森林破壊
俺が死んで、別の人間に憑依したとするならば、この身体の本来の人格はどうなったんだろう。
俺のせいで……消え去ってしまったんじゃないか?考えても分からないことではあるけれど、その可能性があるだけで気分は最悪だ。
この身体の持ち主は、どんな人だったんだろう。
罪悪感が胸を締め付ける。
こんな森の中で一人、何をしていたんだろう。
そもそも俺が、この身体に憑依した原因は何なんだ?
この身体の持ち主が、何らかの要因で死亡したところに、俺が入り込んだ……とかだったら少しだけ気が楽になるんだけど……。
瞼を開く。
「此処でじっとしていても、何も分からない……森を出よう」
そうすれば分かることも多いだろう。
もしかしたら、この身体の持ち主のことも何か分かるかもしれない。
そう罪悪感に蓋をして、身体を起こす。
カチャッ
「ん?」
足元から金属音。
「剣だ……。はは、いよいよ異世界小説みたいだな」
異世界ファンタジー小説は大好きだ。
だけどまさか、自分がこんな体験をするとは思ってなかったな……。
足元に落ちていた剣を拾う。
黒い鞘から黒いガードとグリップが伸びている。
「真っ黒だ。この身体の持ち主は、随分黒が好きだったみたいだな……」
なんだか妙な親近感を感じると同時に、剣の柄を握る手に不思議な感覚を覚えた。
やけに手が馴染む。いや、それもそうか。この身体は、この剣で恐らく戦っていたんだろうから……馴染むのは当たり前なんだろう。
でも、なんかこの剣を見たことがある気がするんだよな……。
ただ、武器が剣で良かった。人魔大戦Onlineで、剣の扱いは慣れている。
実践となるとそれは違うんだろうけど、あのゲームで剣士としてトッププレイヤーであった事は、誇りと自信を与えてくれた。
鞘から剣を抜く。
「流石に剣身は黒じゃないか」
鞘から抜かれた剣の刃は美しく磨き上げられた鏡の様で、人を惹きつける怪しい魅力を感じる。
「…………え?」
剣に反射する自分の顔。
「イヴァ・グラウディン──」
それは人魔大戦Onlineでの自分の分見。
ゲームを始めるにあたって全てを一から創り上げた、アバターのイヴァ・グラウディンと瓜二つであった。
そうか、剣を見た時の既視感はこれか。
イヴァに装備させていた【魔剣】だ。不壊の効果があるので、重宝していた。
じゃあ俺が今着ている服も、恐らく不壊の効果のついた装備品ってことだよな。
っていうか、え?
イヴァ・グラウディンになったのか?俺。
魔人じゃん……人間じゃないじゃん。
魔人は少し特殊で、クラスチェンジの度に真の姿が解放されていって人間離れしていく仕様になっていた。その真の姿は結構、悪魔的なんだけど……。
イヴァの場合、通常時は人間とほぼ変わりなく、スキルで第二段階、第三段階と真の姿へ変身の度に異形度が増す。
ラスボスみたいでかっこいい仕様だけど、変身の度に身体の構造が変わるから、扱いにくさが他種族と比べてかなり高いらしくて、人気の無かった種族でもある。また選ぶクラスチェンジ先によっても変化にバリエーションもあるみたいで、魔人から炎の魔人になった人は、操作不能に陥って即キャラデリした等のエピソードが有名だった。
「まじか……」
ゲームの自キャラに憑依ってことは、此処は人魔大戦Onlineの世界なのか……?
辺りは森だから、地球なのか人魔大戦Onlineの世界なのか判別がつかない。
でも、もし変身出来たら……俺はイヴァで、此処は地球じゃない可能性が高い。
やるだけ無料だ。
変身にはスキル発動の鍵となる言葉を言う必要があるが、今なら誰も見ていない。発動せずに、かっこつけたワードを呟いただけの不審者の姿を見られる心配が無いのだ!
やるぞ……発動しなくても折れるなよ!俺の心!
「真化──剣の魔人」
大樹海と呼ばれ、凶悪な魔獣や魔物が跋扈する森。
名だたる冒険者ですら近寄ることを嫌がる、そんな危険な森の、更に危険な深部にて。
誰にも知られること無く、超越者たる魔が顕現した。
その力は、唯そこに現れただけで周辺一帯を更地とし、全ての生命に終わりを齎した。
大樹海深部に生息し、その生態系の頂点であった竜は悍ましい気配を第六感的に察知し、生涯初めての逃亡。
背後で起きた破壊の余波を背で感じながら、間一髪で生を掴むことに成功する。
竜は生態系が変わることを、自らが狩られる側に転落した事を理解した。
「グルルー!(逃げーっ!)」
そうと決まれば数百年振りに森の外へ出よう。
とにかくあれから逃げるのだ。あれが移動したらまた逃げる。とにかく逃げる。関わっちゃいけない存在が現れたのだ。