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39:思い思われ

 花は半ばパニックになりながら、自分に深く口づける凪の胸を押した。

 だが、屈強な彼の体はびくともしない。


(私のせいで、絢斗さんだけでなく凪さんまで、おかしくなってしまうなんて)


 そろそろ薬が効いてきていい頃だが、凪は相変わらず理性を失ったままだ。


「ん、んっ」


 その間にも、凪の口づけはどんどん深くなっていく。息をつく間もない。


(どうしよう。前のときも凪さんは、我に返ったあとでとてもショックを受けていたのに)


 同じことを繰り返したとなると、彼はまた自分を責めてしまうのではないだろうか。

 悪いのは、こんな厄介な体質を持つ花なのに。


(凪さんは悪くないのに)


 凪はまだ理性を失ったままだ。

 もう駄目だと花が思ったそのとき、不意に凪の動きが止まった。


「……っ……!?」


 彼の温かな唇が、明確な意志を持ったかのように、ゆっくりと花から離れていく。

 何が起こったのかわからず、花は一瞬戸惑った。


「凪、さん?」


 顔を上げて問いかければ、眉間に皺を寄せて何かに耐えている凪と目が合う。


「くっ……すま、ない」

「よかった、元に戻ったんですね」

「……花の、抑制剤が、効いてきたのだろう」


 どうなることかと思ったが、薬の効果が出てきて安堵する。


「こういうのは、私の望むところではない、からな」


 凪に言われて、どういうわけか、花の胸がずきんと痛んだ。


(そう、よね。契約花嫁の私との関わりは、最低限に保ちたいわよね……)


 理解していたはずだが、彼の口から聞かされた言葉に、想定よりも衝撃を受けている。

 自分が何に傷ついているのか、花にはよくわからなかった。

 ただ、胸が酷く切ない。


(この感情は何?)


 黙り込んだ花の様子をどのように受け取ったのか、凪はそのまま話を続けた。


「今更告げても後の祭りだが、私は本能からお前を襲いたくはなかった」

「は、はい、それは知っています」


 誰だって、意思に反して女性を襲いたくなんてないだろう。

 だが、続く彼の言葉に花は唖然として口を開けた。


「本能ではなく、互いの想いによって結ばれたい」


 聞き間違いではない。

 にわかに信じがたくとも、たしかに彼の口から出た言葉だ。


「互いの、想い?」


 本来なら凪はどんな女性でも望むがまま手に入れられる立場で。

 花を娶ったのは、αの跡継ぎが必要で、Ωを娶らなければならないという理由からだ。

 今になって、凪は後悔しているのではと考えた花は思わず俯く。


「すみません、私なんかが……」

「花? 何を勘違いしているのか知らないが、すぐに謝るのはよせと話したはずだ。私は互いの想いによってお前と結ばれたいと言っているんだ」

「へっ……?」


 花はしぱしぱと目を瞬かせる。


(わかりにくいけど、互いに愛し愛される夫婦になりたいと、凪さんはそう伝えてくれているの?)


 信じられない話だが、凪が嘘をついているようには見えない。

 そもそも、日常生活においては効率こそを重視し、まどろっこしいことは極力省く人だ。

 一緒にいるようになってから、花は少しずつ凪をわかってきていた。彼の望みまでは理解できていなかったが。


 たしかに凪は、日に日に花に対して優しくなっていった。

 最初は契約や番に対する義務だろうと思っていたが、凪との交流を経て彼の真心も感じられるようになった。

 けれどまさか、彼から想われていたとは考えていなかった。


(どうしよう。身の程知らずにも、少し嬉しいと思ってしまったわ)


 そう、嬉しいのだ、自分は。

 しかし今の気持ちをこの場で打ち明けるのが憚られ、花は黙って頷くだけにとどめる。

 花は自身の好意を彼に伝えるのが怖かった。


 最初から花の返事まで期待していなかったのか、凪は特に気にしたそぶりも見せず、花を立ち上がらせて服についた汚れを払う。


「抑制剤が完全に効いたようだな、匂いが消えた。もう大丈夫そうだ」

「は、はい」


 凪が差し出した大きな手に、花はそっと自分の手のひらを重ねた。

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