身体
木々の騒めきと鳥の声が、耳をくすぐって、意識がぼんやりと浮上する。
穏やかでぬるい風が頬を撫でる。
木々に遮られて尚、太陽の暖かさがじわりと全身を包んでいる。
土のにおい……くちゃい。
「──ん……?」
土の匂い?
外で寝てるのか?俺は。
意識が急速に覚醒する。瞼を開いて、上半身を起こすと辺りを見渡す。
「森」
大爆笑する意味のネットスラングではなく、正に森。これ以上なく森。
「草」
状況が理解出来なさすぎて、思わず草が生える。
偽物の草、笑いを意味する草。
なんだこれ?家族に捨てられた?寝ている隙にわざわざ森へ?
……そんな訳ある筈が無いけれど、状況は誰かが自分を意識の無い状態で、この場に運んでいるといっている。
──誰が?何故?
あまりにも謎すぎる状況に頭がパンクしそうだ。
視点を下げてよく見れば、自分の来ている服すらおかしい。
こんな服は持っていないし……なんて言うか……なんだろう、厨二感。黒いコート、白いワイシャツ、黒いベストに黒いパンツと黒いブーツ。全体的にかなり上等そうな印象だ。なんていうか、生地がちゃんとしてる。安っぽくない。
だが黒が多い。
まぁ黒は無難というかなんというか、アレなので俺自身も好きな服の色ではあるけれど、これは完全に……。
しかし、服まで着せ替えられているのか?変態め!どうやらかなりヤバいヤツが、この状況を作り上げたらしい。
「何が起きている……?──ッ!?あーっ、あーっ!……声が……」
微かな、でも確かな違和感から口元と耳の傍に手をやり、声を再度確認する。
起きてから森、草、と二文字しか声をだしてなかったから、いや、状況も相まってそこに意識を割けなかったからか気付かなかった。
「俺の声じゃない」
生きてきて当たり前にあった自分の声、だからこそ分かる。それとは明らかに違うとわかる他人の声が……自分の口から発せられている。
気持ち悪い、違和感でおかしくなりそうだ。
そもそも状況が何一つ分からないのに、次から次へと新しく分からないが増えていく事に、焦燥が募る。
「夢……じゃないよな……。流石に……現実との区別くらい、つく」
五感の全てが、現実だと訴えている。
「勘弁してくれ……」
思わず頭を両手で抱えると、手が髪の毛に触れてまた気付く。
「髪……長すぎるな……」
もみあげが肩まであるし、触ってみて分かったが、後ろ髪に至ってはポニーテールだ。
自分なら絶対にしない髪型だ。
両手を見る。
記憶している自分の指よりも、指が長い。子供の頃に、車のドアに挟んだ人差し指に残っていた筈の黒い痣も、綺麗さっぱりない。
「肌の色も白すぎる」
木陰にあって尚、仄かに輝くような透き通った白。自分の肌じゃない。
「俺じゃない」
この身体は、俺の物じゃない。
意味がわからない。何もわからない。
限界だ、理解できない。
つい先程まで不安と焦燥に、早鐘の様に鳴っていた心臓の鼓動がだんだんと緩やかになっていく。
キャパオーバーすぎて一周回って、逆に落ちついた。
「──意味が、わからない……」
どさりと上体を地に投げ出して、瞼を閉じる。
天国か地獄か?
……ん?何か、引っかかる。忘れちゃいけない事を忘れてるような。
しばしの間、考えてみる。
……そういえば俺は、包丁で刺されてなかったか?
ぞくり、と血管が冷えるような冷たさが身体を巡る。
……俺はあそこで、死んでいるんじゃないか?
だとするなら……
「転生……?」
いや、この場合は転移?でも身体は自分の物じゃない。憑依?
「ファンタジー過ぎて草……」
森の中で一人、草を生やした。