コミュ障の過去
俺は所謂コミュ障だと思う。
物心ついた時から既に、他人が存在する空間が苦手だった。親と外出する時や、親戚が家に訪れた時でさえも緊張していた記憶がある。
でも幼い頃の俺は特に気にしていなかったし、普通だと思っていた。両親もきっとそうだ。
引っ込み思案で人見知りのする、物静かな男の子。そういう認識だったろう。
自分は人と違うかもしれないと、自分自身で思い始めたきっかけは小学校入学時か。
クラスの挨拶、初めての顔がずらりと並んだ光景を見て緊張の余り一言も発せず、黙り込んでしまった。
ざわつくクラスメイト、進行を妨げられ迷惑そうな担任の顔。
結局は担任が俺の名前を紹介し、席に戻された。
あれから大分経った今も尚、忘れることの出来ない思い出。一種のトラウマ。
優しいクラスメイトは何度となく話しかけてくれたが俺は緊張の中、何を話せばいいか解らずに遂には顔を伏せるのみ。そんな態度なもんだから、あんまり話しかけても迷惑だと思ったんだろう。単純に面倒だったのもあるだろう。いずれ話しかけられる事もなくなった。
両親も漸く俺のコミュニケーション能力の低さに気付いたが、どうすればいいかなんて分からなかった筈だ。皆と仲良くする為のアドバイス等を貰ったが、俺には実行する度胸は無い。
いつまで経っても友達の一人も出来ずに部屋に籠り、二人に心配をかけた。
自分自身それが申し訳なくて、情けなかった。
両親に友達を紹介して安心させたかった。
でも、何も出来なかったんだ。
ただ涙だけは出た。
それを見て両親は必死に慰めてくれた。
幸い、虐められる様な事は無かった。俺はとても恵まれていたんだと思う。
班作りや二人一組を作る際、俺があぶれないようにフォローしてくれる同級生が何人もいたし、俺に対する悪口をまるで自分の事の様に怒ってくれる人もいた。
本当に有難かったし、助かった。
だけど、ありがとうの一言すらろくに伝える事は出来なかった。
情けなくて悲しかったし、それすら言えない自分に腹も立って……俺は涙目で彼ら彼女らを見つめるだけだった。
中学に上がってもそれは変わらなかった。
だけどある日、別の小学校だったクラスメイトから直接言われた言葉が胸に刺さった。
「クール気取ってんの?本当に話せない訳じゃないんでしょ?そういうのださくねー?オレらとは話す価値もないって感じ?」
「女子に守られて恥ずかしくないのかよ!きもいってお前!なんか言えよ!」
本当にその通りだと思った。でも無理なんだ。話そうとしても頭が真っ白になって、どうしても声が出ないんだ。
その場もまた俺は皆に守られた。
思ったことを正直に言っただけの彼等は面白くなさそうだった。
申し訳ないと思った。全部、俺が悪いのに彼等を悪者にしてしまった。このままじゃいけないと強く感じた。
そしてどうすればいいのか分からずに焦燥感のみが募っていった。
人らしくするには。会話する為には。皆と仲良くするには。
そればかりを考えて日々、周囲を観察し良く聴いた。
頭の中でシミュレートもした。この言葉がきたらこう言うとか、このタイミングで笑う、なんて。
実践は出来なかったけど……。
髪型を変えてみたり、服装に気を使ったりもした。
シルバーも巻いてみたりした。
意味はなかった。
というか何故か更に直接話しかけられる事は減ったと思う。
中学も後少しといった所で、俺はある物に目を付けた。
「オンラインゲーム……MMORPG……。チャットか。会話の練習になるかもしれない……」
当時の新作VRMMORPG、【人魔大戦Online】。
チャット機能がしっかり搭載されているのが嬉しい。
まずはチャットで慣らし、行く行くはゲーム内で実際に声を出してみる。相手は現実の存在じゃなくアバター、データに過ぎないんだ。そう思い込めばきっといける筈。
そしてゲーム内で会話が出来れば、自分の自信に繋がる、と思った。
他にも候補のオンラインゲームはあったが、【人魔大戦Online】が特に興味をそそられた。
「……やってみよう。少しでも変われる可能性があるなら。……それにこれ、面白そうだ」
それに趣味すらない自分には丁度いいと思った。
それからは只管にゲームに没頭する日々が続く。
【人魔大戦Online】は自分の想像以上の面白さだった。
VR機器を使用して、意識をゲームの世界へと落とし込み広がる、美麗なグラフィックで描かれた風景。そして見下ろす自キャラの身体。それはもう一つの世界、もう一人の自分。
これがVRMMOかと感動した。
街中にはNPCやPCが思い思いに生き、その中に自分も紛れる。そこには不思議な安堵感と幸福感があった。
この世界なら、自分は一人の人間として生きていけると。
いつしかチャット機能は頻繁に使わないまでも、挨拶程度なら苦にならなくなっていった。
そしてこのゲーム、課金も大事だがそれ以上にPSが物を言う。
どうやら自分にはゲームの才能があったらしい。
運動神経や動体視力も人並み以上である事に、初めて気付く。リアルでは人の目が気になって発揮出来なかったが、これが自身の元々のポテンシャルなのだろうか。
サービス開始直後から始めた事も相まって、あっという間にトッププレイヤーとして数えられた。
【人魔大戦Online】の掲示板では俺の事をソロのあの人やぼっち様と呼ぶ人が増え、俺という存在が認知され始めた。
ちなみに自キャラの種族は魔人というあらゆる能力値が高い代わりに、身体操作やスキルの取り回しが非常に難しい玄人向けの種族を選んだ。
職業は剣士だ。剣ってカッコイイ……そんな感じで適当に選んだ。
だが魔人の、それも剣士の扱いにくさは群を抜いているらしく、別ゲーと比較しても類を見ない難易度である為か、自分以外にメインキャラクターとして使っている人はあまり見なかった。
それで尚更に注目を集める事にもなって大変だったのだが。
だけど自分にとっては、その難しさが楽しかった。そしてやればやる程に技術が身について、強大なモンスターを完封するまでに成長する魔人剣士が最高だとも思った。
中学を卒業し、高校生となってからも【人魔大戦Online】の世界に熱を上げ続けた。
この頃には遂に通話機能を使い、VR世界の中で自分自身の声を発して野良パーティと会話をする事が可能となっていた。これは大きな進歩だと思う。今まではゲーム内ですら会話を恐れていたのだから、直接リアル世界で相対しなければ、円滑とまでは行かない迄も不自由なく会話する事が出来たのは感動ものだった。
以降、更に【人魔大戦Online】にのめり込むようになった俺は課金欲が出始めた。
お年玉やお小遣いは【人魔大戦Online】に全力で投資したが、足りない。だが親に強請るのは違うと思った為、アルバイトという言葉が脳裏に浮かんだ。
だが、未だに人と面と向かって会話は出来ないまま。そんな自分にはアルバイトは敷居が高いと二の足を踏んだ。
高校一年生の秋になって漸く、小学生の頃に自分を助けてくれた人達に挨拶が出来る様になった。
そしてとても時間が掛かってしまったけど、感謝の気持ちも伝える事が出来た。
拙い俺の話しを静かに聞いていてくれた彼ら彼女らは吃驚していたけど、やがて優しい笑みで、どういたしましてと言った。
眩しくて視界が滲んだ気がした。春の陽だまりのような暖かさを皆から、そして自分の胸から感じた気がする。
頑張って良かったと思えた。
以降、そのメンバーとだけはしどろもどろではあるが話しをする様になったし、遊びに連れて行ってもらう様にもなった。
友達が初めて出来た。
両親にその事を伝えると、泣いて喜んだ。
その姿を見ると様々な想いが胸に込み上げてきて、でも上手く言葉に出来なくて。
ただ涙だけが出た。
ある時、友達の一人からデータ入力のアルバイトを紹介された。面接も彼が付き添ってくれて、俺の事情も全て説明してくれた。
だけど全ておんぶにだっこは苦しい。自分の名前と気持ちを自分の言葉で伝えると、その場で採用を貰うことが出来た。
初対面の人に、初めて自分の言葉を伝えられた。
凄く嬉しかったけど、友達が自分以上に喜んで俺に抱きついてきて、吃驚して椅子ごと後ろに倒れてしまった。
本当に嬉しかったんだけど、急にはやめて欲しかった。
データ入力のアルバイトはコミュ障の俺に優しい仕事だった。ひたすらにパソコンのキーボードを指で叩く。元々、家ではパソコンばかり弄っていたおかげで入力も早く、打ち間違えも無くて丁寧だと褒められた。
良かった、何とかやっていけそうだ。そう思った。
初めてのバイト代で両親にプレゼントを買った。
父と母にお揃いのブランドの財布。
とても喜んでくれたので良かった。
そして現在、俺は高校二年生となった。