25:事件と抵抗
声をかけても、凪に反応はない。
ただ、じっと花を見据えている彼が怖くて、花は部屋の外に逃げようと動く。
しかし、凪の反応の方が早く、部屋の奥に引きずり込まれてしまった。
今の凪はフェロモンに当てられ、正気をなくしている。
(力が……強い……)
なけなしの抵抗はなんの障害にもならず、花は凪の手を振りほどけないまま、彼のベッドへ投げ出されてしまった。体の熱さが増していく。
「凪さん、お願い。正気に戻ってください。あなたの意思ではないはずです」
「…………」
彼からの返事はない。
以前駅で襲ってきた人たちのようで怖い。
「止めてください。凪さん、元に戻って!」
花は必死で声を上げた。
「お願いです、止め……」
起き上がろうと暴れた花は凪ともみ合いになり声を荒げる。ヒューヒューと喉の奥から空気が失われていった。過呼吸だ。
(苦しい……待って……)
混乱して力が緩んだ瞬間、体勢を崩し思い切り壁に頭をぶつけてしまった。
意識が遠のいていく。
「凪さん……」
薄れゆく感覚の中、遠くで焦る凪の声が聞こえた気がした。
※
むせ返るようなフェロモンの香りに満ちた部屋の中、倒れる花を見て凪は焦った。
花は意識を失っており、彼女の衣服の前がはだけている。
それだけで、何があったのか理解できた。
(やっと、我に帰れたと思ったら……私はなんてことを……)
あのとき、急に花の発情が始まって、凪の周囲に彼女のフェロモンの香りが満ちた。
凪はなんとか抵抗したが、おそらく理性を奪われて彼女に手を出してしまったのだろう。
花が昏倒したせいか、彼女のフェロモンは止まっている。
そうでなければ今頃どうなっていたか……。
考えただけで頭が痛くなりそうだ。
(番との関係が改善されてきたところだったが、彼女を傷つけてしまった)
どうにもならなかったこととはいえ、凪は後悔した。
普段からは考えられないほど酷く落ち込んでいる自覚があり、改めて花に惹かれていたのだと理解する。
(無理矢理番を襲うなんて、人としてあるまじきことだ。きっと怖かっただろう。大切にしたいと思った矢先に……)
もはや花は、凪にとってどうでもいい存在ではなくなっていた。
しかし、こんなことになってしまい、凪はどうすればいいのかわからない。
今まで学んだ常識が彼女には通用しないのだ。
(また同じことの繰り返しだ。これ以上傷つけてはいけない、少し距離を置くべきだ)
花を前にすると、凪の理性はたやすく崩壊してしまう。
それはΩへの対策として事前に薬を飲んでいても変わらない。
番と離れたくない気持ちはあったが、凪は花の心を優先しようと、必要以上に関わらないことを決めた。




