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17:事件と勘当

 花は凪に自分の過去について話しながら不思議な気分に浸っていた。

 実家でのことを凪に申し訳なく思い、事情を喋っているだけだが……。

 今まで、誰かに自分に関する話を聞いてもらう経験はなかった。

 家族も職場の同僚たちも皆、花の生き方に無関心だった。


 凪は怖い。いきなり噛みついてくるのはもちろん、強引に花の将来を決めるだけの力がある。その上、言い方がきつく、すぐに威圧してくる。

 それでも彼は、花の話に黙って耳を傾けていた。

 だから花は、正直に今までの出来事を全て口に出そうと決意する。


「中学二年のとき……学内の第二の性を調べる診断で、私がΩだと判明しました。周りは全員βだったので、私も自分をβだと思っていたのですが」


 医師による血液検査で結果も自宅に送られるため、検査機関以外には内容を見られていないのが救いだった。

 だが、届けられた封筒を開けるとΩという結果が記されていたのだ。

 両親はすぐさま検査のやり直しを求めたが結果は同じ。花がΩであることが確定した。


 Ωだという事実を両親は激しく罵った。


『はしたない! どうしてあんたみたいなのがうちの家に生まれたのよ!』

『春川家の恥だ! くれぐれも外でそのことを言うんじゃないぞ!』

『えー。お姉ちゃん、Ωなの? やだぁ、嫌らしい。まあ、ある意味お似合いだけど?』

『こっちに近づくなよ! 汚らわしいな。こんなのが姉だと思うとゾッとする!』


 誰も花の味方になってくれる者はいなかった。


「私は家族からさらに距離を置かれ、中学卒業後は高校へ通うのも禁じられました」


 かといって、バイトもできず、家から出るのも許されず、花は一人、自分に与えられた部屋で過ごした。

 そうして、成人したばかりのある日、花に事件が起こった。


 その日は弟の高校の同級生たちが「勉強会」と称して家に集まっていた。

 大学受験を控えた彼らは、互いの家を行き来して勉強に励んでいたのだ。

 妹は推薦入学で近所の女子大へ行くことが決まったらしく、毎日遊んでばかりだが、弟は名門校を受験するつもりのようだ。

 花は邪魔にならないように母にきつく言われていたので、二階の自分の部屋で息を殺して過ごしていた。


 ※


 だが、そんなある日、花の部屋の扉を無断で開け放った人物が現れた。

 ……弟の、蒼だ。

 彼の後ろには一緒に勉強しているはずの同級生たちも並んでおり、わけがわからず立ち上がった花は、彼らと距離を取るように部屋の隅へと後退する。なぜだか嫌な予感がしたのだ。

 花のこういう勘は当たる。


「へえ、これが幻のΩなのか。お前の姉ちゃんがΩなんて、聞いたときはびっくりしたぜ」

「……言いふらすんじゃないぞ。父さんも母さんも、隠したがっているんだから」

「言わねえよ。こんな面白いこと、俺らだけの秘密にしたいじゃん。Ωと遊んでるのがばれたら気まずいしな?」


 そう話すと、弟の友人たちは距離を詰めてきた。


(Ωと遊ぶ? どういう意味?)


 なんにせよ、弟が関わっている限り、花にとって喜べる内容ではないだろう。


(仲間に入れてくれるなんて、都合のいい話ではなさそう……)


 後ろ向きに進んでいると、トンッと踵が壁に当たり、花は自分が壁際まで追い詰められたことを知る。

 逃げ場のない花に、弟の友人たちが襲いかかる。

 一人が花の腕を掴んで拘束した。


「……!?」


 驚いていると、もう一人が反対の手を捕らえる。花はその場から動けなくなった。


「何するんですか? やめてください!」

「Ωが偉そうに命令するんじゃねえよ! 分をわきまえろ、分を! 股を開くしか能がないくせに!」

「……っ!?」


 一瞬、何を言われているのかわからなくて、花の頭が真っ白に塗りつぶされる。


「おい、この女を押さえてろ。どうせΩだ、すぐにその気になるさ」


 残りのメンバーが花の着ていたブラウスを捲り上げた。

 悲鳴を上げると、花の腕を掴んでいた人物が、もう片方の手で鼻と口を塞ぐ。


「は? なんで抵抗するんだよ? 本当は嬉しいんだろ?」

「お前の大好きなことをしてやるんだから、感謝しろよ」


 友人たちの様子を、蒼は止めもせずに、冷めた目で眺めていた。


 流石に自分が何をされるか理解した花は、力の限り抵抗する。

 底知れない、弟の悪意が恐ろしかった。


「んーーーー! んうう!」


 口を塞がれながらもなんとか助けを呼ぼうとし、足をばたつかせて暴れる。

 壁際にいたのがよかったのだろう。花の足が、ガンガンッと壁に当たり、その音が階下に響いた。

 大きな音を聞きつけ、母が階段を上がって駆けてくる。


「ちょっと、突然なんの騒……っ!?」


 ずかずかと花の部屋に入ってきた母は、目の前に広がる光景を目にして声を失った。


「あ、あなたたち……何を、しているの?」


 母はあられもない私の姿と、周りに群がる蒼の友人たちを見て絶句している。

 しかし、彼女の心を一番揺さぶったのは、それらを平然と眺めていた蒼の姿だった。


「蒼くん、これはどういうことなの!? 皆で集まって……」


 母が来るのは想定外だったのか、蒼や彼の友人たちが揃って気まずげに慌てている。

 私はほっと胸をなで下ろした……が。


「こ、こいつが、いきなり僕の友達を誘惑してきたんだ!」


 蒼が咄嗟に叫んだ。

 明らかに、無理のある言い訳だ。


「それで、友達と皆で、こいつを止めていたんだ。なのに、暴れて服を脱ごうとして……」


 なんとかこの場を誤魔化したいと考えているのは、蒼の友人たちも同じである。


「そ、そうなんです。俺たち、蒼に協力していたんです。彼女が急に誘惑してきたから、びっくりして……」

「襲われそうになったから、やむを得ず、こうして押さえていたんです」


 普通なら、そんな言い訳を信じない。だが、母は違った。

 彼女は現実を直視せず、自分が「こうであって欲しい」と望む方向へ、事実をねじ曲げた。

 蒼が姉に対して犯罪すれすれの行為に及ぼうとしたことを受け入れられなかったのだ。

 母にとっては、このまま見て見ぬ振りをして、蒼の言い訳に頷く方が都合がいい。

 だから、彼らの話に乗って、一緒に花を責めた。


「……なんて恥知らずなの! 蒼くんのお友達の前で、みっともない真似を晒して!」


 わかりきっていたことだが、花は誰にも守ってもらえない。

 結局、その日の出来事は母の口から、花が自ら弟の友人を誘惑したとして、家族全員に語られた。

 当然、父や妹も不快感を露わにする。


「これだからΩは、誰彼構わず誘惑するなんて! 私、こんな不潔な人と、一緒の空間にいたくない!」

「茜の言うとおりだ。荷物をまとめて、我が家から出て行け!」


 花がいくら真実を話しても誰も信用しないのは、今までの家族の言動からわかりきっていた。

 事実でも、彼らが花の味方をすることはない。

 だから、花は全てを諦めた。


 こうして、最低限の資金を持たされた花は、着の身着のまま一人暮らしを始めることになったのだ。



「これで全てです。面白くない話で、申し訳ありませんが……」


 花はそっと凪を観察する。

 よく見ると彼の仏頂面は怒っているわけではないように思えてきた。


(どちらかというと、困っている?)


 わかると同時に、彼への恐怖心が薄らいでいく。不思議な感覚だ。


「あの、今日は助けてくださって、ありがとうございました。こんなこと、生まれて初めてだったので……嬉しかったです」


 勇気を出して正直に話すと、凪はなんとも形容しがたい表情を浮かべる。

 何かを言いたいような、それでいて思い留まっているかのような、奇妙な表情だった。

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