15:不思議な感情
花の実家である春川家を訪れた凪は、強烈な違和感、そして腹立たしさともどかしさを感じていた。
事前に調べたところでは、彼女の家は「ラーメンバケーション」というチェーンを営んでいる。
当初は小さなラーメン屋だったが、ブームに乗っかり、徐々に近辺に店舗を増やしていた。
現在は本店の他に二つの支店を経営しているが、春川夫妻は現場に立っておらず、店は雇った従業員に任せているようだ。近頃の一家の趣味は家族旅行らしい。
家族仲は良いように思えた……が、それも家を訪問するまでの話。
花の姿を確認した途端、彼らはまるで毛虫でも見るように露骨に体中から嫌悪を滲ませる。
そして、花の方も応接室で、家族の対応を甘んじて受け入れていた。
(何故、何も反論しない?)
思えば、出会ったときから花は変わっていた。
職場でも他の従業員に謂れのない中傷や罵詈雑言を言われっぱなしで、そんな環境に慣れ、全てを諦めているようだった。
彼女の様子を見るにつけ、凪の中によくわからないモヤモヤとした気持ちが渦巻き、澱のように溜まっていく。
先ほどからイライラが募ってたまらない。
凪は花が希少なΩという理由で求婚した。
なのに、花の家族は彼女がΩだから凪に相応しくないと言う。
春川家も花と同様、Ωに関する知識が全くないのだ。知ろうとも思わないのだろう。
彼らの会話が、終始自信なさげでおどおどしていた、花のこれまでの言動に重なった。
ずっと、このような言葉を聞かされて育ってきたからこそ、花はΩである自身にまったく価値を見いだせないのだ。龍王家は喉から手が出るほど彼女を欲しがっていたというのに。
「なんで、なんでよ! あんただけずるい! 龍王様と結婚するなんて、どんな手を使ったのよ!」
凪の話を聞いた花の妹が激高しながらテーブルを叩き、声を荒げて花を非難し始める。
もう客の前で取り繕うこともしないようだ。
「なんとか言ったらどうなんだよ! Ωのくせに!」
弟まで一緒になって彼女を責め始めた。
「ねえ、凪さん。花よりも茜をお嫁さんにするのはどうかしら。この子は花よりもずっと性格も出来もいいの」
ついには花の母親まで見当違いな言葉を吐く始末。凪は頭痛がしてきた。
「そうだ。花のようなふしだらな娘は害にしかならん! 凪さん、妻にするなら茜にしておくべきだ」
どうして、今日出会ったばかりの彼らに、凪の結婚相手を決められなければならないのだろうか。気分が悪い。
「ご報告は済みましたので、そろそろお暇させていただきます。申し訳ありませんが、あとの予定が押しているもので」
この場にいたくない凪は、さっさと話を切り上げて帰る体勢に入った。
しかし、そのタイミングで顔を真っ赤にした花の弟が拳を振り上げ、席を立つ。
「このっ、なんで……お前なんかがっ!」
どこか切羽詰まったように見える彼の拳はまっすぐ花に迫っていた。
「……っ!!」
それを目の当たりにした凪の中に、制御できない不思議な感情が湧き上がる。
気づけば凪は、咄嗟に花を抱き寄せ、彼女の弟に向けて水の妖術を放っていた。
自分が何故そんな行動を取っているかも理解できないまま、相手を威圧する。
「彼女は私の番だ。たとえ家族であっても傷つけることは許さない」
花が驚いた顔をして凪を見ている。
対する春川家の面々は、至近距離から妖術をその身に受けて吹き飛ばされ、ずぶ濡れ状態でひっくり返っていた。
一番間近で妖術に当たったであろう花の弟が、地面に這いつくばりながら花を睨む。
こんな場面でも彼の怒りの対象は花で、凪に立ち向かう度胸は一切ない。
離れた場所で倒れていた花の妹も、なんとか身を起こしながら花に罵声を浴びせた。
「なんなのよ! あんただけ幸せになるなんて、許さないから!」
妹の金切り声が響く中、凪は花の腕を引っ張って春川家をあとにする。
花はずっと押し黙ったままだったが、車に乗ると幾分落ち着いた様子を見せた。
間違いなく、花はあの家族を苦手としている。凪は確信した。
しかも、自分が「おい」と声を掛けてもビクッと震える。
(こちらも家族と同様、恐怖の対象というわけか)
凪はため息をつきたくなった。