12:希少な性別と危険性
翌朝花が目覚めたのは、以前と同じ和風の部屋だった。
実家でもアパートでもない、きちんとした品のある佇まいの、高価な調度品が並ぶ部屋。
あのあと、車で連れ帰られた花は、有無を言わさず凪の部下である女性に引き渡された。
彼女は昨日も花の世話をしてくれた人で、改めて龍崎静香だと自己紹介する。
これからも世話係の一人として傍に控えると言われても、庶民育ちの花にはピンとこない。
「あ、あの……私のことは……放って置いてくださって大丈夫です。Ωなだけで、その、特別な存在ではありませんので」
「とんでもないことです。あなたは凪様の花嫁となられるお方。そして龍王家を支える貴重なΩ。最重要人物ですよ」
「大げさです」
小動物のように萎縮しながら、花はゆるゆると首を横に振った。
「いいえ。ここ最近、龍王家では分家も含めてαが一人も生まれていません。凪様たちの世代を最後に、優秀な血が途絶えてしまっているのです。このままでは、龍王家は他家に取って代わられ滅びてしまう。あなたの存在は、まさに奇跡としか言い様がないのですよ」
「Ωは私の他にもたくさんいます」
「そうかもしれませんが、適齢期の女性を探すのは困難を極めます。私はΩの事情を多少は存じ上げていますけれど、どなたも素性を隠している。万一見つかることがあったら欲しがる輩は掃いて捨てるほどおりますからね」
(Ωが素性を隠すのは、Ωへの差別による、社会的な不利益を受けないためではないの?)
まだ疑問を抱いている花に対し、静香は愁いを帯びた目を向けた。
「危険なのです、適齢期のΩが一人暮らしだなんて」
「それは、どういう?」
「世の中には、Ωにとっての脅威がたくさんあるということです。αが生まれず悩んでいる名家はたくさんある。あなたがここから出ても、Ωを欲しがる他のαから追いかけ回されるのは覚悟しなければなりませんよ。すでに凪様が番を手にした噂は広まっておりますからね。申し訳ありませんが、一人での外出も控えていただかなくては」
ここから逃げても、他の相手に捕まえられるだなんて。それどころか、一人で自由に外を歩けなくなるなんて、契約結婚の代償が重すぎる。
花は黙って項垂れた。
「世の中にはΩの人身売買や、Ωの共同所持や貸し出しなどを生業としている者もいるのです。それに、花様は凪様の『運命の番』ですから、龍王家の弱みになります。そちらの意味でも狙われるでしょう」
小さくなった花は、華奢な両手で体をかき抱き震えた。
世の中には突然噛みつき、強引に退職させてくる凪以上の恐怖が存在するのだ。
「ですから花様、どうかここにいてください。あなたが龍王家にいる限り、我々が全力でお守りしますから」
お願いされてもされなくても、花にはここに残るという選択肢しかない。
一人暮らしに戻っても、狙われることが確定しているのだから。