19:弱音と距離
龍王家での生活にはまだ慣れないが、花と凪の結婚式の準備は着々と進められていた。
とはいえ、花が口出しできることはなく、花嫁衣装を着る着せ替え人形となる日々だ。
現在は結婚式の会場の近くで衣装合わせの最中である。
じっとしているだけの時間は、何かとよくない考えが頭を巡る。
(結婚式には、私の家族も来るのね……)
盛大な結婚式に自分を憎む身内。少しだけ憂鬱である。
(皆の前で騒いだり暴れたりしなければいいけど)
あの家族が式や披露宴の間、大人しくしていられるとは考えられない。
「はあ……」
ちょうど衣装合わせが終わったため、花は迎えに来た車に乗る。
隣には、仕事帰りの凪が座っていた。
「お、お疲れ様です、龍王さ……」
「凪だ」
「…………」
花が呼ぼうとすると、凪が訂正した。
「婚姻届を提出したのだから、お前も龍王になっただろう」
「はい、すみませ……」
「謝るな。私のことは凪と呼べ」
思えば、今まで互いを呼び合ったこともなかったかもしれない。夫婦となった今も、花と凪は疎遠だ。
「……凪様……?」
「様も要らん」
「な、凪、さん……」
「それでいい」
とりあえず許可が下り、花はほっと胸をなで下ろす。挨拶をするのも一苦労だ。
そっと隣の凪を盗み見れば、普段よりもぐったりしていた。
毎日顔を合わせるわけではないが、それでもわかるくらい大きな変化だ。
「凪さん、お疲れですか?」
「問題ない。今日は仕事量が多かっただけだ」
すげなく返され、花はそのまま押し黙った。
そうしているうちに、二人を乗せた車は屋敷の駐車場に停車する。
先に下りた凪は、スタスタと玄関へ向かってしまったが、途中でよろけて体勢を崩した。
「凪さん!!」
驚いた花は慌てて車を降り、無意識に凪に走り寄った。何故かわからないが、放っておけないと強く思ったのだ。
「放せ……平気だ」
拒絶され、おろおろしながらも、花は凪のあとを追う。
(今の凪さん、どう見ても体調が悪い)
予想通り、部屋にたどり着いた途端、凪は膝からがくりと倒れ込んでしまった。
「えっ、凪さん……? どうしよう……」
畳に膝をつき、花は凪を横に寝かせる。触れた彼の腕は驚くほど熱かった。
(熱がある。誰か、呼ばなきゃ)
だが、立ち上がった花の腕を凪が後ろから掴んで引き留めた。
「誰にも言うな。寝れば治る」
「ど、どうして……」
「余計な手間を取らせたくない。明日の仕事も外せないし、騒ぎを大きくしたくないんだ」
話す声も苦しそうなのに、凪は一人で全てを抱え込もうとしている。
「わ、わかりました」
悩んだ末、花は頷く。
「その代わり、私が凪さんのお世話をします」
そう告げると凪は僅かに瞠目し、気まずげに「必要ない」と目を逸らす。
「ですが、私なら一晩看病しても、朝昼とゆっくり過ごせますし、凪さんのお仕事にも影響が出ないと思うんです」
「……」
「家族から守ってくれたお礼をさせてください」
凪は珍しく動揺している風に見えた。きっと体調が悪いからだろう。
「お前、案外頑固なところがあるのだな」
根負けしたように凪が体の力を抜き、起き上がってベッドへ移動する。花はそんな彼を遠慮がちに支えた。
「タオル、持ってきますね。あ、リンゴは要りますか?」
「……」
「体調が悪いときは、すりおろしたリンゴがいいと静香さんに聞いたんです。実際、私がここへ来た頃も、静香さんがリンゴを用意してくださって」
「……好きにしろ」
凪の許可が下りたので、花はそそくさと看病に必要な道具を探しに行く。
おそらく、凪の体調のことは台所にいる使用人に筒抜けになるだろうが、それでも今の彼を助けたい気持ちが勝った。




