23:買い物
初めての高級店に緊張しっぱなしの花は、店内に足を踏み入れただけで早くも帰りたい衝動に駆られる。
しかし、凪の態度は堂々としたもので、責任者風の店員に接客されている。
途切れ途切れに凪の声が聞こえてきた。
「……数着……見繕ってやってくれ」
当たり前のように交わされる会話に、花は目眩がしてくる。
(こんな高そうな店の服を数着も!)
一人挙動不審な花を店員が試着室へ連れて行き、次々に服を持ってきてくれる。
有名人の凪の連れということで、歓迎されているみたいだ。
「よくお似合いですよ」
「あ……えっと」
服を選びきれない花は、着替えて試着室を出ても、もたもたしてしまう。
「それを貰おう。もう一つの方も試したい」
「ありがとうございます」
要領を得ない花に代わり、いつの間にやら凪が受け答えしている。
結局、上から下まで何着か買ってもらうことになった。
「こんなにたくさん……」
「構わない。似合っていた」
「えっ……?」
凪が口走った言葉に反応してしまう。
(似合っている……?)
花は契約結婚の相手に過ぎない。
なのに、どうしてこんなことをしてくれるのだろう。
(用が済めばきっと私は不要になる。離縁して別れる相手なのに)
ただ、凪の言葉は嬉しかった。彼から褒められたのは初めてだ。
「着る機会はあるだろうから、持っておけ」
巨大な紙袋を手にした凪と挙動不審な花は、店員さんたちに見送られて店をあとにする。
「何か食べたいものはないか?」
「へっ……?」
一体、彼はどうしてしまったのだろう。花はただただ困惑する。
咄嗟に何も思い浮かばない花を見て、凪はやや考えてから口を開いた。
「部下に聞いたオススメの店がある。ケーキが美味いそうだ」
ケーキなんて、花はコンビニのものしか口にしたことがない。少しだけ心が弾んだ。
有名店でケーキを購入した花たちは、車で屋敷に戻った。
そうして、静香が準備してくれたケーキを二人で食べる。
食卓に並べられたケーキを前に、花は改めて感嘆の声を漏らした。
「わぁ……素敵」
花はベリーとクリームチーズのムースにホワイトチョコレートのソースがかかったケーキを選んだ。下の部分は紅茶のスポンジになっていて、甘すぎず美味しい。
凪は洋梨入りのシブーストを選んでいる。
(こんな上品なケーキ、初めて食べたわ。美味しい……)
黙々とケーキを口へ運ぶ花を見て、凪は満足そうな表情を浮かべていた。
「気に入ったか?」
「はい……あの、今日はありがとうございました」
「夫として当然のことをしたまでだ」
ぶっきらぼうな言葉だが、花には凪の誠実さが感じられた。
(歩み寄ろうと、してくれているの……?)
だったら、自分も彼に対して誠意を示そうと花は思った。
できることは多くないが、妻として彼の力になりたい。契約上の番だけれど。
「これからは、なるべくお前の要望に添おう」
「ありがとうございます。でも、もう十分によくしていただいていますから」
生活を保障してくれている上に、健康診断や服やケーキまで。契約結婚だとしても、花ばかりが与えられすぎだ。
「気にするな。私がそうしたいだけだ」
予想だにしなかった言葉に、花の胸がとくりと音を立てる。
(彼の言葉を信じていいの?)
凪の新たな一面を見て、花は彼に親愛の念を抱き始めた。




