第一話:生徒会の新たな日常
面倒な弾劾裁判を消化した後は、生徒会でささやかな祝勝パーティ。
白雪と桜から「何故秘密にしていたのか」と多少の小言をいただいたが、戦略上の理由ということで納得してもらった。
パーティが終わるや否や、すぐに夜のバイトへ直行。
貴重な生活費を稼ぎつつ、途中でブラリと顔を見せた夜霧へ、今回の報酬である『お宝本』を手渡した。
翌日の放課後は、コンピューター研究部でAPEのコーチングをし、18時からは柚木先輩の家でコラボ配信。
二時間弱のストリーミングだったが……中々どうして、けっこう疲れた。
とにもかくにも、こうして弾劾裁判の後始末を付けた俺は、ようやくホッと一息をつく。
「ふぅー……っ」
副会長の席に座り、グーッと体を伸ばしていると――目の前にコーヒーカップとソーサーが置かれた。
「どうぞ」
「おぅ、サンキュ。いつも悪いな」
白い湯気の立ち昇るそれをありがたく頂戴する。
ほどよい苦みが口内に広がり、爽やかな風味がスッと鼻から抜けていく。
「あぁ……やっぱ白雪のコーヒーはうまいな」
「ふふっ、それはよかったです」
そんなやり取りをしていると、突然、子猿のような甲高い叫びが響いた。
「うっきゃぁ!? えー、嘘、嘘、嘘……!? あぁもう、なんでぇー……っ」
来客用のソファに座っていた桜が、何故かぐねんぐねんと悶えている。
どうせ大したことではないだろうが、さすがに放っておくわけにもいかない。
俺と白雪は仕方なく、彼女のところへ移動。
「おい、どうした?」
「凄い声でしたけれど、何かあったんですか?」
「こ、これを見てください!」
桜はスマホの画面をこちらへ向け、『とある動画』を再生した。
【みなさん、こんにちはー! 電脳世界に降り立った、謎の天才FPSプレイヤー、ユズリンです! 本日は『緊急アルティメットゲリラ配信』! それというのも……『超大物ゲスト』とコラボすることになったんです! では、自己紹介をお願いします!】
【あ゛ー……どうも、Kzです】
【んー? 『釣り乙。どっかの声真似生主、適当に引っ張ってきただけだろ』って? ノンノンノン! こちら、正真正銘の『本物』です! 『百聞は一見に如かず』、古事記にもそう書いてあります! 早速ですが、ランクマッチに潜っていきましょう! Kzさん、準備はいいですか?」
【えぇ、いつでもいけますよ】
なんつーか……改めてこう見ると、死ぬほど恥ずかしいな。
俺の声って、こんな風に聞こえてんの?
暗っ、怖っ、愛想無っ。
そりゃ人が寄り付かねぇわけだ。
「Kzさんの生配信を見逃すなんて……桜ひなこ一生の不覚……ッ」
桜がじたじたと足踏みをする中、白雪がこちらへ目を向ける。
「葛原くん、確かこの『Kz』って……」
「しーっ。こいつにバレたら面倒だから、Kzのことは秘密にしておいてくれ」
耳元でそう囁くと、
「は、はい……っ」
白雪はコクコクと頷いてくれた。
「いやぁそれにしても、Kzさんの人気っぷりは凄いですねぇ……」
桜はどこか遠い眼をしながら、しみじみと呟く。
「葛……コホン。そのKzさんは、そんなに人気なのですか?」
「はい、それはもう! 彼が露出したのは、『第1回GRカップ』だけですが、独特なローテンション+毒のある鋭いツッコミ! そして何より、圧倒的なFPSの腕前! 謎に包まれたその存在に、大量の女性ファンが量産されています! 実際、昨日の生配信は同時接続者数が10万人を突破していたみたいです!」
白雪の問い掛けに対し、桜は鼻息を荒くしながら捲し立てた。
「ふーん……ちなみに桜は、Kzのファンなのか?」
「もちろん、大ファン中の大ファンですよ! 昨日はたまたま塾に行っていたので、生放送を見逃してしまったのですが……。」
「そりゃ残念だったな」
俺がKzだってことは、やっぱり秘密にしておくことにしよう。
そっちの方が、なんか面白そうだ。
(いやしかし、同時接続者数10万人超えは、さすがにヤバいな……)
10万人と言えば、東京ドーム+国立競技場が満席になるくらいか。
柚木先輩は「今回の生放送、最っ高に盛り上がりましたね! もしよかったらまた今度、一緒に配信してください! 近いうちに! ぜひ! なんなら明日にでも!」と興奮気味に言っていたけれど……。
今後のコラボについては、やっぱりなしの方向でいこう。
そんなことを考えていると、桜がジーッとこちらを見つめているのに気が付いた。
「どうした、俺の顔になんか付いてんのか?」
「いえ、そうではなく……。葛原くんの声、なんかKzさんに似ているなぁと思いまして」
「そりゃ気のせいだ」
身バレ対策も兼ねて、配信中は低めの声で話していたのだが……。
さすがは『変異型の奇才』、妙なところで鋭いな。
俺が桜への警戒を強めていると、右ポケットがブルルッと震えた。
(……柚木先輩?)
スマホの画面には、先輩からの新着メッセージが一件。
FINEを起動し、トーク画面を開く。
柚木凛
クズくん、昨日はありがとうございました!
あのコラボ配信は、各所で大きな話題になっていて、Nicotterでトレンド1位を獲得! ネットニュースにも載っていて、ユズリンチャンネルの登録者数も2倍以上に増えました!
そこでご相談なのですが、今度またコラボ配信をしていただけませんか!?
私はいつでもいけますので、クズくんの都合のいい日を教えてください!
味をしめた先輩が、さらに追撃の一手を打ってきた。
いやしかし……ちょうどKzの話をしているときにこれか、滅茶苦茶タイムリーな連絡だな。
(……ここでの会話、聞かれてねぇよな?)
盗聴器……は、さすがに考え過ぎか。
しかし次の瞬間、脳裏をよぎったのは、無茶苦茶な補正予算申請書。
【近々ZTX4090が発売されるので予算ください! 具体的には税込\398,000(※メーカー希望小売価格)です!】
【どうして駄目なんですか!?】
【無言で捨てないでください!】
……コンピ研なら、やりかねない。
俺は部屋の中を見回した後、頭の中でそれらしきものを探す。
盗聴器と言えば、コンセント型とボックス型が定番だが……ザッと確認する限り、怪しいものは特に見当たらない。
さっきの連絡は、本当にたまたま偶然だったのだろう。
まぁ放課後になって、ちょうど一段落つく時間だったしな。
俺が安堵の息をつくと同時、桜が「あっ!」と何かを思い出したかのように声をあげた。
「FINEと言えば……葛原くん、最近ちょっと『既読スルー』が多過ぎませんか!?」
「あんな『スパム』、なんて返せばいいんだよ……」
「す、スパムぅ!? 私の作った面白画像になんてこと言うんですか!」
「これのどこが面白画像なんだ?」
桜とのトーク履歴を開き、直近の一枚を突き付けてやる。
それはタケノコ大将のコスプレをした桜が、キノコ軍の兵隊たちを磔にしているという意味不明な画像だ。
有名な『キノコ・タケノコ戦争』のワンカットを再現しているはわかるが……。
こんなもん、なんの脈絡もなく送られてきても反応に困る。
最初のうちは『わけがわからんぞ』・『√2点』・『ギガの無駄』と、優しく返信してやっていたのだが……。
最近はそれも面倒になり、完全にスルーしていた。
「ぼ、ボケの面白さを解説させるだなんて……っ。いったいどんな羞恥プレイですか! 鬼・悪魔・葛男!」
おいこら、葛男は悪口じゃねぇだろ。
「はぁ……。お前、付き合ったら絶対に面倒くさいタイプだよな」
「か、かっちーん! 私、面倒くさくないです! どちらかと言えば、思いっきり尽くすタイプです!」
俺と桜がいつものように軽口を言い合っていると、どこか手持無沙汰の白雪が、恐る恐ると言った風に口を開く。
「あの……お二人は、頻繁に連絡を取り合っているんですか?」
「いや、少なくとも連絡は取り合ってねぇな。一方的に怪文書……もとい、『怪画像』が来るだけだ。……つーか桜、白雪にはあのスパム送ってねぇのか?」
「白雪さんはFINEをやっていませんし、メールボックスをぐっしゃにしてはいけないかなと思いまして……。厳選に厳選を重ねた、『超面白画像』だけを送っています」
『メール汚染』も考慮したうえで、最終的には送るのか……。
そこまでくると逆に凄ぇな。
「……やはり時代は、FINEなのかもしれませんね……」
白雪は意味深にポツリと呟いた後、スッと顔をあげた。
「私はメールや電話しか使わないのですが、普段お二人はどんな手段で連絡を……?」
「うーん、基本は全部FINEですかねー。無料通話もありますし、スタンプが可愛い!」
「葛原くんは?」
「俺はいろいろ使い分けているな。職場じゃスタック、趣味の友達とはディスト、学校だとFINEって感じだ」
ちなみに一押しはディスト、あれはマジで神アプリだ。
「なるほど……」
白雪は顎に人差し指を添えながら、何事かを深く考え込み――コクリと頷いた。
「……決めました。私もFINEを始めてみようと思います」
「そうか」
「ぃやった! これで夜なんかにも、メッセージの送り合いっこができますね!」
実際これは、けっこうありがたい。
白雪とは連絡先を交換するタイミングを逃してしまっていたので、今回のは最高のセカンドチャンスと言えるだろう。
(いやまぁ、メールや電話番号ぐらい、普通に聞けばいいだけなんだが……)
男子が女子に連絡先を聞くのは……なんというか、『心理的障壁』がデカい。
最悪断られでもしたら、凄まじい精神ダメージを負うことになってしまう。
「確か葛原くんは、こういう電子機器に強かったですよね?」
「まぁ、人並みにはな」
「もしよろしければ、FINEの初期設定をお願いできませんか? 実は私、こういう機械の操作が少し苦手でして……」
「そりゃ別に構わねぇけど……。白雪のって、ガラケーじゃなかったか? FINEを入れるには、スマホじゃねぇと無理だぞ?」
ひと昔前までは、ガラケーにもFINEをインストールできたが……。
セキュリティ上の問題もあって、一年ほど前にサービスの提供が終了していたはずだ。
「それについては問題ありません。実は昨日、新しい機種に買い換えました」
「ほぉ……第八世代のSS-Phoneか。旧世代から正統進化したモデルだな。画素数は驚きの2000万。望遠・広角にも対応していて、もはや最新のデジタルカメラとなんら遜色のない性能だ。そしてなんと言っても、本機最大の特徴は業界初32コアの超高速CPU搭載! こいつはPCで言うところの『第九世代RyCore』と同等の速度を誇――」
「――うわぁ、相変わらずの『家電オタクくん』っぷりですね」
桜の冷ややかな視線を受け、ふと正気に戻った。
(ぐっ、俺としたことが……ッ)
この前やらかしたばかりだというのに、得意分野の話になると、ついつい饒舌になってしまう。
俺はもしかしたら、本当に『オタクくん』なのかもしれない……。
その後、白雪のスマホを操作して、ストアからFINEアプリをインストール。
本機の携帯番号とキャリアのメールアドレスを入力し、アカウント名を白雪冬花にして登録完了。
「ほれ、できたぞ」
「もう終わったんですか?」
「初期設定なんて、そんなに難しいもんじゃねぇからな」
「そうですか、ありがとうございます」
白雪はそう言って、礼儀正しくお礼を述べた。
その後はアフターサービスとして、基本的な操作方法なんかを説明していく。
「ここが友達一覧で、こっちがトーク履歴。上の歯車マークをタップすれば、アプリの設定なんかを細かくいじれる。まぁ詳しいことは、ネットで検索した方が早いかもな」
「なるほど……」
白雪は真剣な表情で、基本機能の理解に努めた。
「それで……どのようにして、他の人とお友達になればいいんですか?」
「あ゛ー……そうだな」
俺は自分のFINEを起動し、QQコードを表示――白雪のスマホにそれを読み込ませ、お友達登録を完了させた。
「基本は今みたく片方のスマホにコードを映して、もう片方でそれを読み取る。他にもIDを教え合う方法なんかもあるな」
「手入力をしなくていいのは、とても楽ですね」
俺と白雪が『お友達』になったその瞬間、
「あーッ!?」
桜が突然、大きな奇声をあげた。
「なんだ?」
「どうかしましたか?」
「葛原くん、ズルいです! 私、白雪さんの『一番目の友達』になりたかったのにぃ……!」
彼女は悔しそうに頬を膨らませ、ジト目でこちらを見つめた。
「いや、そんな小さいこと誰も気にしねぇだろ……」
「女の子はこういう細かいところを気にするんです! ねっ、白雪さん!」
「はい、確かにそうですね」
白雪は意外にも、桜の肩を持った。
「はいはい、俺なんぞが初めてで悪かったな」
適当に謝罪の言葉を述べると、
「いえ、初めてが葛原くんでよかったです。ありがとうございました」
彼女は大事そうに両手でスマホを持ちながら、何故かとても嬉しそうに微笑んだ。
……女心はわからん。