアピールする。


(でもね、私こそが凪様の花嫁にふさわしいのよ)


 千秋の実家は龍王グループ傘下にある、そこそこ名の通った大企業だ。

 今は龍王家で花の世話係なんかに甘んじているが、千秋は本来傅かれる側の人間なのである。

 我慢して使用人の真似事をしているのも、全部凪に見初められるための作戦。

 千秋の目標は、龍王家次期当主の妻。龍王家における女性のトップに立つことだった。


 龍王グループの傘下には無数の会社が存在し、今の自分はその中の一企業の社長令嬢に過ぎない。

 自分と同格の娘はたくさんおり、時には親に倣って格上の家の娘に頭を下げる機会もあった。それは蝶よ花よと育てられた、小さな囲いの中のお姫様である千秋にとって屈辱的な時間だった。

 いずれは同格の社長令息の誰かに嫁がされるのだろう。

 それでは、これまでと何ら変わらない。


 だが、凪の妻になれば、今度は自分が敬われ、気を遣われる立場に駆け上れる。自分を見下していた奴らを見返してやれる。

 それに、なんと言っても凪の見た目は素晴らしい。千秋は今まであんなにも美しい男性を目にした経験がなかった。


(あんな底辺のドブネズミΩには全然ふさわしくないわ! 男相手に股を開くしか能がない貧乏人め!)


 肩で風を切り、千秋は石畳の歩道を歩く。

 しばらく進むと、花が襲われた現場が見えてきた。

 だが肝心の花はおらず、護衛や通行人の男たちが奇妙な格好で固まり、地面に転がっている。


(え、やだ、なんなの? あのΩはどこへ行ったの?)


 想定外の光景を見た千秋は、「これはまずい」と狼狽え、素早く近くの護衛に駆け寄る。


「ちょっと、あなた! 花様はどうしたの!?」

「……あ……へ」


 しかし、護衛はうつろな目でぼそぼそ話すばかりで、まったく会話が成立しなかった。


「もう、役立たず! 凪様がここへ来ちゃうじゃないの!」


 凪は千秋が咄嗟に告げた店、ルビラへ向かうはずだ。ルビラの店舗はこの現場のすぐ近くにあった。

 本来は、凪に花がたくさんの男と関係を持って、収拾不可能な状態に陥っている現場を見せつけたかったから。


 そして自分は凪が現れる直前に戻り、被害者面をして、花を庇う振りでも演じていれば完璧だったのだ。

 万一、花が他の男の子供を妊娠すれば万々歳。そうでなくとも、二度と龍王家に近づけないよう、彼女のイメージを徹底的に壊して貶めてやるつもりだった。


(なのに、どうして、こんなことに。離れている間に何があったの?)


 千秋はへなへなとその場に頽れ膝をつく。

 ややあって、固まっていた男たちが元に戻り、正気を取り戻し始める。

 ぼうっとしていた護衛たちも我に返って、自分たちの惨状に慌て始めた。


「なっ? 俺は何を!? 記憶がないが、服がはだけている。周りにいる男たちはなんだ!?」

「たしか、花様のフェロモンで苦しくなって……何があったんだ?」


 護衛たちは青い顔になり慌てている。周りの惨状から自分たちの状況を察したのだ。


「は、花様は? いない? 逃げたのか?」

「まずい、この件が凪様に知られれば、俺たちはだたでは済まされないぞ」

「これからどうする? ここまで大きな騒ぎだ、龍王家に気づかれてしまう前に花様を丸め込んで……」

「そうだな。気が弱くてお人好しっぽいし、全員で頼み込めば黙っていてくださるかもしれない。『他の男に襲われたことを凪様に報告する。手垢のついた花嫁は龍王家から追い出される』と騙して脅すのも有効だと思うが?」

「それだ! だが、肝心の花様が見当たらない」


 狼狽える護衛たちを見て、千秋は彼らに声をかけることにした。当初の予定通り、護衛全員を協力者に引き込むために。


「ねえ、あなたたち。今の状況は理解できたわよね。このままだと、私たちは花様の管理不行き届きで、龍王家から酷い処分を受けると思うの。私はともかく、花様を襲ったあなたたちに情状酌量の余地はない」

「……っ!」

「だから、手を組みましょう?」


 にやりと笑った千秋は、護衛たちの心の内を見透かしながら腕を差し伸べる。彼らは絶対に保身に走るだろうと確信していた。


「花様の件は事故よ。予定より早くヒートが始まってしまって、私は彼女に薬を渡そうとしたけれど、男の人の群れに阻まれてどうにもできなかった。花様も花様で、襲ってきた相手との交遊に夢中になって、薬を受け取ってくださらなかったわ。こんなことを言っては失礼だけれど、Ωって理解しづらいわね」


 記憶の怪しい彼らに、自分の無実を訴えるのも忘れない。

 どうせ薬のやりとりは、花と千秋しか知らないのだ。いくらでも誤魔化せる。

 仮に千秋が薬を取り上げたなどと花が声を上げても、護衛を味方につけられればこちらが有利だ。花が一人で喚いたところで相手にされないに違いない。


「私たちで口裏を合わせましょうよ。大丈夫、きっと乗り切れるわ。だって、私たちは悪くないもの」


 言っていると、本当にそのように思えてくる。


(そうよ、私は悪くない! 悪いのは全部、身の程知らずなΩなのよ)


 一通りの打ち合わせを終えたあと、千秋は龍王家に形ばかりの花の捜索依頼を出し、護衛たちと一緒に屋敷へ戻った。

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