20:看病と笑顔
看病の道具を持って凪のもとを訪れた花は、眠ってしまった彼が酷くうなされていることに気づいた。
端正な顔が苦しげに歪められている。
(いつの間にか、眠ってしまわれたのね)
濡れたタオルで額を拭ってあげると、彼の表情が幾分か和らいだのを見て、花は少しだけほっとした。
(このくらいしか、お役に立てないけれど)
ここには優秀がαがいくらでもいる。
Ωの花に求められるのは、世継ぎを産むことだけだ。
それにしたって、未だ凪との距離は縮まらないままで、いつになるやら見当も付かない。
一通りの世話を終え、穏やかな寝息を立てる凪を見ながら、花はもの思いにふける。
(不思議な人)
いきなり花に噛みついて番にしたり、無理矢理屋敷に連れ帰ったりと、強引で怖い相手だとばかり思っていた。
だが、春川家を訪れた際には、妖術を使って花を助けてくれた。
(そういえば、初対面のときもあの術で周りの人を追い払って、私を守ってくれていたわ)
彼を信用してもいいのだろうか。
期待するだけ無駄だというのに、花の弱い心は凪を受け入れてしまいそうになる。
(これは私がΩだから? 噛まれて番になったから? でも、それだけが理由だとも思えない)
畳の上に座って凪のベッドにもたれかかり、じっと考えるうちに、花もうとうとし始め、眠りの世界へと落ちていった。
※
「おい、起きろ」
耳元で響いた声に呼ばれ、花の意識は急浮上する。
「……ん」
瞼を開くと明るい光が目に差し込んでくる。
(朝……かしら? 私、寝てしまったのね)
あくびをかみ殺しながら顔を上げると、ベッドの上から花を見下ろす凪と目が合った。
瞬間、意識が覚醒していく。
(わ、私……なんてことを!)
昨日、看病したまま眠ってしまったことを思い出し、花は慌てて立ち上がった。
「申し訳ありません、私ったら、こんな場所で居眠りをしてしまって」
そそくさと部屋を出るため歩き出そうとすると、凪が後ろから花の手を握った。
「ひゃっ!?」
「待て。別に怒ってなどいない。昨晩は看病してくれたのだろう」
「は、はい……」
「ああいうのは生まれて初めてだったが、存外悪くなかった。βの子供は具合がよくないときは、あんなふうにされるのだろうか」
「……? 弟や妹が風邪を引いたときは、母はああやって看病していた気がします」
凪は今まで、看病された経験がないみたいな口ぶりだ。
とはいえ、花もまた、親から看病された記憶などないのだが。
「そうか」
凪も花の事情を察したらしく、それ以上は聞いてこない。
(αは恵まれた性別だと思っていたけれど、凪さんのような地位にいる人は大変なのね。今まで誰にも弱みを見せられずに過ごしてきたのだわ)
花は凪のことを超人で自分とは別の生き物だと考えていた。
きっと、周りの人間だって同じだろう。
しかし、それは、凪が望まれるまま振る舞っているだけであって、彼自身には弱いところもある。
「……昨夜は情けない姿を晒してしまった」
「いいえ、そんなことありません」
淡々と話す凪に花は反論した。
「情けなくなんてありません、凪さんは立派です。周りの人を不安にさせないよう、苦しくても我慢して振る舞っていらっしゃるのですから。誰にでもできることではないと思います」
そんな彼が唯一、弱い一面を見せた相手が、まだ出会って間もない花だなんて。
(それでも、凪さんの役に立てているのなら、嬉しい)
初めて自分が、他人から必要とされている気がした。
「あ、あの……私には気を遣わなくていいです。だから、具合が悪くなったり、外で見せられなかったりする部分も、私の前では取り繕わないでください。看病でも、なんでもします」
凪はきょとんとした、彼らしくない表情を浮かべている。
やがて、その顔はほころび――花は初めて彼が心から微笑む姿を見たのだった。




