3:幼少期の思い出
どこまでも続く洞穴のように暗い空間が見える。誰に説明されるともなく、これは実家の物置だと花は悟った。
幼い日の花を、両親はよく「お仕置き」と称して、庭の物置に閉じ込めていたのだ。
『どうして弟や妹の面倒をきちんと見られないの!? あなたはお姉さんなのよ?』
鍵のかかった扉の外から、母のヒステリックな声が響く。
『ごめんなさい、ごめんなさい。でも……』
『言い訳するんじゃありません! 茜から聞いたけど、散歩中に蒼が車道に飛び出したらしいわね。あの子になにかあったらどうするの! なんで追いかけなかったの!』
『だって、蒼が急に私の手を振り切って、走り出しちゃったの。茜とも手をつないでいたし……咄嗟に走れなくて……』
蒼は花の弟、茜は花の妹だ。
小さな飲食チェーンを営んでいる両親は忙しく、小学校へ上がる前の花はよく弟と妹の相手を任されていた。
この日は二人が酷くぐずったため、近くの公園へ連れて行った。
その帰りに何を思ったのか、蒼が道路に飛び出してしまったのだ。
幸い蒼の身には何もなかったが、そのことを茜が両親に話してしまい、花はお仕置きされる羽目になった。
『それでもなんとかするのがあなたの役目よ! 頭ついてんでしょ? もう五歳なんだから、ちょっとは考えたら?』
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!』
『一晩そこで反省しなさい! さあ、蒼君、茜ちゃん、お家に戻りましょうねえ。今夜はハンバーグよ』
花に話すのとは別人のような声で、母は近くにいたらしい双子を促す。弟と妹の無邪気な笑い声が響いた。
だんだん遠ざかっていく三人の足音を、花は泣きじゃくりながら見送ることしかできない。
『お母さん、どうして私にだけ怒るの? 今日もご飯抜きなの? お腹空いたよ……』
当時はわからなかったが、今なら状況を把握できる。
無口で控えめな気質の長女だった花は、生まれて早々に両親からの愛情を甘え上手な年子の弟妹に根こそぎ奪われていたのだ。
それでもまだ、この頃は良かった。
二次成長期が来るまでは、花は普通の子供だったから。