34:久しぶりの外出
花が龍王家の嫁として過ごしていたある日、早めに仕事から帰ってきた凪が部屋に来て花に言った。
「花、お前もいつも家にいるときが滅入るだろう。たまには気晴らしに外出するといい」
たしかに、ここでの生活は制限が多い。
自身の身の安全と、凪たちに迷惑をかけないため、一人で自由に出歩くことができないのだ。
かといって、出歩いて何かしたいかと言われれば、花は何も思いつかない。
必要なものはなんでも用意してもらえるし、屋敷の庭は広い。
もともと口数が多い方ではない花は、静香や凪、たまに絢斗とお喋りできれば、それで満足だ。
実家にいた頃とは違って、普通の返事や普通の反応が返ってくるだけで嬉しくなる。
ここには、花を傷つける人間はいない。
いつまで続くともわからない、この穏やかな日々を花は愛していた。
凪が来たとあって世話係の使用人たちがまたキャーキャー騒いでいる。
そのうち一人が輪の中から歩み出て凪に近寄ってきた。
「おかえりなさいませ、凪様ぁ~」
いつにない甘えたような声を気にすることなく、凪は冷静に彼女に花の近況を聞く。
「はい、花様は本日、マナーのお勉強をされておりました。食事の基礎についての復習が済みました」
「体調面も問題ないか?」
「ええ。そろそろ花様がヒートに入られる周期ですから、お薬の用意もしてあります」
使用人はすらすらと花の近況を報告する。彼女たちは仕事ができるのだ。
凪は花と使用人を交互に見て何か考え込んだあと、「問題がないのならいい」と言って、花を夕食へ呼び出す。
花は使用人たちの視線を感じつつ、凪に続いて部屋をあとにした。
※
翌日、花は凪から提案されたとおり、十分な警備のもとで外出することになった。
凪はいつも通り仕事があるので、花と使用人代表、二人だけでの外出だ。
静香もいないため少し緊張してしまう。
行き先は特に聞かれず、着いた先は近隣のファッションビルが並ぶ大通りだった。
以前、凪と来た店もこの近くにある。
花は買い物よりも、ゆっくり公園を散策したり、行ったことのない場所を見てみたりしたかったが、我が儘を言ってはいけない。
こうして気晴らしを提案してもらえただけで十分だ。
同行していた使用人にも買い物の許可が下りているらしく、彼女は嬉しそうにはしゃいでいる。
そんな使用人の様子を眺めながら、花は今日は彼女の買い物を優先しようと思った。
どういうわけか、街を歩いていると以前よりも注目されている気がする。
(護衛の人たちが、ものものしいからかしら?)
周りの人を怖がらせないよう、彼らは一応スーツ姿なのだが、あふれ出る強者のオーラは隠しきれていないようだ。
(でも……)
彼らと言うよりは花自身が注目を浴びている。
(なんで……? 今日は凪さんもいないのに)
花は唯々困惑した。
身ぎれいになった自分自身が、人目を引く容姿をしていることに、花だけが気づいていなかった。




