33:新婚生活と新たな世話係
「花、大丈夫か?」
様子がおかしかった花を心配した凪が、茜たちのもとから戻ってきた。
自分を気遣ってくれる凪の優しさに、花のこわばった心がほぐれていく。
「はい、あ、ありがとうございます」
招待客たちへの対応も、いまのところ問題なく行えている。
いつの間にか、茜たちは全員いなくなっていた。
「あの、凪さん。私の家族が披露宴の最中に騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありませんでした」
「お前の責任ではない。それに、私の花嫁となったからには、彼らとは距離を置くことになるだろう」
「凪さん……」
自信に満ちた凪の態度や言葉が、花に無条件の安心感を与えてくれる。
αだとかΩだとか関係なく、花は凪が凪だからこそ信頼できると思った。
これから結婚生活が始まるわけだが、彼とならやっていけそうだ。
残りの披露宴はつつがなく進み、なんとか花は一日を乗り切ることができた。
※
そうして、結婚式も終わり、改めて新婚生活が幕を開けた。
とはいえ、式の前と同じく外出にも制限がかかり、なにかと引きこもりがちな毎日である。
花の要望もあり、凪の花嫁として恥ずかしくない教養をつけるため、講師を呼んでもらうことが決まったところだ。
これで屋敷にいる時間を有意義に過ごせる。
花付きの新しい使用人も増やされた。
静香は母親ほどの年齢のため、年が近い者が仕える方がいいだろうという話が出て、龍王家に縁のある家から数人が花の付き人に選ばれている。
人見知りの花は、傍にいるのは静香だけのほうがよかったが、彼女一人に業務が集中して負担が増えてはいけないと、龍王家の方針に従った。
静香は大事な人なので、無理をして欲しくない。
同年代の使用人たちが来てしばらく経ったが、なかなか慣れることができない。
彼女たちは花の世話はきっちりこなしてくれるが、使用人同士だけで盛り上がっている場合が多く、花との間にはまだ距離がある。
龍王家を継ぐ予定の凪にも興味津々のようだ。
花のもとに現れる彼を見ては、キャッキャと黄色い声を上げている。
「凪様って、格好いいわよね!」
「本当、彼こそ当主に相応しい方だわ。オーラが違うもの!」
「お近づきになりたーい。ていうか、そのためにこの仕事に立候補したんだけどぉ」
花は複雑な気持ちになりながら、彼女たちの会話を聞き流す。
こんなことで揺らいでいては駄目だ。
(私は契約花嫁なんだから、よくしてくれた凪さんのためにも花嫁の役目を全うするの。それに……)
花と契約を解消したあとで、彼女たちの誰かと再び夫婦になる可能性もゼロではない。
世話係として働きに来ているものの、ここにいる若い女性たちは皆、龍王家に縁のある家のお嬢さんなのだ。
社会の底辺で必死に生きてきた花とは違い、愛されて育った、教養もあるお金持ちの家の子に違いない。
そういう女性こそ、本来龍王家に相応しいのだと花は思う。
(私が龍王家にいられるのは、αである子供を産むまでの間だけ)
最初からわかっていたし、最近では今の境遇を受け入れ始めていた。
でも、花がここを出て行った後のことを考えると酷く胸が痛む。
そんな権利は、自分ごときにはないというのに。




