表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

第三話:葛原葛男という化物


「お()ぃが厄介なのは、基本スペック(・・・・・・)()ゴリ押し(・・・・)して来ない(・・・・・)ところ(・・・)。あれだけなんでもできる癖に、油断や慢心がこれっぽっちもない。基本的に初手は嫌らしい曲がり手を打ち、相手の力量や出方をつぶさに観察、そこからゆっくりと敵の勝ち筋を潰していくんです」


「はい、わかります」


 先日の裁判が、まさにそれだ。


 葛原くんは基本スペックで圧倒しているにもかかわらず、わざわざ敵陣営に内通者を送り込み、慎重に相手の出方を(うかが)っていた。

 まぁ結局、網走(あばしり)くんは初手(それ)を見破ることができず、そのまま本番当日を迎えてしまい……見るも無残(むざん)に敗北。


 ただ、網走(あばしり)(そう)は、決して凡人じゃない。


 白凰(はくおう)高校の中でも、それなりに優秀な部類の生徒だ。

 全国模試でもトップクラスの知能・陸上部のエースを張る高い運動能力、『高校生』という括りにおいては、間違いなくトップレベルの逸材。


 しかしそれでも、葛原くんの巧妙な罠に四肢(しし)(から)め取られ、まともに戦ってもらうことさえできなかった。

 本物の天才には、まるで届かなかったのだ。


「そして最悪なのが……。たとえお()ぃの曲がり手を見抜き、それを打ち破ったとしても、次に立ち塞がるのは――」


「――世界最高のスペックを持つ、葛原葛男という怪物」


「そういうことです」


 初手は陰湿極まりない謀略。

 相手がこれに掛かれば、そのままストレート勝ち。

 万が一にも看破されれば、すぐさま次の手を打つ。


 それを何度か繰り返し、敵の行動パターンや思考の癖を把握した後、圧倒的な『スペックの暴力』で蹂躙(じゅうりん)する。


(……嫌らしい手口だけど、確かによくできている……)


 この隙を生じぬ二段構えを突破するのは、文字通り『至難の(わざ)』だろう。


(ゆい)さんなら、どうやって彼を切り崩しますか?」


「うーん、そうですねぇ……」


 彼女は腕組みをして、唸り声をあげる。


「私だったら……ポジション取りに気を付けます」


「ポジション取り、ですか?」


「はい。お()ぃは、極々自然に有利なポジションを取るのが、本当に上手なんですよ。どこか思い当たる(ふし)、ありませんか?」


「……言われてみれば……」


 脳裏をよぎったのは4月の初旬、生徒会メンバーが初めて一堂に会したあの日。

 桜さんは副会長の座を賭けて、葛原くんに勝負を挑み――コテンパンに負けた。


 あれは彼女の自滅という側面はあるものの……。


 葛原くんは自分の得意な将棋+神経衰弱で戦い、圧倒的な勝利を収めていた。


 後は……コンピ研でAPEをやったときもそうだ。


 葛原くんは最初、私と柚木さんの戦いを後ろでじっくりと観察。

 そして十分にデータが集まったところで、彼は軽くこう言ったのだ。


【もう全部()た】


 弾劾裁判のときだってそう。

 当日までに『勝ち確定』の盤面を築き、本番は特に何をすることもなく、悠々と勝ちを()(さら)っていく。


 思い返せば、常にそうだ。

 葛原くんはいつだって、『絶対的に有利なポジション』に立っていた。

 相手に悟らせることなく、(たく)みな話術と自然な展開運びで、最高の場所を陣取っている。


「思い当たるところ、あったんですね?」


「……はい。こうして言われるまで、まったく気が付きませんでした」


「お兄ぃ、そういう姑息な技術に長けているんですよ……」


 結さんはため息をつきながら、やれやれといった風に肩を(すく)めた。


「とにかく、お兄ぃに絶対優位のポジションを取らせないこと! これは絶対(マスト)ですね!」


 彼女はそう言って、話を先へ進める。


「そして次に『情報源』を断たなければいけません」


「情報源?」


「はい、夜霧(よぎり)(けい)くんという方をご存じですか?」


「確か……金髪ピアスの人ですよね?」


「実はあの人、優秀な『情報屋』なんです。頭とお尻とフットワークが恐ろしく軽くて、あっちこっちと飛び回り、いろいろな情報を仕入れてきます。お兄ぃは彼のネットワークを活用して、いつも相手の一手先・二手先を()く。これを防ぐためにも、夜霧くんをお宝本で懐柔(かいじゅう)し、致命的(クリティカル)な情報を向こうサイドへ流さないようにしなくてはなりません」


「なるほど……」


 葛原くんと夜霧くんは、中学時代からの腐れ縁だと聞いていたけれど、まさかそこまで強い繋がりだとは……。

 夜霧(よぎり)(けい)、思っていたよりもずっと重要な人物なのかもしれない。


「初手に指してくる謀略(ぼうりゃく)を見抜き、有利なポジションを取らせないように立ち回って、夜霧軽という重要な情報源を断つ。これだけの手順を踏んで、ようやく勝負の舞台に立てるということですか……」


「そうやって『邪道』の勝ち筋を封じたとしても、基礎スペックのゴリ押しという『王道』を通されてしまうので……。結局のところは、お兄ぃと一対一で戦えるだけの実力がいりますね」


「はぁ……まるで物語の中の大魔王みたいですね」


「あはは、あんなに眼の腐った大魔王は嫌ですけどねー」


 とにもかくにも、『葛原葛男の倒し方』を伝授(でんじゅ)してもらった。

 この情報は、いつかきっと役に立つだろう。


「――ありがとうございます。結さんのおかげで、葛原くんのことをよく知ることができました」


「いえいえ。こんなのでよければ、いつでも聞きに来てください」


 彼女はそう言って、優しく微笑んだ。


「――さて。それじゃ今度は、白雪さんの番ですね」


「……私の番、ですか……?」


「はい! 世界の原則は『等価交換』! これだけ大量の情報を提供したんですから、当然それ相応の見返りはいただきます!」


 葛原くんと同じで、こういうところは抜け目ない。


「『見返り』と言いますと、いったい何がほしいんでしょうか?」


「それはもちろん――白雪さんの情報です!」


「えっ」


 それはちょっと、いや、かなり予想外の返答(こたえ)だった。


「私、白雪さんのことをもっとたくさん知りたいんです。……駄目、でしょうか?」


「もう……そういうことでしたら、なんでも聞いてください」


 結さんには、これまでいろいろとお世話になっている。

 見返りなんて大仰(おおぎょう)な言い方をせずとも、わざわざこんな回りくどいことをしなくても、よっぽどのこと(・・・・・・)を聞かれない限り、なんでも素直に答えるつもりだ。


「ありがとうございます! それでは早速――白雪さんは、お兄ぃのどういうところが好きなんですか?」


「はぃ!?」


 思わず、上擦(うわず)った声を出してしまう。

 まさか開幕早々に『よっぽどのこと』が飛んでくるなんて、夢にも思っていなかった。


「す、好きって……っ。私と葛原くんは、まだ(・・)そういう関係じゃありません」


「『まだ』……? それはつまり、将来的には……?」


「い、今のはちょっとした言い間違いです! 別に深い意味はありません!」


「まったく……お二人とも、素直じゃないところなんか、そっくりさんですねぇ」


 結さんはそう言って、ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ちなみにさっきの質問、『どういうところが好きか?』なんですけれど……これは『異性』としてではなく、あくまで『一人の人間』として、です。さっきあれだけお兄ぃのことを知りたがっていたんですから、少なからずの魅力は感じていますよね?」


「それは、そうですが……」


「別に変な意味もありませんし、ご参考までに教えてもらえないでしょうか……?」


 彼女は瞳を潤ませながら、そう頼み込んできた。

 さっきお世話になったばかりだし、無下に断ることも難しい。


「はぁ……わかりました。葛原くんの人間的に(・・・・)好ましい(・・・・)ところ(・・・)でいいのなら、いくつかお答えすることはできます」


「ほんとですか!? ありがとうございます!」


 さっきまでの悲しそうな顔はどこへやら、(ゆい)さんはきらきらと子どものように目を輝かせた。


「まずは……そうですね。困っている人を見つけたら、さりげなく助け舟を出すところとか。誰かを助けても、それをひけらかさないところとか。それからやっぱり、優しいところ、でしょうか」


「ふむふむ、実に興味深いですねぇ。特に最後の『優しいところ』という部分。何やらうっとりとした表情をしていましたが……。もしや、実体験がおありなのでは? お兄ぃから、優しくされたことがあるのでは!?」


「それは、その……っ」


 当時の記憶が蘇っていき、なんだか耳が熱くなってきた。


「もちろん、深くは聞きません。イエスか、ノーかだけでも教えてください!」


「…………イエス、です」


「おぉ! やっぱりそうなんですね! 何があったんですか? 」


「い、イエスかノーかだけという話でしたよね!?」


「まぁまぁ、ここまで来たら一緒じゃないですか。それにほら、そういう気持ちは一人で抱えていても、いずれドバッと(あふ)れ出しちゃいます。ここで話して、スッと気持ちよくなりましょう。大丈夫、お兄ぃには、絶対に言いませんから……ね?」


「……もぅ……っ」


 最初は答えやすい質問から入り、時間を掛けて深いところまで掘り下げていく。

 この巧妙な話術は、葛原くんそっくりだ。

 いや……彼と同じだからこそ、ついつい心を開いてしまうのかもしれない。


 それからしばらくの間、私と葛原くんの関係性についての話が進んで行く。


「――なるほどなるほど、それでいつの間にか、自然と眼で追ってしまうようになったと?」


「……はい、そうですね」


 まるで本人に自分の気持ちを打ち明けているような気がして、なんだかとても気恥(きは)ずかしい。


「あーもうっ、やっぱり白雪さんが一番! お義姉(ねえ)ちゃん候補、ぶっちぎりの第一位です!」


 結さんはそう言って、私の胸に飛び込んできた。


「ちょっ、結さん……近いですよ……っ」


「女の子どうしなんだから、別にいいじゃないですかぁ~」


 そんな風にじゃれ合っていると、部屋の外から『ガチャリ』という音が聞こえてきた。


「ふぅー、帰ったぞ」


 どうやら葛原くんが、バイトから帰ってきたらしい。


「あー、もうこんな時間ですか……。白雪さん、女子会の続きはまた今度やりましょう!」


「はぁ……次はもうちょっと、お手柔らかにお願いします……」


「えへへ、善処(ぜんしょ)しまーす」


■-----■-----■-----■-----■-----■-----■-----■-----■


 時刻は18時、ようやくバイトが終わった。


「あ゛ー……疲れた」


 今日も一日、よく働いたものだ。

 夜のひんやりした空気を感じながら、いつもの帰り道を進み――住み慣れた我が家へ到着。


「ふぅー、帰ったぞ」


 玄関の扉を開けてパッと目に付いたのは、見るからに高そうな女性ものの黒い靴。


(……(ゆい)の友達でも来てんのか?)


 俺がそんなことを考えていると、廊下の奥の方からトテテテと足音が聞こえてきた。


「お兄ぃ、おかえりー」


「おぅ、ただいま」


 直後、結の後ろから姿を見せたのは――白雪冬花(とうか)

 どうやら俺が留守の間、遊びに来ていたらしい。


「葛原くん、おかえりなさい」


「お、おぅ……ただいま……っ」


 どこか気恥ずかしさを覚えながら返事をすると、彼女は不思議そうにコテンと小首を傾げる。


「……? どうかしましたか?」


「いや……。自宅(うち)に帰ったら白雪がいて、『ただいま』『おかえり』ってのは……なんかちょっと不思議な感じがしてな」


 ()えて言葉は(にご)したが、まるで新婚夫婦のようだと思ってしまったのだ。


「そ、それは……確かにそうかもしれませんね……っ」


 こちらの言わんとしていることが伝わったのだろう。

 彼女は頬をほんのりと赤くして、静かに視線を伏せた。


 なんとも言えない空気が流れる中――結だけは楽しそうに、ニヤニヤと口角を(ゆる)めている。


 おい、黙るな。

 なんだその腹立たしい笑顔は。

 今こそお前の役目だろう。

 いつもみたくギャーギャー騒いで、この微妙な雰囲気をぶっ壊してくれ。


 しかし、悲しいかな。


 俺の願いは通じず、結はピクリとも動かない。


(ったく、しょうがねぇな……)


 この硬直した盤面を動かすため、少し大きめの咳払いをして、強引に流れを変える。


「あ゛ー……そうだ。白雪、メシはもう食ったか?」


「い、いえ、まだです」


「そうか、ちょうどよかった。今晩は『ちゃんこ鍋』にするつもりなんだが、せっかくだし一緒にどうだ?」


「えっでも……」


 彼女が思い悩むと同時、


「白雪さん、お兄ぃもこう言っていますし、今日はみんなで鍋パにしましょうよ!」


 結はそう言って、白雪の腕にギュッと抱き着いた。


「……わかりました。ご迷惑でないのなら、お言葉に甘えさせていただきます」


 その後、俺と白雪は一緒にちゃんこを作り、みんなで楽しく鍋をつつくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ